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樹海修験者~天恵~  作者: トケイマル
第一部 終わりの始まり
1/62

1-00 序幕~記憶の欠片~

初投稿になります。

 序幕〜記憶の欠片





 これが――――離人症(りじんしょう)というものだろうか?





 頭の中に(かすみ)がたなびいていて意識が包まれている。

思考回路(しこうかいろ)接触不良(せっしょくふりょう)で、実際のところ、頭の働きが愚鈍(ぐどん)なことに気付くのに多大な時間を要してしまった。


 周りを見渡せば、公園に人通りはなく、樹海(じゅかい)沿()った遊歩道(ゆうほどう)のベンチに座っているのは自分だけだった。


 夏の日差しが強い中、常夜灯(じょうやとう)が次々ともり、公園はいち早く闇の(おとず)れに対する準備をしていた。

(かたわ)らの自販機(じはんき)でさえ環境の変化に適応(てきおう)しているのに、今の自分はそのことに興味(きょうみ)は無く身体も反応を示さないでいた。



 ――――どうやらオレは外界(がいかい)刺激(しげき)(うと)いらしい。



 いつ座ったかも朧気(おぼろげ)で、考えてみても記憶にない。

身体は吸う、吐くといった生理現象(せいりげんしょう)延長(えんちょう)で、座るといった動作も脊髄反射(せきずいはんしゃ)で行っていたようだ。


 …………そう、記憶にないといえば、いつのまにか樹海で鳴いてる(せみ)の声が絶えず耳にこだましている。

その鳴き声が現実なのか、幻なのかわからなかったけど、まあどうでも良かった。


 陽光(ようこう)とタイル張りの路面から発せられる照り返しの熱気(ねっき)で、浴びるように汗が(にじ)み出る。


 やけにYシャツやズボンが身体にへばりつくが、不快感もどこか他人事で、その心地はまるで外界の刺激を九〇%以上抑える薄い皮膜(ひまく)(おお)われている気分だった。

 

 ただ一点、オレが自発的に思うのは、この現状をおかしいと思わないでいる己に対する不信感だった。





 からん、と音がした。


 そういえば空腹でサンドウィッチを買ったんだっけ、と思い出す。

 傍らに転がった空き缶を座ったまま拾い上げると、左腕からぶら下げていたコンビニ袋に滑り込ませる。


 ひと作業しただけでひしひしと倦怠感(けんたいかん)が増していく。



 ()め息ひとつ――――。



 すると食べるため買ったのに、何故かコンビニ袋をまさぐるのも億劫(おっくう)になっていた。

何もする気になれず、そのまま両腕を背もたれのふちにかけ、ベンチを十分に使うと首を反らした。



 空は(かげ)りを増し、陽光がちらつき始めていた。

じわりと訪れる夜の浸食(しんしょく)に同調するかのごとく――――、オレの気分は徐々に落ち込んでいった。


 深く息を吐いて空にこぼすと背中の左側がずきずき痛んだ。

腎臓(じんぞう)でも悪いのだろうか、と(まゆ)をひそめたが、すぐに感覚が薄れ気にならなくなっていた。



 風が吹き、肌を撫でる。



 映えない空に飽きて顔を戻すと、目の前に広がる樹海が気になった。

見渡す限り木々で覆われ、同じような景色が延々と続いている。

この辺りは木々の間隔が広いから結構遠くまで見通せる。

 


 そんな景色に――――()き付けられた。



 今の自分には木々を()でることによる安らぎや清涼感(せいりょうかん)といった気持ちが湧き起こらないのに、何故かぼんやりと樹海の奥を見続けていた。


 

一瞬(いっしゅん)、樹海がざわめく。


 

 ふいに意識だけが樹海に吸い寄せられ思わず前のめりになる。

すると(わず)かに残っていた現実感がゆっくり遠ざかっていった。

まるで自分の身体じゃない様な感覚に襲われる。

 


 脳裡(のうり)にくわん、と音が鳴った。



 奇妙な目眩(めまい)が体を襲う。

 


 そして耳鳴りが止み…………(かす)かに声を(とら)えた。





(――もっと奥に)



「ああ……、もっと奥に入らなきゃ」



 ふらりとベンチから立ち上がり、遊歩道から外れて樹海の枯れ枝を踏みしめた。

腕に()していたコンビニ袋が滑り落ち、地面を叩く音がしたが、構わず足を送り出し、先へ、先へと進んで行った。



 ――――――――。



 鬱蒼(うっそう)とした樹海は年輪の深さを思わせる広葉樹が広がっていて、晴れた日でも仄暗いことを窺わせた。

 オレの足取りはおぼつかないが迷いがなかった。どうやら歩き回らずにどこかを目指しているらしい。

 


 不思議な感覚。

まるで舞台で勝手に演じている自分自身を観客席から(なが)めているみたいだった。

 

 時折、聞こえるカラスの鳴き声に意識を向ける。


 その間も体は脊髄反射(せきずいはんしゃ)で、倒木を避けるため(しげ)みの隙間(すきま)を通り抜けていた。

無理矢理未踏(みとう)の場所を進んだせいで、しなった枝が折れ、腕と頬に切り傷を生んだ。

すぐに、神経(しんけい)を伝わり、頭の中に痛いという言葉が浮かんだが、いつまで経っても身体の痛みを感じなかった。


 木々の切れ間から降り注ぐ陽光が地面を照らし、手の平ほどの陽だまりを至るところに残していた。

その熱も次第に(あわ)くなり、夜の訪れを潜む生物に知らせながら樹海の深部はさらに暗い闇に飲み込まれていった。


 オレはその闇に身を投じ、ふらふらとよろけながら、ただ奥へと歩いて行った。









 …………どれくらい歩いたのだろうか。



 いつの間にか息は上がっていて、自分が今何をしているかもわからなくなっていた。


 突然体勢が崩れた。

機械的に踏ん張るが林床(りんしょう)に草が生い(しげ)り、見えないツタに足下を取られ思わずつんのめった。


 その瞬間、はっと自分が歩いていたことに気がつく。

思わず足を止め、その場で息を整えていると、ぼんやり意識がもうろうしてきて、また勝手にふらふらと歩き出す。


 そんなことを繰り返し、地面に足を取られる回数が歩く距離に比べて三割増しに到達したときだった。





(こっちへ来て)



 あの声が聞こえた。



 オレは頭に残る声に誘われて、ゆっくり右側へ歩みを変えた。

そのまま一メートルほど隆起(りゅうき)した岩盤(がんばん)をよじ登ると、すぐ側の大木に上体だけもたれかかった。


 肩を上下させながら荒い呼吸を整えていく。

ひとつ、ふたつと深い呼吸を繰り返す。


 やがて心臓が落ち着きを取り戻した頃、ふと顔を上げると太い幹枝(みきえだ)から()ちたロープの輪がぶら下がっていた。



 あの声が(ささや)く。





(さあ、ここで一緒になろう)





 ぞくっと(しび)れた。



 一瞬で言葉の意味を理解し体が硬直(こうちょく)する。

しかし、頭はぐらぐらして何が正しいのか分からない。


 木々のざわめく音と共に(ささや)き声が強まる。


(さあ、さあ、さあ!)


 眼前(がんぜん)のロープを見つめる。

(あらが)う意思は少なく(すで)に動揺も無かった。


「オレ……死ぬ…………のか?」


(ふふっ)


 自他(じた)ともわからぬ意識のまま一歩一歩、死へと(いざな)われる。

不毛(ふもう)観念(かんねん)を抱きながらロープに手をかける。



 ――――――――死――――――――。



 ――――――――!?


 眼球が(とら)える。


 ロープ越しに煌めく何かが見えた。


 静止し目を()らすと遠くの影が木々を()うように迫り、ざざっと枯葉を踏みしめながらあり得ない速度で近づいて来ていた。


 この足場で疾走(しっそう)している。

幻影(げんえい)は自分めがけて一直線に向かってくるようだ。


 時折、(きら)めいているがそれが何なのかはわからない。

その姿は獲物を捉えた獣のようで、知らずにオレの体は萎縮(いしゅく)していた。

速度は動物の様だが、近づいてくる影の大きさは決して小ぶりではない。


 凝視したまま動けずにいると影は数メートル手前で急に停止した。

そしてゆっくり歩き出すと自分に近づいて来た。



 ――――――――。



 オレの瞳が(とら)らえたのは人影だった。


 しかし、獣の動きをする人間はありえず、その存在の異常さを樹海に示していた。


 木々がざわめき、樹海に光が差し込む。

木漏(こも)れ日が影を照らし断片的な姿を映し出す。


 その姿に思わず目を見開く。

自分の瞳が(とら)えたのは(あわ)い光に(きら)めく長い白髪と――――――――日本刀だった。



「ごめんなさい」



 女性の(りん)とした声が届き、鼓動(こどう)がひとつ高鳴る。


 己の姿――――両腕でロープを(つか)み、その(ふち)に軽く(あご)を乗せた状態には疑問を抱かないのに、彼女に謝られることが酷く気になった。


 自分も何か喋ろうかと躊躇(ちゅうちょ)していると彼女は刀の(つか)に手をかけた。


 瞬間、彼女は互いのパーソナルスペースを一呼吸で突き破った。

そして彼女は鯉口(こいくち)を切り、刀を逆袈裟(ぎゃくけさ)に切り上げた。



 まさに刹那(せつな)――。



 オレは(かわ)す素振りすら出来ずに切り裂かれる。

刀身が左脇腹(わきばら)から右上の肩口に通過する感覚が伝わってくる。

思わず筋肉が伸縮(いしゅく)し、口から空気が()れた。

力が抜け目眩(めまい)が起こる。



 (くず)れ落ちる直前、(ゆら)らめく感覚の中、視線がぶつかり彼女の瞳を見た。


 彼女はオレを一心(いっしん)に見つめていた。


 その冷ややかな(すご)みを帯びた眼光に畏怖(いふ)すら覚えたが、不思議と敵意や殺意といった暗い感情は微塵(みじん)も覚えなかった。



 そのことがとても不思議に思えて――――。



(何故?)



 勝手に口が動いていた。


 しかし、紡ぐ言葉は声に至らず消え失せる。

その答えは当然なく、彼女は体を整えると刀をひるがえし、二の太刀でオレの首を()いだ。



 それで終わり。


 ()きあがる疑問は置き去りに、オレの意識は遠のいていき、深淵(しんえん)の眠りへと落ちていった。

続きます。

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