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雨の雫  作者: 海堂莉子
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第9話

「あっ、そうだ。はいっ、これ」

 ニコニコと無邪気な笑顔で藍が私に小さな袋を差し出した。

「なに?」

「お土産。雫石、お土産買えなかったでしょ? だから私から」

 私は放心したようにその小袋を眺めていた。こんなさり気ない小さな親切を受けるとは思いもしなかった。それも、遠足には私も行ったっていうのに。

「ありがとう」

 ぼそりと口に出した。

 小袋を開けると中から携帯ストラップが出て来た。

 よく解らないが何かキャラクターのようなもの……。

「これは一体……?」

「うん、あの山イノシシが出るんだって、だからイノシシのオリジナルキャラクターらしいよ。可愛いよね?」

 これが……イノシシ? てっきりカバかなんかだと思ったのに。しかも、可愛くないよこれ……。これ、可愛いのか?

「可愛くない」

「え? 嘘っ、超可愛いじゃん」

 藍って……センス悪っ。

 必死にこのイノシシがいかに可愛いかを熱心に力説している藍を見ていたら、可笑しかった。表情には出ていなかったけど。

 せっかく藍が買ってきてくれたので、少し躊躇したけど、携帯につけることにした。


 その日の放課後、藍と別れると英語準備室に向かった。

 廊下を歩いていると、5人の女生徒が私の前に立ち塞がった。

「ねぇ、ちょっと話があるんだけど、付き合って」

 同じクラスの派手な女、名前は確か……今朝藍が言っていた筈。確か……田中? 違うな、田村……これも違うな、田代だったかな……なんかしっくりこない、あっ、田邊、そうそう田邊さんだった。

 私は人気のない渡り廊下に連れて行かれた。

「で、何の用かな? 田邊さん」

 用なんて聞かなくても誰だって解るよ。どうせ高遠先生のことでしょ。

 あ〜あ、面倒くさいな。藍には気をつけてって言われてたけど、早速来るとは思わなかった。

「ムカつくのよね、あんた。先生に色目使ってんじゃないよっ」

「色目? 使ってるのは田邊さんの方でしょ」

 あんなに先生好き好き光線を出しといて、自分の方がよっぽど色目使ってるじゃん。相手にはされてないみたいだけどね。

「明日香はずっと先生のことが好きだったのよ。入試の時からずっと。先生に近づくんじゃないよ」

 田邊さんの隣に立っていた背高のっぽが口を挟んだ。

「そんなの私に言って何になる。先生に直接伝えたら? こうやって私には言えるのに、先生には言えないの? 馬鹿らしいよね、こういうの。付き合ってらんないよ」

 本当、馬鹿らしい。私の前にだって一人で来ないで、関係ないのまではべらせて、群れないと行動も出来ないのか。

 私は5人を無視して歩き出した。時間の無駄でしかない。

「ちょっと待ちなよ」

 後ろから声が聞こえるが、無視を決め込むことにした。だが、ぐいっと肩を掴まれ、強引に振り替えらされた。

 相手と対峙した途端、左頬に衝撃を受けた。痛いというよりも痺れると言った方がこの場合適切だ。すぐに、田邊さんに平手を喰らったのだと理解した。理解はしたが、私が打たれる意味が解らない。なので、私もお返しとばかりに平手をお見舞いした。

 自分が先に叩いておいて、まさか叩かれるとは思っていなかったのか、頬に手を当て呆然と私を見ていた。

「いい加減にしてくれないかな。私、忙しいの。それから、私、先生のこと何とも思ってないから。用がなきゃ先生のとこなんか行かないし、色目を使ったことは一度もない。言いがかりは止めてよね」

 私は言いたい事だけ言うと、再び彼女らに背を向けて歩き出した。

 いやぁ、久しぶりに沢山喋った気がする。でも、ああいうのには、言いたい事言っておかないとね。

 彼女らが追いかけて来る気配はもうなかった。

 

 私が中学2年の頃、同じようなことがあった。

 空は恰好良くて、学校の人気者だったから、私と付き合い始めたって聞いた女の子たちの集団が、今の田邊さんたちのように私を囲んだ。

 そうそう今の田邊さんたちのように、最初に口にした言葉は『ムカつくのよね、あんた』だった。定番の言葉なんだろうか……。

「ムカつくのよね、あんた。空君は私達のアイドルなのよ。あんたなんかと付き合っていい筈ないのよ。別れなさいよっ」

 そんな事を言われて引き下がる性格ではなかった。自分で言うのもなんだが、私は頑固で負けず嫌いだった。売られたケンカは買いましょうって感じの。

「勝手に空をアイドルにしたのはあんた達でしょ。それは、空には関係ない。私が空と別れるのは、空が私をフッた時だけ。私から別れるつもりはない。まして、あんた達に言われたからって私は別れない。っていうか、普通自分が好きな人の幸せを願うもんなんじゃないの?」

 彼女たちの手がふるふると怒りで震えているのが解った。流石にこれだけの人数、ざっと10人はいただろうか。たとえ、女の子だといってもこれだけの人数が私に襲いかかって来たら、とてもじゃないけど、勝てない。でも、自分がどんなに傷ついても喧嘩に負けたくはない。逃げたくはない。

「あんた自分が可愛いと思って調子に乗ってんじゃないわよっ」

 そんな言葉を吐きながら、みんなで一斉に私に掴みかかって来た。

 この人たち何言ってんだろう。私は、可愛いわけない。可愛くない私が空と付き合うのが我慢できなくて文句言いに来たんじゃないのかしら?

 一斉に掴みかかられて内心焦っていたが、心のどこかで冷静に分析している自分がいた。

 今考えれば、無謀なことをしたなって思えるけど。でも、あの時、闘って良かったって思える。ボロボロになったけど、髪の毛引っ張られたり、殴られたり、蹴られたりしたけど、同じ分だけ私もあの人達に反撃した。そして、私は勝った。そう、勝ったんだと思う。だって、それ以来私に文句を言いに来る人はなかったから。

 あの後、先生にも叱られたけど、一番酷く叱られたのは空だった。

 鬼の形相をして、私の無謀な闘いを叱ったのだ。

「ほら、でも私勝ったし。結果往来って事で……」

 って、ニカって笑ったら、空にきつく抱き締められたっけ。

「馬鹿っ。こんなに傷つくって。俺のことで喧嘩したんだろ?」

「だって、負けたくなかったんだ。空のことでは、絶対に負けたくなかった。私が……、絶対一番空が好きなんだもん」

 そしたら、何だか一気に気が抜けて、空に抱き締められてることに安心してしまって、涙が出て来た。

 空は、そんな私にキスをした。

 それが、私達のファーストキスだった。

 にがい血の味と、唇の端が切れていてちょっぴり痛かった。



 英語準備室の扉の前に立ち、軽く左頬に触れた。

 まだ少し痺れた感じがする。はあっと大きく息を吐いた。

 先生に気付かれなきゃいいけど……。

 諦めてドアに手をかけ、中に足を踏み入れた。

「失礼します」

 私が入ってくる音を聞いて、先生が振り向いた。

「今日は遅かったな」

 と言って、あの独特な幼い笑顔を見せる。

 その笑顔が私は案外悪くないと思う。田邊さんは、先生のこの笑顔が好きなんだろうか。

 私は先生の笑顔をじっくりと見ていた。

「おい、どうした?」

 先生の声に弾かれたように、席に着いた。

「何でもない。昨日……ありがとう、ございました」

 母が朝から煩かった。もう一度先生によ〜く御礼を言っておくようにと。これで任務終了だ。

「いや、御礼はいらないよ。具合の方はどうだ?」

「もう、大丈夫です。昨日、十分に寝ましたから」

 私の言葉に先生は満足げに頷き、プリントを机の上に置いた。そして、自分の仕事に戻って行った。

 どうやら、先生に頬の腫れを気付かれなかったようだ。ほっと息を吐いて、筆箱を鞄から取り出した。

「で? その左頬の腫れはどうしたんだ?」


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