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樹海修験者~天恵~  作者: トケイマル
第一部 終わりの始まり
9/62

1−08 第八話~初仕事

後半部の視点は一応仕様です。

わかり辛かったらすみません。





 俺と鈴音、そして運転手の彰二さんを含めた三人は神原町(かんばらちょう)のとあるアパートを目指していた。

 景色は既に夜の(とばり)に包まれていて、家々の明かりがぽつぽつと浮かんでいた。

俺は後部座席に乗り、彰二さんに依頼内容を尋ねていた。



「仕事って何をするんですか?」


「今回の仕事はアパート『泊荘(はくそう)』、二〇五号室で起こる怪異(かいい)払拭(ふっしょく)すること。制約として原状回復(げんじょうかいふく)義務を課すとのことだけど、交渉して譲歩案(じょうほあん)が出た。その内容は多少の損壊(そんかい)は黙認するが酷ければ報酬(ほうしゅう)から減額することでまとまった。まあ、今回は大丈夫だろうけどね。これが部屋の見取り図と鍵だよ」



 彰二さんが図面と鍵を手渡してきた。それを受け取り鍵をポケットにしまうと見取り図を見た。2DKの木造アパートでエアコン、トイレ、風呂付きのごくありふれた物件だった。

家賃は(いく)らなんだろうか、と考えていると車の速度が(ゆる)まった。


 視線を上げ窓の外を眺めると民家沿いの橋を渡って路地(ろじ)へと曲がるところだった。

速度を落としたまま人気の無いコンビニを通り過ぎると程なくして目的地付近に来ていた。


 俺は手に持った刀袋を握りしめる。

中には修験者の証である霊刀『断理(だんり)』が納められている。

さすがに()き出しの刀を持って夜道を歩くのは色々と不味いから、最低限のカモフラージュとして竹刀袋に入れている。


 それでも職質されたら一発でアウトだが、鈴音は大事にならなきゃ大丈夫よと言っていた。

一抹(いちまつ)の不安がよぎったが、彼女の言葉をとりあえず信じることにして俺はこれからのことに集中する。


 俺にとっては修験者として初仕事を行うので(のど)がカラカラになるほど緊張(きんちょう)していた。

やる気と不安が交互に押し寄せる。

落ち着こうとしていたが心音は収まらない。

そうこうしている内に(くだん)の物件が迫る。


 気持ちの整理がつく前に現場であるアパートに車は到着していた。

アパート前の路地に停車し、鈴音と共に車から降りると彰二さんはパワーウインドウを下げて俺たちに確認をとった。



「僕は依頼者のところに行くから一旦(いったん)離れるよ。仕事が終わったら連絡を入れてくれ。迎えに来るから」



 そう言い残し、彰二さんはアクセルを踏み込み、走り去っていった。


 鈴音と俺は刀袋だけを抱え、怪異が起こるというアパートの外観(がいかん)(なが)めていた。

アパートが薄暗いのは壁面の汚れのせいだろうが、何やら独特の雰囲気を感じる。

鈴音は何やら思うところがあるらしく、(うなづ)きながら視線だけを動かしていた。



「恵祐、ここから何か()える?」


「いや、何も」


「そう、分かった」



 それだけ言うと鈴音はまた黙ってしまった。

俺は鈴音の視線を追うようにアパートを見つめる。

しかし、いたって普通の外観であり、築十年以上経っているだろうことしか分からなかった。



「よし、行くわよ」



 そう言うと鈴音はアパートの鉄筋階段を上がっていった。



 時刻は午後八時過ぎ。


 周辺の明かりは少なく近場の常夜灯(じょうやとう)が、か細く点滅していた。

夜目一族の契約により夜目(よめ)がきく俺たちには暗かろうとあまり関係ないが、心理的に不安になるのは否めない。


 今は人を入れていないのか、住人が外出しているのか不明だが、アパートには明かりもなく生活音もしなかった。


 近隣は静かで犬の遠吠えも聞こえない。

自分の呼吸音が五月蠅(うるさ)く感じ、少し息を細める。

唯一、階段を登る際の無機質(むきしつ)甲高(かんだか)く冷たい足音だけが響いていた。

前を行く鈴音の後を追って俺は二階に上がった。



「恵祐、開けて」



 鈴音に(うなが)され二〇五号室の前で立ち止まると、彰二さんから渡された鍵で解錠(かいじょう)した。



 ――――――――。



 ふいに室内に気配がした。

まるでカチャンと解錠の音が、中に居るモノへ来訪(らいほう)を知らせる合図のようだった。


 鉄の扉を開ける。

ギキィ、と建て付けの悪い音と共にカビっぽい臭気(しゅうき)(ただよ)ってきた。



「恵祐、先に入って」


「お、おう」



 おずおずと靴を脱ぎ、台所に入る。

つんざく静寂(せいじゃく)が知らずに高まる緊張感を駆り立てる。


 ごくりと(つば)を飲み込む。



「電気は通っているから明かりを点けても良いわよ」



 後ろから鈴音の声がかかり頷くと、壁にあるスイッチを全て入れて電気を点けた。

 数回の点滅(てんめつ)を繰り返した後、部屋に色が灯った。



「鈴音、どうするんだ?」


「ふむ……奥の部屋ね。恵祐、奥の部屋に行ってみて」


「何で俺を行かせるんだ?」


通過儀礼(つうかぎれい)って奴よ。まあ、安全は保証するから行って来なさい」



 訳も分からず部屋を見て回る。

部屋に入ってから背中がつきつき痛みだし、ぷつぷつと毛が逆立っている。


 俺は眉間にしわを寄せた。

歩みを進める度に不快(ふかい)さはいっそう高まり、さっきから部屋の中を気配だけが行ったり来たりしている。

まるで何者かにパーソナルスペースを絶えず侵害されているような居心地だった。


 電気を付けても心なしか暗い印象を受けるダイニングを通り、奥の部屋へと移る。

 最奥(さいおく)は和室らしく、(たたみ)とふすまの押し入れが目に付いた。

とりわけ目立ったところもないので戻ろうとすると――――誰かが(ささや)いた。



(会いたかった)



 冷めた女性の声が響くと共に、突然体の自由が奪われ、俺は竹刀袋を落とす。

(しび)れが走り脳の半分が支配されるような目眩を覚え、思わず(うめ)き声を上げる。



「くぁ、なんだこれ」



 何者かに飲み込まれそうになる精神を必死に繋ぎ止める。

(ひざ)(ふる)え力が抜けていくが、何故か倒れなかった。

ふと背後に気配を感じ、振り向くと鈴音が立っていた。



「す、鈴音」



 助けを()う叫びか、逃げるように仕向ける祈りか、俺は機能している右目で鈴音を見つめる。

 鈴音は俺の顔を見据(みす)えたまま、(さや)を構え動かなかった。

再び声をかけようとすると鈴音の口が開いた。


「あと少し……」


 何が――、と問いかける前に俺の意識は闇に飲まれていった。





//―――――――――――――――//




 (これは夢だ)


 始めに思ったのは意識を失っていたこと。 


 俺はふと考える。

俺は今、目を閉じている。

意識が途切れているのだから当然だ。


 なのに何故俺は視えているのだろう……。


 FPSゲームのような感覚が俺の身体を支配している。

そしてゲームイヤホンをした俺はAIの実況プレイを視ている……そんな夢だ。


 そう思案していると目の前に対峙した女性の――――鈴音の声が聞こえる。





「伊藤玲奈(れいな)で間違いないな」


 鈴音の問いに答えずオレは(うつむ)いたまま、微動(びどう)を繰り返し何かぶつぶつと(つぶや)いている。


 オレの腕や(ほほ)土気色(つちけいろ)の染みが浮かび上がると、壁に墨汁を垂らしたように髪がつうっと伸びて床に落ちた。


 オレの変化に少し驚くが、冷静な鈴音は問い重ねる。



「貴方は何故ここに居る? この場所とは無関係でしょう」



 こんどは反応はなく鈴音を見る気配もない。

ときを刻むたびオレの口角が突き上がり、異形のナニカに変質していく。


 そのとき、鈴音は切り込んだ情報を口にした。



「浮気していた冴木(さえき)光一は貴方が殺したのに……。この世にまだ未練があるの?」



 小刻(こきざ)みに震えていたオレの体が停止する。

ゆっくり面をもたげるとオレは初めて鈴音をみる。

彼女の背後に設置された三面鏡の左側が開いていた。

そこに映るオレの首には一筋の縄痣(なわあざ)が伸びていた。


 鈴音は眉根を寄せ(にら)み返した。



「貴方のせいで死人が出ている。おとなしく出て行ってくれるかしら?」


「アイツが憎い、憎い、憎い……」



 台所の電球が落下し割れた。



「貴方は自分が死んでいるのを分かっているの?」


「ワタシの居場所を奪うあの女が(ねた)ましい、妬ましい、妬ましい」



 ダイニングの蛍光灯(けいこうとう)が点滅し消える。



「言葉を交わさぬならば、この場で浄化するけど良いかしら?」


「ここはワタシのモノ。邪魔者は全てコロシ……コロシテ、コロシテヤルッ!」



 和室の蛍光灯が()ぜた。

敵意の怨念を立ち昇らせ、(ゆが)んだ瞳で目を()き、オレは荒れ狂う。


 鈴音は自然な所作で腰を低く落とすと柄に手を置いた。



「オォ―――オオォォ!」



 狂人のような叫びと共にオレは右手を突き出す。

オレの指が鈴音の肩に触れそうになる瞬間――――彼女は始動する。


 オレに捕まれそうになるのを半歩動くことで(かわ)す。

そして、鈴音はすれ違い様にオレを霊刀で断ち切った。


 瞬間――――オレの口から見知らぬ女性の叫び声が響き渡り、体から黒い影が沸き上がる。


 影は女の顔に変わり崩れながら消滅(しょうめつ)していった。



(はら)(たま)え、(きよ)め給え、守り給え、(さき)わえ給え」



 (ほの)かに(かがや)金色(こんじき)の刀を血振(ちぶ)るいすると鈴音は(さや)に納めた。


 再び静寂(せいじゃく)になりダイニングの蛍光灯だけが灯った。

部屋に立ちこめていた渦巻く思念も根源(こんげん)を断ったことで薄れていった。


 そこでオレの視界は暗転(あんてん)した。





「起きて恵祐、帰るわよ」



 それが、夢の終わりに聞いた言葉だった。

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