03 お友達ですわ!
『リーシェ、お友達を呼びに行ってきますわ!行ってきますわ!すぐに戻ってきますから、待っていてくださいまし!楽しみですわ!楽しみですわ!』
ホムラが嬉しそうに話していたのは今朝のことだ。
深紅の瞳をらんらんと輝かせてリーシェを見つめ、満開の笑みを浮かべて宣言した。起き抜けのリーシェをおいてきぼりにし、くるくるとダンスを踊るようにしてホムラは飛び出していったのだ。
ホムラと出会ってからの三か月間、リーシェの傍には常にホムラがいた。
この日、リーシェは予定通りに家庭教師からのレッスンを受け、食事をし、就寝前の読書をしている今、ホムラがいない寂しさを拭えずにいた。
(……ホムラ、早く帰ってこないかな。寂しいよ)
リーシェは侯爵家の娘である。家にいるメイドや執事はリーシェに傅く者たちであり、心を許す者にはなりえない。
これまでも父ルドルフや兄ラルフと会えないことはあった。しかし、これほどの孤独は感じなかった。ホムラが傍にいることがリーシェの日常と化した今、ホムラが傍にいないことはリーシェにとって異常事態であった。
リーシェはいつになく息苦しさを感じていた。
『ただいまですわ!リーシェ、お待たせですわ!お待たせですわ!』
あふれる笑顔を隠そうともしないホムラの声が唐突に聞こえてきた。
リーシェが視線を向けると、赤色の光に寄り添うように緑色の光がたたずんでいる。赤色の光はホムラであることは間違いない。深紅の髪に、ロードナイトの瞳。リーシェにとって見慣れた姿だ。
「……おかえりなさい、ホムラ。そちらの方がホムラのお友達?」
『そうですわ、リーシェ!私のお友達のカエデですわ!カエデですわ!』
緑色の光をまとったカエデは鋭い眼差しをリーシェに向けていた。
新緑を思わせる髪に、エメラルドの瞳を持つ少女。その左手はホムラの右手と繋がれていた。
(ホムラのお友達だよね?……どうして私をにらんでくるの?)
リーシェとカエデは初対面であるが、カエデの視線に友好の色はない。親の仇を見るような冷たい眼差しに、リーシェは背筋が寒くなるのを感じた。
一心にリーシェに向けられるカエデの視線に耐えられず、リーシェは俯いた。
『カエデ!リーシェを怖がらせてはダメですわ!ダメですわ!――怒りますわよ!』
『そんな顔をしないでくれるかい、ホムラ。君の美しい顔に怒り顔は似合わない。僕の愛しいホムラ。君の大輪の花のような笑顔を見せてくれないかい?』
『お馬鹿なことを言・う・な、ですわ!』
カエデはやさしい声音でホムラに話しかける。そこにリーシェに向けていた敵意は微塵も感じられない。ホムラとリーシェに対するカエデの態度は真逆だった。
リーシェがおそるおそる顔を上げると、頬を膨らませて怒るホムラと困ったようで楽し気な笑みを浮かべたカエデが言い争いをしていた。リーシェには、カエデの表情に見覚えがあった。
(……お兄様と同じ笑い方だ)
リーシェのワガママにつきあうラルフと同じ表情をカエデがしている。既視感のあるその表情にリーシェは安心し、自然と口角が上がった。
(私とお兄様も外から見たら、こんな感じなのかな)
ラルフは軽口をたたかない。リーシェの記憶では、ラルフの口から誉め言葉をもらえるのは、年に一度の誕生日のときだけだ。
そんなラルフと、次々と誉め言葉を口にするカエデが重なって見えた。共通点のなさそうな二人の同じ笑顔。それが面白くて、リーシェはふと笑ってしまった。
『――それが君の本当の姿かい?』
ホムラとの言い争いを無理やり中断したカエデが話しかけてきた。先ほどまでホムラに向けていた優し気な声が聞こえた。
『僕はカエデ、ホムラの友人さ。僕のことはカエデと呼んでくれてかまわない。……先ほどの失礼な態度を許して欲しい。そして、僕がリーシェと呼ぶことを許してくれないだろうか?』
突然、カエデの態度が軟化したことにリーシェは驚いた。了承の意を込めて頷くと、カエデは微笑んだ。リーシェとしては戸惑うばかりだ。
それは、カエデの隣にいたホムラも同じであった。ホムラも状況についてこれず、怒っていいのか笑っていいのか分からないと言わんばかりに複雑な表情をしていた。
原因であるカエデは笑みを深めるばかりで、二人のまぬけ顔を堪能していた。
リーシェとカエデが落ち着きを取り戻すまで、しばしの時間が必要だった。
『ごめんね、リーシェ。突然、ホムラが友人を紹介するなんて言うものだから、心配していてね。ホムラは抜けているところがあるから、騙されてはいないかと思ったのさ』
『リーシェは良い子ですわ!それにホムラはしっかり者ですわ!しっかりしてますわ!』
『前に騙されて僕に泣きついたのは、どこのお姫様だったかな?』
『………知りませんわ』
カエデに言い返すホムラの声は弱弱しいものだった。ホムラはそっぽを向き、カエデの視線から逃げた。
姉カエデに頭が上がらない妹ホムラ――そんな二人の関係をリーシェは羨ましいと思った。
「カエデはホムラのお姉様ではないの?」
『よくホムラの姉と間違われるけど、実の姉ではないね。ホムラのことは妹のように思っているけど…ね。君たち人の表現を使うならば、幼馴染というのがふさわしい間柄だよ』
『………私の方がお姉様ですわ』
ふてくされるホムラの頭を撫でながら、カエデは苦笑する。リーシェもつられて笑みを浮かべた。
『リーシェは悪い子ではなさそうだから、友人になるのはかまわないよ。ただリーシェのパートナーになるかは保留させてくれないかな?大切なことだからね』
カエデは茶目っ気たっぷりにウインクをした。
ホムラに続き二人目の友人ができたことがリーシェは嬉しかった。カエデも傍にいてくれると思うと、心が温かくなった。
その一方で、カエデの言葉にリーシェは引っ掛かりを感じた。
「カエデ、パートナーってどういうこと?友人とは違うの?」
『………ホムラから聞いてないのかい?』
私の質問の意味を噛みしめていたカエデは、少し声を震わせながらリーシェに尋ねた。
リーシェが首肯すると、カエデは唖然としてホムラを見つめた。
ホムラは依然としてそっぽ向いたままだった。
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