第14話
「オバサン、これ開けてみてもいいかな」
オバサンは微笑みを浮かべたまま頷いた。箱の包みを取り、箱を開けるとシルバーリングが輝きを讃えて佇んでいた。
「空はね、こつこつお金を貯めて、エンゲージリングを買うんだって張り切っていたのよ。あの子もう用意していたのね」
私は堪らず涙が零れた。
指輪まで用意してくれていたなんて思いもしなかった。
オバサンは箱を見て、その中身がなんであるかあらかた解っていたようだけど、私はこんな高価なものをプレゼントして貰った事なんて一度もなかったから、心底驚いた。
「嬉しい……。ふぇっ、嬉しいよぉ」
私はとうとう泣き崩れてしまった。止めることも出来なかったし、止めようとも思わなかった。
「私、大事にします。本当は、空の手で私の指に嵌めて貰いたかったけど……」
オバサンは目頭を押さえて涙を堪えていた。
空……、ありがとう。私、一生大事にする。もし、私に好きな人が出来て、その人とたとえ結婚することになっても、私はこの指輪を決して手放したりしないよ。
私はオバサンに頼んで、空の部屋を見せて貰った。
2階に上がり、久しぶりの空の部屋に足を踏み入れた。途端に懐かしさに眩暈を起こしそうになった。
空の使っていた使い古しの机、空がハマっていた漫画本が奇麗に収まった本棚、空と初めて体を重ねたベッド、一緒に大好きだった映画を見た小さなテレビ。
この部屋でただぼんやりと話をしたり、キスをしたり、たまに喧嘩をしたりした。喧嘩と言ってもいつも私が一方的に怒っているだけだったけど。
ベランダから毎年、二人で花火を見た。空の家のベランダからは花火大会の見事な花火が良く見えた。小さな折りたたみの椅子を二つ並べてジュースを飲みながら、夜空を見上げていたものだ。
「これがほんとの星空だね」っと空をからかいながら。
私は本棚の一番端っこに置いてあるアルバムを取り出した。このアルバムは空と二人で作った二人だけのアルバムだった。私達の歴史の集大成だ。
アルバムを開くと最初に目に入ったのは入学して暫くたってから催された遠足の時の写真。その時に同じ班になり、よく喋るようになった。それまでは、殆ど言葉を交わしたことはないが、お互いに気になる存在ではあった。同じ班になって、話をしているうちにどんどんと惹かれていった。その一日が終わる頃には、胸を張って好きだと言えるようにまでなっていた。
夏休みの時には、クラスのみんなで肝試しをした。近くの幽霊が出ると噂の墓場を一周するという単純明快なものだったが、お化けや霊といった類のものに滅法弱かった私には有難くないイベントだった。ペアはくじ引きで決めたのだが、偶然にも空とペアになり、内心喜んでいた。しかし、いざ始まってみると、空とペアだと喜んでいる場合じゃなくて、突然飛び出してくるお化け役のクラスメートに驚いて、腰を抜かしてしまった。そんな私をからかいながらも、「ほら、乗れよっ」と照れながらおぶってくれた。ゴールに着いた時にみんなに冷やかされるから降ろしてと言っても、空は最後まで降ろしてはくれなかった。
何枚も何枚も二人で、クラスメートと大勢で、写っている写真が並ぶ。その一つ一つを鮮明に思い出す事が出来た。
それらの写真を見て、懐かしさに胸がきゅんとなって涙が出そうだった。
そんな時、ドアがノックされた。オバサンが心配して様子を見に来てくれたんだと思った。
はい、と私が答えると男の人が入って来た。
「どうして?」
私の問いが口をついて、宙を舞った。
「どうして、先生がここにいるの?」
高遠先生は私の問いには答えず、「懐かしいな」と、目を細めて部屋を眺めまわした。
懐かしい?
「空を、知っていたの?」
立ち上がり、先生の腕を掴んだ。
「ああ」
「私が空と付き合っていたことも?」
「ああ」
「じゃあ、どうして言ってくれなかったの?」
「お前があまりにも悲しんでいたから……。お前が誰にも知られたくないと思っているのが解ったから……。だから、俺は黙っていた。空は、俺にとって弟のような存在だったんだ。元々、俺は空の姉さんと付き合っていて、この家に遊びに来た。その時に空に会って、懐かれた。俺も弟が欲しかったから嬉しかったんだ。丁度、空が中学2年の初め頃、お前と付き合い始めた頃だ。姉さんの方とはすぐに別れてしまったんだが、空とは連絡は取り合っていたし、たまに会っていた。姉さんのいない時を狙ってここに遊びに来たりな。お前の話は空からイヤってほど聞かされたよ。そのアルバムも見せて貰っていた。正直、お前の担任だって解った時には驚いた。空を知っているってことを話すか話すまいかも迷ったんだが、落ち着くまでは話さない方がいいと判断した。話さなくて悪かったな」
先生が空と知り合いだったなんて……。でも、以前空が兄のように慕っている人がいるという話をしていたのを聞いた覚えがある。今度紹介したいんだと嬉しそうに話していた。あれは、先生のことだったんだ。
先生は知っていた。ずっと知っていたんだ。
「空は、私のことなんて?」
「いつも惚気てたよ。お前の笑顔が大好きだってな。照れ隠しで憎まれ口叩くところも、少しドジなところも、落ち込むととことんまで落ち込むところも、全部大好きだってっさ。あんなに純粋に人を深く好きになれる空が正直羨ましかったよ。空に最後に会った時、空と約束したんだ。お前を守るって。だから、俺はお前のそばにいる。俺もお前の笑顔がもっと見たい」
「先生、ありがとう。私ね、頑張れる気がする。空と会えたから、空が私のこと見守ってくれてるって解ったから。だけど、たまには先生に弱音吐いてもいい?」
そして、先生に笑顔を向けた。空が見てたら、きっと100点満点をくれるだろう笑顔が出来たと思う。
私は、強くなる。恋人の死を乗り越えて、私の人生を歩いて行く。私は、強くもっともっと強くなるんだ。
「先生、私新学期になったら英語の授業出てみようと思うの。すぐには無理かもしれないけど、頑張ってみる」
私はいつか空と語り合った夢を叶えたいと思った。きっと空は喜んでくれるから。きっと空はそれを望んでいると思うから。今の私なら何だって出来る。そんな気がした。
「そうか」
先生は、そう言って微笑み、優しく私を抱き締めた。
皆さんこんにちは。いつも読んで頂き有難うございます。
このお話で第1部が終わりっていう感じです。次話に番外編を挟んで、15話からはもう少し明るめのお話になるかと思います。15話からは、恋人の死をどうにか乗り越えた雫石と先生のラブストーリーといった感じになります。
今後ともよろしくお願いします。