本心なの?
茫然自失。
だけど表情はキリッとしたまま。毅然とした佇まいに見える。
此処にいる皆が、何と気高くも美しい・・・注目されるのは、彼女『のみ』だった。
誰も王子の戯言なんか聞いてはいなかった。あまりにも公爵令嬢が痛ましくて・・
けれども呆気に取られるとはまさしくこれいかに。
今言った言葉が、まず信じられない。
「なんたらかんたら『婚約破棄』なんたらかんたら・・・・
これはアルミドラ王子の声だ。張りのある美声だが・・
彼の言っている意味が分からない。言っておくが、彼女は無能でも白痴でも無い。
それどころか彼女の通う名門学園の、首席の座を入学から保持した秀才である。
その彼女ですら理解不可能・・言っているのは国の共通語だとは判るがそれだけだ。
本当、言っている意味が頓珍漢で・・・唯一分かる言葉が『婚約破棄』の単語のみ。
彼女はケダーン公国のパットリオ公爵長女、アガサ嬢。
そして意味不明の『婚約破棄』を言い放つのは、ケダーンの嫡男アルミドラ王子、彼女の婚約者・・・だった。だった。大事なことなので二度言うが。
今まさしく婚約解消を、王子が自らの声で宣うたのだ。だから『だった』なのだ。
それとアルミドラ王子の隣に、いや腕にしがみ付いている少女・・アガサは見た事も無い娘だ・・そんな風にいたのなら誰でも何となくだが予想はつく。
王子は婚約者よりもその少女が好きになったのだ。
だから適当な難癖を付け、婚約破棄を此処にいる皆に知らしめ、公然と認知させるという手段に打って出たという事なのだろう。聞いていても何処に正当性があるのか、多分此処にいるほぼ全員が分からないだろう言い訳を、今もだらだらと続けているのだ。
そっと周りを見ると、王子の従者が慌てて外に出て行くのを見かける。
これは王達に報告に行くのだろう。
そして一人、また一人と此処を立ち去る者もいる。関わるのを避けるためだろうか?
それとも、今見た醜聞をお茶会の話のネタにするのか。
ミドラ様・・・この人・・・
こんなおバカだったかしら?
無表情になったアガサが思い巡らすのは、走馬燈、いや今までの彼と紡いだ日々だった。
二人は同い年で7歳に出会い、そして10歳で婚約、ダンスパーティーはいつも彼がエスコート。
公式の催しでもいつも一緒、12歳から入学した学園も一緒、何をするのも一緒だった。
正直浮気する機会がどこにあったのか判らない。だって彼女はお妃教育をするために、城に14歳から住み込んでいるのだ。食事も朝、昼は学園で、そして夕食とほとんど一緒だった。
この方、本当にミドラ様なの?
でも今は何を言っても無理かもしれないわ。と、アガサは彼等を見つめて思った。
何たって、彼女の次兄がこれと同じ事を2年前にやらかしたのだ。
そして当時婚約者の令嬢が彼を問い詰めるのを、顔を顰めて口汚く罵ったのだ。
それでも諦められない婚約者は、彼を追った。追い縋った。本気で縋ったのに、
結果。
兄は嫌悪をあらわに「しつこい」と婚約者に言い放ち、女と出て行ってしまったのだ。
つまり、恋愛脳になった者には理屈や正論は通じない。熱りが、頭が覚めるのを待ってから話す。
これが一番だと、秀才な彼女は理解したのだった。
ついでだが・・次兄の駆け落ちは早々に破綻した。
怒った父に公爵の地位を剥奪された途端、女が逃げたのだ。金と名誉だけが欲しかったのだ。
当然元婚約者は、次兄よりも性格がしっかり者の侯爵にすぐさま求婚され、彼の地に行ってしまっていた。彼は元婚約者をずっと好きで、破棄を聞いた翌日にはアプローチしてきたそうだ。
アガサはというと、やはりアルミドラがずっと一緒だったから情がわいている事は確かなのだ。
さて、恋愛としては?
正直判らなかった。好きだけど、幼馴染で、いつも一緒だったから自分でも分からなかった。
(私も冷静にならなくちゃ・・)
目の前でこちらを睨むアルミドラ王子、そして何処の馬の骨か分からない女を見つめていると、後ろで何だか騒がしい。
見ると先ほど退席した従者と共に、宰相とその部下数人が駆け寄ってきた。
「殿下!どうした事ですか!」
王子と女、そしてアガサはこの後、城内の一室に連れていかれ、そこで密議が行われ・・・
アルミドラ王子は抑留、女は監禁となった。
国としては、この前の騒ぎは『痴話喧嘩』で収める構えだ。
王子は今も『●●●はどうした』『会わせろ』『●●●を愛している』と言い続けているそうだ。
アガサは自分が会いに行っても、この前のように罵倒されるだろうと予想する。
「アガサ、あなたはどうしますか?貴方を傷つけた愚息の言ったように、婚約は破棄しますか?」
王妃に聞かれて・・言葉に迷った。
傷ついた?
いや・・・どちらかといえば・・・
変だな、そう思った。彼らしくない。
もしも本当の愛とやらを手に入れたいなら、あんなやり方はしないはずだ。
彼は本当に王子たらんと、品行方正に生きてきた。ずっと傍で見てきたから知ってる。
宰相達が女のことを調べ上げたそうで、その調書を読ませてもらうと・・
フリーダ・グリーソン 17歳 爵位なし 冒険者ギルドBランク
この間の騒ぎ2日前にギルドの依頼でダンジョンに向かった王子のパーティーとは別のパーティーで丁度遭遇。その時に王子に見初められた・・・そうだ。
騒ぎの2日前、その翌日は、アガサはドレスの仮縫いや公爵家での用事の為に城を出ていたので、何があったかは分からない。その女はその2日間、何と城に滞在していたとの事。
何かあっても、何があってもおかしくない。
たった2日間で、二人の10年がさっぱりと消える・・
恋愛脳、怖っ。本当、ゾッとする。
アガサは体を震わせた。肌には鳥肌がわいている。
王子を信じるべきか、ちょっと寄り道しただけと赦すか。
でも心を持って行かれた、心が離れた、それが本当なら・・・
「でも」
アガサは立ち上がった。
私はミドラ様の事を、一番よく知っているつもりだ。
「あの女は何か薬を飲ませたに違いないわ。魔法を使ったのなら、残留魔力が微かでも残る。でもそう言った反応は無かったもの」
アガサは優秀な魔術士で魔法使いでもある。
王子を検査した医師によると、尿の成分に微かな物質が混じっていると話していた。
それが何かは分からなかったのだが。
今は王子と女は引き離されている。一刻も早く解決しないと。
たった1、2度飲んだ程度でアガサに敵意を向けるような効果の薬だ、変な後遺症が出るかもしれない。
「でも・・」
婚約者だが、幼馴染だが、長く付き合ってきたが・・
(自分を愛していないのかもしれない。それに私だって・・)
友情とか腐れ縁程度に思われていたのかも。だから薬が強力に効いたのかもしれない。
そういうマイナスな思考だからなのか、自分が愛しているのか、愛されているのかが分からなった。
「今は恋愛は置いておくわ。いつものミドラ様に戻っていただかなくては」
アガサは騎士の服を着て、馬に乗ると冒険者ギルドに向かった。
話も徐々に増えてます。他の話も読んでちょ。
pixivでも変な絵を描いたり話を書いておるのじゃ。
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