一生かけて、恋をして。
私は貴方に恋をした。
淀んだ雲から大量に降り注ぐ雨の中、廃墟の片隅で震えていた私。
そんな時、目の前に現れたのは彼だった。大きな黒い傘を持って、私の頭の上にそれを翳して「大丈夫?」って。
黒い髪から頬に雨粒を濡らして微笑み、私の頭を優しく撫でる彼。私の冷たくなった心が一瞬にして情熱的な薔薇色に変わった。
今思えばこれは一目惚れだったのね。
家に帰ってから、彼は雨でびしょ濡れになった私を大きなタオルで包み込んでくれた。
でもあんな部分やそんな部分までしっかり拭かなくていいじゃない!
私だって女の子なんだから恥ずかしいのよ!
でもお構い無しに彼は私の身体を拭き続ける。意外とサディスト的な部分があるのかしら? 嫌いじゃないわ。
それから私は彼と一緒に暮らすことになった。日が落ちる夕暮れ時、いつも街通りを一緒に歩いてくれた。これはデートってやつね。
街行く人に「可愛いですね」って何度も声を掛けられたわ。そしたら彼は「僕の自慢の彼女ですよ」って笑いながら答えて。
そんな事言われたら照れちゃうじゃないの、もう!
でも何年かして、少しずつ生活が変わってきた。ある日、私がいつものように彼の側に寄り添うように隣に座ったら、いきなり「鬱陶しいんだよ!」って。
突然の出来事に私、驚いて逃げちゃった。
最近彼は痩せてきてご飯も碌に食べてなかったし、目の下の隅も凄かった。そして毎日、浴びるようにお酒というやつを飲み続けて。仕事のストレスってやつかしら?
毎日欠かさなかった夕方のデートも目に見えるように数が減ってきた。
我慢我慢。私は彼女だもの。彼を支えてあげなくちゃ。
数ヵ月して、夕方のデートは完全に無くなっちゃった。仕方ないわよね、彼の元気が出るまでは。
でもね、私はね。家の中ではおしっこが出来ないの。外じゃないと出来ないの。我慢してたら下半身が凄く痛くなってきちゃった。ねぇ、お願い。外に行かせてよ……
それから数週間、彼はご飯すらくれなくなった。暗い部屋で横になりながら、死んだような目でテレビをずっと見つめている。
ねぇ、お腹が空いたよ、喉が渇いたよ。でも貴方に近寄ると、また蹴り飛ばされるかもしれない。どうすればいいの。私分からないよ……
そして数日後、その日は前触れも無くやって来た。彼は久し振りに私を抱っこして家から外へ。
もしかしてデート!?
そんな事を思いながら期待の眼差しで私は彼を見つめたけど、彼は相も変わらず死んだような目をしている。私と目も合わせようとしない。そして私を車の中に乗せて街中へと走り出した。
今日はドライブデートってやつかしら?
暫く車で走ってから、ある場所に辿り着いた。街中と違って静寂な、白くて四角い建物の前。
彼は私を抱くと、車から降りて建物の中へ。そして中にいたおじさんと暫く話し合った。何を話しているんだろう、そんな事を思ったのも束の間、彼は私をおじさんに手渡したのだ。
何で!? どうして!?
私は必死に彼の名を何度も何度も呼んだ。でも彼は振り向くことなくその場を去っていってしまった。
これが彼との最後の別れだった。
私は檻に入れられた。その中には私以外にも同じような仲間達が沢山いた。彼等は助けを求めるように必死に鳴いている。でも私は声すら出せなかった。何もかもがショックで。
私は冷たい空間の檻の中の片隅で、ただただ彼を想って震え続けた。
それから三日後、あの時のおじさんが檻の中へ入り、縮こまっていた私の側へやって来た。「辛かったな、よしよし」と言いながら私の頭を撫でる。
あぁ、彼の優しく撫でてくれたあの時の大きな手が懐かしい、そんな事を思った。
そしておじさんは私に「ここの中に入れ」とある場所へ誘導した。そこは冷たくて密閉された小さな空間。私以外にも沢山の仲間達がいて、皆怯えていた。
そして私が中に入ったのを最後に扉が閉められると、周囲は真っ暗になった。
暗い、怖い、助けて。
必死に泣いて助けを呼ぶ。でも声は誰にも届かない。彼は助けに来てくれない。
段々と息が苦しくなってきた。あぁ、私死ぬんだ。今更になって気付いた。
こんな時でも浮かぶのは彼の顔。あぁ、私って馬鹿な女。捨てられたって心の何処かでは分かってたけれど、自分の中で知らない振りをしていた。
こんな人生で終わってしまうのは悲しい。
でも私は貴方に出会えて良かった。辛いことも苦しいこともあったけど、幸せな時だってあったから。
例え貴方が変わってしまっても、私は貴方を誰よりも大切に想っている。
私は一生かけて、貴方に恋をした。
お読み頂き、ありがとうございました。