1−05 第五話~目覚め前
翌日。
昼近くに目を覚ますと、俺は空腹をどうにかしようと洞内を彷徨っていた。
鈴音の姿はなく何処に居るのかもわからないので、俺は寝ていた場所から洞内の道順を必至に記憶しながら滝の広間まで歩いていった。
広間に辿り着くと、美味しそうな匂いが漂っていた。匂い導かれるように進むと二十代後半の男性、在房彰二という夜目一族と出会った。そのまま俺は彼と話をしていた。
「ありがとうございます彰二さん」
「いやいや、行きつけのパン屋がお試し半額セールをやっていてさ。店長のお勧めを聞いていたらついつい買い過ぎちゃってね。ひとりで食べきれなくて困ってたところなんだ。恵祐君が居てくれて良かったよ」
「昨日、ビーフジャーキーしか食べてなかったから助かります」
「恵祐君育ち盛りだしどんどんいっちゃってよ」
「はい、重ね重ねありがとうございます」
と男二人で肩を並べ、石柱を平面に削って出来たベンチに腰をかけていた。
彰二さんはタバコの匂いを漂わせながら、癖のなくそれでいて年期を感じさせる笑みを浮かべていた。
そして焦げ茶の髪にきっちりと黒いスーツで身を包んだ彰二は190センチはあろうかという長身だった。
中三で160センチの身長に少しコンプレックスのある俺としては羨ましい限りである。
「あ、そうそう一応挨拶として。はい、恵祐君」
彰二さんから名刺を突き出されておもむろに受け取る。
名刺には『心霊コンサルティング社長代表取締』と書いてあった。
「心霊コンサルティング?」
「まあね、実情は何でも屋に近いけどね」
少し興味を持った俺は彰二さんと少し話し込む。
彰二さんの話す業務内容は、不動産の欠陥住宅や霊感商法に騙された人の対応、精神病患者、引きこもりの相談および対応機関への斡旋まで多岐に渡っている。
あくまで霊的なモノの解決が直接の仕事だが、他の業務は仲介料を取って自ら開拓していった優良な企業に仕事を回していた。
彰二さんは様々な仕事の内容を話していたが、俺にとってはどれも興味深い話だった。
加えて話し方が上手くて彰二さんは機転も利かせながら、聞き手を惹きつけるような魅力的な話術を押し出していた。
故に俺は飽きることなく彼の言葉に耳を傾けていた。
彰二さんの気さくな人柄もあって、俺としては珍しく、すぐに彰二さんと打ち解けていた。
ひとしきり話をして区切りがついたとき彰二さんは腕時計を見ると俺に相談してきた。
「これから真矢たちの生活用品を買いに行くんだけど人手が足りないんだ。良かったら恵祐君、付き合ってくれないかな?」
「あ、はい。昼食を頂きましたし構いませんよ」
「ありがとう。それじゃあ行こうか」
俺たちは立ち上がると空の大型リュックサックを持って彰二さんと共に修験洞を出発した。
現在地も不確かな状況を彰二さんに話すと、遊歩道までの道程は完全に把握しているということなので俺は彼に追従することにした。
時折腰まで伸びた林床植物の中を進んで行くため口数が少なくなるが、終始和やかな進行だった。
樹海を抜けるのに多少時間が掛かったが、駐車場まで歩いて行くと俺は黒いバンタイプの車に乗り込んだ。
徒歩での移動に飽きていた自分としては、疲れないで目的地に行ける文明の利器にありがたみを感じる。
そして樹海のある神原町を抜け、隣町の高郷町まで車を走らせる。
川をまたぐ赤い橋を渡ると最近出店した大型スーパーに駐車した。
「買い物ってここですか?」
「うん、とりあえずこの店で日用品を買うよ」
『グローデイズ』という大看板を見上げながら店に入ると、大勢の客で混み合っていた。
店内にはやはり買い物層である婦人が多い。
加えて奥にアミューズメント施設があるらしく、はしゃいでいる子供たちがあちらこちらを駆け回っている。
軽く見渡せばベンチや休憩所なども充実していて年老いた夫婦が仲良くソフトクリームを食べている姿も見受けられた。
あまりの盛況ぶりに若干圧倒されながらも、俺は人の邪魔にならないように大型カートを押して彰二さんの後を付いていった。
案内プレートを確認して通路を曲がると、彰二さんは保存食品・雑貨をカート内に次々入れていった。
陳列棚の商品に欠品が出るほど買い占めると、今度は女性専用棚に止まって商品を眺めていた。
「って彰二さん、ここ女性コーナーですよ。何入れてるんですか!」
「ん? 真矢と鏡架に頼まれた品物だよ。もちろん僕は使わないよ」
「いや、それは分かりますけど早くしてください」
生理用品売り場で真剣に選んでいる彰二さんと荷物持ちの俺。
女性客が遠巻きにじろじろ見ているのが分かってかなり居心地が悪い。
あんたらが居るせいで買えないじゃない、といわんばかりのため息や舌打ちが聞こえ、早く移動したかった。
彰二さんは全く気にしていない様子で俺だけが無言の圧力に堪え忍んでいた。
「これだな。よし、次行こう」
ようやく商品が決まって商品棚から離れられた。
「次は化粧品だね」
「……それも頼まれた物ですよね」
「そうだけど? 何か問題あったかな?」
「問題ってありまくりじゃ……いえ、何でも無いです」
女性の在り方を真矢に説くか、断る勇気を彰二さんに説くか、どっちも不毛な気がして俺は思考を止めたのだった。
タイムセールで混雑した生鮮食品コーナーを避けて一旦レジ前の通路に戻り、突き当たりを曲がる。
左手前のドラッグストアの先にある一画に設けられた化粧品売り場に進んで行った。
丁度ひとりの客が買い物を終えたところだったので、彰二さんは接客笑顔の染みついた細身の女性店員に近づいた。
「いらっしゃいませ」
「口紅とリップ、スキンケアの化粧水と乳液、あとファンデーションが欲しいのですが」
「……畏まりました」
一瞬固まった女性店員だったがすぐにプロの顔を見せ説明し始めた。
「まあ、たぶん似合うのだろうな……」
化粧品売り場近くのベンチに座りながら小声で呟くと俺はメイクアップした彰二さんの姿を描き、大きなため息をついた。
時折笑い声なども交えながら彰二さんは女性店員と親しそうに話していた。
数十分時間を要して担当女性と話し込みながらファンデーション・乳液・肌水・クリームと買っていく。
ようやく会計が終わり、店を出るとき女性店員が言ってきた。
「肌質は変わりますから御本人が来てくれると良いのですが」
「何とか説得して今度連れてきますよ」
「お待ちしております」
店員のお辞儀に合わせて軽く会釈すると化粧品売り場を離れて、最後に生鮮食品売り場に向かった。
「最後は食料品だね。恵祐君は何が食べたい?」
「俺は……」
ペットショップの手前で何気に視線を動かしながら店内を見渡すと、ちょっと行ってきます、と一言残し俺は乾き物コーナーに走って行く。
目的の場所はお酒のおつまみコーナーだった。
あたりめ、酢だこ、燻製チーズと並ぶ商品棚を眺め俺は目的の物を見つけると手にとって彰二さんの元に戻った。
彰二さんは首をかしげながらレジの手前で待っていたが俺を見つけると驚いていた。
「彰二さん、お金払いますのでこれ買って良いですか?」
俺が抱えていたのは大きめの四面体プラスチックだった。
ラベルにはスティックジャーキーワンダフルセット(人用)と書かれてある。
「……好きなの?」
「はい」
「人間が食べるものだよね」
「もちろん。彰二さんも食べますか?」
「……遠慮しておく」
手に持つジャーキー瓶の側面にはアメコミ調のコーギー犬の絵があった。
深くは語らず彰二さんは話を切り上げるとレジへと進んで行った。
彰二さんは会計しながら、う〜ん、恵祐君にしっぽがある気がするよ、とか呟いていたが俺は気にしないでジャーキーを購入したのだった。