エピソード56 束の間の休息からの一通の招待状
さっきまで王都を朱色に照らしていた夕焼けが沈みつつあり、少しずつ空に暗闇が迫りつつある。
時間的にも門限まで数十分もないだろう……
オレ達は王都に無事に帰れた事より、学生寮の門限を気にしていた。
「……ではそのようにお願いします。また明日の午後に来ますので」
モーガンは騎兵の方と衛兵さんと話をしていた。
「もうボク達は寮に帰る時間だから、依頼の達成だけでなく、オオトカゲとオークの件での特別報酬があるらしく、明日みんなで行く事にしたよ」
モーガンは段取り良く物事を進めてくれていて、みんなで学生寮に帰ろうとした。
「クライヴは、冒険者協会が良く利用している診療所に行ってきて様子を見てもらってから帰るんだよ。
学生寮の方にはやむ得ない事情により遅れると報告しとくから」
「いつもいつもありがとうなモーガン」
「いえいえ、クライヴの事だから」
「モォォーガン、それはどう言う意味だよ」
オレ達はそんな軽口を言いながらその場から別れ、オレは冒険者エリアの奥にある診療所に向かった。
診療所は四角い箱のような茶色の建物で、冒険者の数にしては小さく感じた。
「すみませーん」
オレは一声かけて扉を開くと受付はなく、かなりお年を召されたお医者さんらしき人が一人と、後は扉付近の椅子に腰掛けて並んでいる怪我人が五名程いた。
(看護師さん無しで、この人数をご老体一人で捌くのは流石に無理だろ)
「おう! 坊主じゃねぇか!」
オレは声をかけられ隣の席の人を見るが、少しチャラそうな人に面識がなく必死に思い出そうと眉間に皺を寄せて考え込んだ。
(この人の特徴は……緑色の髪で襟足が肩までかかるウルフヘアー? 目の色は緑色。身体は結構鍛えてんだなぁ。身体中傷だらけで日焼けで健康的っぽいから冒険者か? それにしても顔の彫りが深くて濃い顔だなあ? 三十代前半ぐらいの歳かなぁ? 絶対知らない人だぞ……)
「俺だよ、貴族の護衛兵として一緒にオークと戦っただろ」
男は少し早口になり、困った顔で話しかけた。
「あっ! 盾の人?」
「そうそう、覚えてるじゃねぇか」
男は安心した顔つきになった。
「フルプレートで顔まで隠れている姿でしたので……」
オレは顔も知らないのにわかるか! と優しい言葉で苦言を呈した。
「ハッハッハ! そりゃそうだな。オレの名はザックだ。今は貴族様の護衛をしてるが元々は平民だから、気軽にザック様でもザック兄さんでも好きに呼べばいいぜ」
ザックは日焼けした身体には似合わないぐらい白い歯を光らせて笑顔を見せた。
「分かったよ、ザック。オレの名前はクライヴ。ここの王立学院初等部に通う十歳なんだ。一応冒険者見習いをしているよ」
凄く親しみやすい人なんで、ふざけ半分でオレは答えた。
「ちょっ! 坊主、いきなり呼び捨てかよ。可愛くないガキだなぁ」
ザックは少し驚いた後に笑っていた。
その後、オーク戦の時のお互いの状況や、オレの依頼時のオオトカゲとの一戦や、ザックの貴族の護衛になるまでの話し等、色々と語り合っていた。
「次は誰じゃ」
おじいちゃん先生にザックは呼ばれて、診察を受けに行った。
ザックが行ってからオレは時計に目をやると十九時半ピッタリだった……
(えっ! そんなに話していたんだ……それでお腹が空いてたのか……早く夕食? 夜食? を食べて子どもは寝ないと)
オレは食べて寝る事を考えていた。
「おい、坊主。次はおまえだぜ」
やっと診察かぁ……
「ありがとうザック」
「てめぇまだ呼び捨てかよ」
そんな冗談を言って診察に向かった。
「待たせたのぉ、おお! こんな子どもがどうしてそんな大怪我をしとるんじゃ」
おじいちゃん先生に驚かれて、むしろおじいちゃん先生の血圧が心配になった。
オレは事情を説明して、診察台に上がろうとしたが、身体中の負担により足が重たくて上げれなかった……
「坊主、ちょっと痛いけど我慢しとけよ」
ザックがオレを持ち上げて診察台に移した。
言葉とは裏腹に優しく抱えて診察台に下ろしてくれた。
そしておじいちゃん先生が俺の身体を確認してくる。
「左腕は……ちょっと……副え木を外すからのぉ」
沢山の患者を診てたので、疲れが溜まっているようだ。
その後、何やらおじいちゃん先生は詠唱して、淡い光がオレを包んだ。
(えっ? 何これ? 回復魔法的なヤツとか?)
オレが驚いていたが、おじいちゃん先生の顔が曇った……
「これは、骨が軽く粉砕されとるのぉ。ちと後遺症が残るか心配じゃのう……しっかりと固定して、高級薬草等で自然治癒力を上げて、回復魔法を受ければ、少し時間は必要じゃが回復するかもしれんが…………ワシみたいな僅かな回復魔法では、ここまでの怪我は治せんのぉ……高級薬草を使い続けて、毎日通いワシの回復魔法で気長に骨を整えても五年は必要じゃの……それに元通りに戻るのも三割程度じゃ…………」
「そう……ですか…………」
オレは、まさかここまで酷いと思っていなくて、表情を失った。もう何も考えられない……頭が真っ白になった。
「それに身体中の筋肉の損傷が酷いのぉ。何をしてそうなったのか不思議じゃわい……」
おじいちゃん先生からは同情とも言えない悲しそうな顔を浮かべてオレを見ていた。
「坊主! まだ諦めんなよ。坊主と嬢ちゃんに招待状を預かってたんだが……今から坊主だけ先に連れて行くぜ」
ザックは何かを決心したようにオレに向かって真顔で話すが、オレの頭は現在進行中でパニックに陥っているので理解が追いつかない。
ザックは診療所から出ていき、その間におじいちゃん先生に左腕を添え木で固定してもらった。
しばらくするとザックは戻って来た。
そして、オレを抱えてどこから来たのかわからない高級そうな馬車に乗せられ何処かに向かっている。
「ザック……これは一体?」
「坊主には恩があるからな。その腕を絶対治してもらうんだよ。ウインゲート侯爵家の力でな。お坊ちゃんを救ったのもあるし断れないだろうよ」
ちょっと待て、いきなり侯爵はマズイだろ!
オレは一応だが平民という設定だぞ……おかしいだろ貴族が平民に対して全力を尽くすって…………
「断るって言う選択肢は?」
「どうせ招待状を送られた時点で食事にでも誘われるんだから褒美等もあるだろうから、断ると最悪斬られるぞ………………まぁそんな方じゃないから安心しろよ」
いやザックの目がガチで斬るって物語っていたよ……
貴族通りの入り口の門番に顔パスならぬ馬車パスで通行し、さらに坂道を登り上級貴族街が見えてきた。
そこは三メートル近くの城壁で仕切られており、門番以外に城壁の上に監視兵がいて厳重に警備されているエリアだった。ザックが通行証を門番に見せて上級貴族が住むエリア入ると、そこは別世界が広がっていた。
商店街や大きな屋敷が立ち並ぶ中心地には沢山の緑に囲まれた閑散とした大きな庭園? 国立の公園? があった。
(マジか……世界遺産や世界の絶景でみる場所だろこれ)
オレは上級貴族エリアに圧倒されながら、馬車はまだ進んで行く、正面にはザックがオレの顔を見てニヤニヤと笑っていた。
「坊主。初めて来るだろうが、ここが上級貴族様達の暮らす街並みだ」
「何というか……凄いしか言葉が出てこないよ……」
「だろうよ、俺も最初はそう思ってたぜ。
さぁもう見えるだろう、一際デカイあの屋敷がウィンゲート侯爵家の屋敷だ。しっかり治療してもらうんだぞ」
ザックの俺に任せとけと言わんばかりの自信は一体どこから来るのか……オレは突然の侯爵家への訪問で胃が痛くなってきた…………