1-04 第四話〜樹海の長[後編]
何とか投稿できました。
続きです。
休憩が終わり、それぞれ置かれた座布団に腰を下ろす。
青嵐おんじは新しく淹れ直した日本茶を一口飲み込み、喉を潤すと話を切り出した。
「さて続けるか。恵祐、質問の途中だったな」
「はい、二つ目の質問です。貴方たちはいったい何者なんですか?」
俺はいきなり本題に踏み込む。すると青嵐おんじの眼光が鋭くなった。
「その問いはワシの説明にも繋がるな。…………では話そう。始めに言った通りワシたちはこの戦場ヶ原樹海を管理している者じゃ。表向きは修験者と名乗っているがの」
「修験者?」
俺の疑問に鈴音が簡潔に答える。
「簡単に言えば山林に籠もって修行する人のことよ。まあ、私たちはそんな高尚じゃないけどね」
青嵐おんじが付け加える。
「まあ、修験者として修練し活動もするが、体裁を保つ為にしているところが大きいな」
「……じゃあ本来の姿は?」
「霊がらみの事件、事故の依頼を受け取り、霊刀を用いて悪霊を祓うことを生業としている一族じゃ」
力強い声ではっきり答えると、青嵐おんじは静かに語り始めた。
鈴音や真矢は青嵐おんじを筆頭にした夜目一族という集団に属しているという。
一族といっても血縁関係はなく契約によって結ばれているだけらしい。
契約の条件はただ一つ。
何があっても一族の仲間であること。
そして契約した者は夜目の加護で一針の光さえ届かない暗闇でも鮮明に視認でき、霊験あらたかな刀を授かり悪霊を祓う力を手にすることができるという。
俺は彼らの在り方に驚きを隠せなかったが黙して聞いていた。
しかしひとつひっかかりを覚え、話の頃合いを見計らってから口を挟んだ。
「ちょっと良いですか。青嵐おんじの話した通りなら誰も彼も夜目一族のことを知ってるし簡単に仲間になれるんじゃないのですか? でも俺はそんな話聞いたことないし会ったこともないですが」
疑問を浮かべていた俺の問いかけに、まず鈴音が答えた。
「樹海に人が住んでいるなんて噂は聞いたことはない? あと余り言いたくないけど刀で襲われたとか」
「……あっ! ある。そういえば一時期ネットでも噂になったことがあった。あれって都市伝説だと思ってた」
「まあ、都市伝説だと思ってくれた方が私たちは活動しやすいけどね。恐らく噂の出所は恵祐のように私たちと出会った人たちだと思うわ。一応口外禁止って話はしているんだけどな〜」
鈴音は少し困った表情を浮かべていた。
その声色からはしょうがないか、という諦めに近いモノを窺わせた。
俺は答える。
「それじゃあ噂がたってもしょうがないよ。むしろ噂程度で済んでいるのがおかしいくらいだ」
人間、口約束ほど不確かなモノはない。
その気になれば何時でも何処でも破れるのだから。
さらに自分だけが知っている秘密というのは、ある種の優越感や苦しさがあり、誰かに喋りたくなる。
だから緩む口を無理にでも閉じさせるために、社会では誓約書などを作り、違約時の罰則で抑えているのだ。
しかし、不特定多数が知っている夜目一族の情報が、都市伝説位にしかなっていないのが不思議だった。
俺はそのことを話すと鈴音が頤に手を当てながら答えた。
「う〜ん、それは他の夜目一族のお陰かもね。この烏丸市以外に噂が広まるのを抑止しているだろうし。恵祐はこの市に住んでいるんでしょ?」
「ああ、ここからは少し離れているけど」
「なら一族の誰かと出会ったことがあるかもね。ねえ、青嵐おんじ」
鈴音は青嵐おんじへと話を振る。釣られて俺も彼の方を向いた。
「そうじゃのう。この烏丸市に住んでいればむしろ出会わない方が珍しいだろうよ」
「どういう意味です?」
「ワシら夜目一族の殆どは日常の生活に紛れて暮らしているからの。それも仲間内以外は知られんように皆隠しているんじゃ」
「全く気付かなかった」
「それと簡単に仲間になれるという恵祐の疑問じゃが、夜目一族になるためにはワシが独断で制約をもうけているからのう」
「制約?」
「そう、その制約とはこの樹海で死にそうな人間で秘密を厳守でき、信頼のおける者に限っている」
青嵐おんじの言葉に俺はすかさず反論する。
「前者はわかりますが後者の制約って。第一、秘密を厳守できる人間なんて見分けられないでしょう」
出来るわけがない、と言い放つと青嵐おんじは若いのう、なんて呟いていた。
「見分けるよワシは。長い間死の匂いを漂わせた人間を見ていると、その人の生死の覚悟がわかってくるんじゃ。そして本当に思い詰めた人間の口は固い。だから秘密は守られるのじゃよ。まあ、それでも秘密は漏れるものじゃが、樹海関係者との繋がりが上手くいってて今のところ恵祐の言う通り都市伝説程度で収まっているよ」
青嵐おんじの言葉に鈴音は付け加える。
「まあ、もう少し客観的な意見を言えば、おんじは死にに来た人たちのカウンセリングみたいなことをしているし、樹海で出会った人たちも自分の負い目になることをあえて言いふらすことは普通しないからね」
青嵐おんじの感覚的な意見を分析して鈴音は説明した。
「ほっほ、さすが鈴音じゃな。年の分だけ思慮深い」
「青嵐おんじぃ? 聞き捨てならない言葉を聞いたのだけれど、くびられたいのかしら」
鈴音が黒い雰囲気を放出しながら青嵐おんじを睨み付ける。
青嵐おんじは怖い怖い、と言いながら笑っていた。
そこに第三者の声がかかる。
「それはお前の性格と容姿が整いすぎているのが問題なんじゃ無いのか?」
鈴音の言葉に突っ込みを入れながら真矢が洞部屋に入ってきた。
手には黒鞘の太刀を持っていた。
「おんじ、刀見てくれ。ん? 何だまだやってたのか」
真矢は少し呆れた様子で鈴音に言った。
「要点だけ済ましてさっさと仕事に行こうぜ。今日は時間が掛かりそうだ」
口を尖らせながらも鈴音はわかったわ、と頷くと真剣な顔をして俺を見つめた。
「恵祐いい? 貴方が今、選択できるのは次の二つだけよ。ひとつ、ここでのことは忘れて元の生活に戻り、一切樹海には立ち寄らないこと。そして憑依体質を抱えながら悩み暮らしていくこと。ふたつ、私たちの仲間になって非日常の暮らしをすること。こっちは救済措置があるけど厳しい現実と社会を味わうことになるわ。どちらの選択も満足のいかないものだろうけど現状それしか無いわ。どうする?」
いきなり二者択一を迫られて俺は黙り込む。
そして深く考え込んだ。
元の生活に戻ったところで俺には先が見えない。
かといってもうひとつの選択肢も決して良いモノとは思えなかった。
俺は俯きながら虚空を見つめ続けていた。
―――――――――――――――。
「ずいぶんと思い詰めた表情をするのう」
青嵐おんじに言われて俺はハッと顔を上げる。
「どうじゃ、ワシに話をしてみんかね? 人の悩みを聞きながら年月数えた経験がお主に役立つかもしれんぞ。話すことで気持ちが落ち着くこともあるだろうしな」
青嵐おんじの言葉に再び目を伏せて考え込む。
側に座る鈴音も真矢も黙って成り行きを見守っていた。
俺は戸惑っていたが、やがて核心の部分を伏せながらぽつぽつと喋り始めた。
「俺は…………名字は大森っていいます。俺は養子なんですが養父と上手くいってなくて……その、顔が会わせ辛いんです。学校でも嫌なことがあって……居づらくなって今は通ってません」
「養父ってことは血は繋がってないのか。虐待されているのかのう?」
「違いますけど詳しくは言いたくありません」
「そうか、学校の方も言いたくないのかな?」
俺はしばらく青嵐おんじを見て話すべきかどうか迷っていたが、やがて重い口を開いた。
「……学校でいじめられていた同級生を助けたんです。そしたら今度は俺が標的になって……始めは毅然とした態度で跳ね返していたんですが段々疲れてしまって」
陰湿な嫌がらせに不干渉のクラスメート、態度を変えた一部の部活仲間のことを思い出す。
そのときの気持ちが沸き上がって生傷をさらに抉られるような心の苦悶と吐き気を掻き立てられた。
「くそっ」
頭をばりばり掻きむしって嫌な気持ちを振り払う。
そして深々と呼吸をした。
洞内の澄んだ空気を吸い込んだのが良かったのか、数分後、俺の身体は落ち着きを取り戻した。
それを見計らって青嵐おんじは話を続けた。
「恵祐は悪くないのに大変じゃったのう」
青嵐おんじは俺を見据えながらただただ頷いた。
「俺、正直居場所がないんです。だからここに置いて欲しい気持ちもあります。でも……まだ決断できません」
俺は決断できずに返答に迷う。
それを見ていた鈴音が口を開いた。
「まあ、今すぐ答えを出さなくても良いわ。時間の余裕ならあるしね」
「良いのか?」
「ええ」
今すぐ決めなくても良いと言われ、幾分気持ちが楽になった。
そこに真矢が介入してきた。
「アタシとしては人手が増えて大賛成だけどな」
「真矢。これは自分で決めなきゃいけないんだから余計なことは言わないの」
鈴音が注意を促すと真矢は俺の肩を叩いた。
「良いじゃねえか。アタシだって此処に来たのは、こいつくらいの年だったぜ。それに鏡架なんかもっと子供じゃねえか」
知らない名前が出てきたが、二人は言い争いを始めてしまい聞くタイミングを逃してしまった。
一際、洞部屋が騒がしくなってきたところで青嵐おんじは最後の纏めに入った。
「そうじゃな、最終的な判断はおぬしに委ねよう。明日の夕刻までにどうするべきか答えを見つけておくように。……それと恵祐、苦しくない人生などひとつもありゃしないが、苦しみから逃れる方法はいくらでもあるんじゃよ。死んで逃れることは|絶対駄目じゃが、距離を置いて見つめ直すことだったり、別の解決策を模索しても良い。いずれ解決しなければならなくても回り道くらいする余裕はあるじゃろう。余裕を持って生きてみろ。そして余り悪いことばかり考えすぎないようにな」
以上じゃ、といって青嵐おんじは話を終えた。
それに伴い皆はそれぞれ散らばっていく。
青嵐おんじの言ったように余裕を持って生きるにはどうすれば良いのかわからなかったが、励ましてくれているのは伝わってきた。
客間に案内してくれた鈴音とも別れ、俺はそのまま客用のテントを借りて今日は就寝することになった。
洞内は冷え込むので直ぐさま寝袋にくるまる。
そのときお腹から珍妙な音が鳴った。
「腹減った」
少し緊張が解けたのか、胃袋が空です、と訴えかけてきた。
そういえば今日何かを口にした記憶が無かった。
ズボンのポケットをまさぐると財布とスマホ、そして常備しているスティックジャーキーが数本あった。
包装を剥がしてそのままジャーキーを二本頬張る。
唾液が分泌されるように少しずつ噛み砕きながら100%国産の味を堪能していく。
残りのジャーキーも口に放りこむ。
あくまで間食用に持っていたため少々物足りなかったが空腹が和らぐと今度は瞼が重くなった。
考えることは山ほどあるのにどんよりと思考が鈍くなり働かない。
暫く眠気と格闘してたが、諦めて身体を楽にすると心地よい開放感に満たされる。
そのまま意識を投げ出すと、すぐに眠りに落ちていった。
ESN大賞2に応募しました。
条件満たすまでは必ず投稿致します。
ゆっくり不定期更新ですが宜しくお願い致します。