第八話 束の間の休息を
任務を終え、帰って来た一行。彼らは治療後、食堂で遅めの昼食(零耶と玲御作)を摂り、休憩をしていた。報告書をまとめる右京の隣では左京が食後のコーヒーを飲んでおり、その向かい側の椅子には零耶と玲御が座り、誰もいない広い台所では統軌が自分を含めた3つのホットミルクを作っている。ちなみに右京もコーヒーを飲んでいる。
「う、うーん…」
「?どうしました右京」
何を悩んでいるのか右京が呻く。それに左京がどうしたとコーヒーが入ったコップを置いて彼を見る。ホットミルク待ちしていた2人もなんだと顔を向ける。右京は軍帽を外した髪をガシガシとかく。
「いや、な?誰が何体【神穢】倒したかって書かないといけなくてな」
「………それ政府の方?右京の兄さん」
玲御が問うと彼は頷いた。左京が一瞬、悩んだように顎に手を置いた後、こう言った。
「数なんてあちらがいちいち把握できるものではありません。しかも倒した後です。20体もいたんです。適当でいいんですよ適当で」
左京の提案に右京はなるほどと頷くと報告書にペンを滑らせる。それを見ていた零耶が抗議の声を上げた。
「ちょっ、右京の兄貴?3体はない3は!」
「そうか?」
「そうだよ右京の兄さんー」
続けて玲御にも抗議され、右京は納得出来ない顔をしながら数を書き換える。それをクスクスと左京が見守る。双子が右京にやれこれ違うなどと口を出すとそれを右京は素直に直していく。それが左京には可笑しくて仕方がない。
「ホットミルク出来たよー」
「嗚呼、ありがと……獅雨、いつの間に」
統軌の声に顔をあげるとホットミルクが入ったコップ3つをお盆に載せた統軌と"白"を連れた獅雨がいた。零耶がそう、首を傾げて問うと彼は"白"の首元に抱きつきながらゆっくりと言う。
「……おやつ、食べに来たら……みんないたんだよね、びっくり……」
「もう一つ、ホットミルク作るね。零耶、これお願いね」
「おう」
統軌は獅雨の分も作ろうと零耶にお盆を預け、台所に戻って行った。零耶と玲御は獅雨をつれて左京と右京の邪魔にならぬよう別の席に移動した。2人が並んで席につくと獅雨も席につき、"白"がお行儀よくその隣に座った。
「それにしてもおやつって。獅雨は好きだね、そういうの」
玲御がホットミルクが入ったコップを受け取り、それを口に含みながらクスリと笑う。
「うん……僕、おやつ好き……」
「ガゥ」
「ハハ、じゃあ俺と玲御で今度、なんか作ってやるよ。いいよな?」
「ええ、もちろん。極上のおやつ、あげるな」
双子の提案に獅雨はそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。それを見て2人も嬉しそうに笑う。
「僕もいーれーてっ?」
コトンと獅雨の前に熱々のホットミルクが入ったコップを置きながら統軌が言う。そして彼は誰からの答えを待つことなく零耶の隣の椅子に腰かけた。
「返事する前に座ってるけどな。統軌、チョコレートくれ」
「はいよー持って来たからね」
「ハハ、ナイス」
統軌が零耶の手の中に小さく切ったチョコレートを落とす。統軌は零耶の褒め言葉に「当たり前でしょー」とニヒヒと悪戯っ子のように笑うと零耶も笑い返し、そのチョコレートをホットミルクの中に落とした。それを眺めていた獅雨が萌え袖のようになったブレザーの袖でコップを持つとそれを口に含み、ホッと息をついて訊いた。
「零耶兄ちゃん…ホットミルクにチョコいれるの、好きだよね…」
「本当にね。私は両方とも別々が好きだなー」
玲御が獅雨の言葉に返しながらホットミルクを飲む。零耶がうるさい、と手を振り、チョコ入りのホットミルクを飲んだ。ほんのりとした甘味が喉を通る。クスクスと統軌が愉快そうに笑ってホットミルクを飲んだ。その後、彼らは会話を楽しんだ。
「………やっぱ、和むなぁ」
「疲労溜まってるんですか…?」
そんな彼らを見てそう言った右京を彼が疲れているんじゃないかと左京が心配そうに言った。右京は左京の問いに小さめに頷いた。疲れているらしい。左京は軽くため息をつくと書き終わっている報告書を彼の腕の下から奪い取った。
「どうした?」
右京が驚きながら彼に問うと左京は書き間違えがないことを確かめながら言った。
「お疲れのようなのでボクが提出してきます。頼ってくれてもいいんですよ?副隊長ですから」
「!」
それに右京は「ふはっ」と笑い、「頼むわ」と左京に笑いかけた。「はい」と満足げに左京が頷く。
この2人も相棒と云う関係である。
…*…
「お邪魔しまーす」
「どうぞどうぞー♪」
その後、何も任務がないようなので各自解散となった。玲御は獅雨のお手伝いをしようと彼と一緒に行ってしまったので統軌のお誘いで彼の部屋に遊びに来ていた。統軌は自身の兄と同室でもう一人、姉がいる。
部屋の中は零耶と玲御と同じ配置だが雰囲気が多少違う。統軌が棚の上の掛台に刀を置くのを零耶はボーッと眺めていた。と、その掛台の上の段に脇差が置かれているのに気づいた。と、云うことは同室者の統軌の兄が帰って来ているという事だ。だが肝心の本人が見当たらない。二段ベッドの方にでもいるのだろうか。そう思いながら零耶が歩を進めた、その時
「あ、零耶スt「止まれ。止まらないと、首と胴体がおさらばするぞ」」
統軌よりも先に響いた地を這うような低い声。零耶はぴたっと止まり、目の前に目を凝らさないと見えないほどに細い紅い糸を見つけ、目を疑った。よく見ればその糸は部屋中に張り巡らされていた。この中を統軌が当たり前のように通っていたと云うことを理解すると零耶はクスリと笑みをこぼした。
「ごめん零耶ー忘れてた」
「いんや、平気だ……てかよぉ、絡繰の兄貴は何処に…?俺、見つけられねぇんだけど…」
零耶はそう言いながら顔だけを糸の上へ出し、部屋の中を伺うと二段ベッドの上にあぐらをかいて座っている青年がいた。その両手の指先には紅い糸が絡みついており、その糸は部屋中に広がっている。青年は零耶を一瞥すると部屋中に張り巡らされた糸に目を移す。統軌は零耶の方に糸を避けながら苦笑しつつやってくる。
「兄さんは上で"殺絲"の調整中。此処、隙間開けたから入ってー」
「ごめんね」と言いながら糸の隙間を指差す統軌。示された場所から零耶は中に入ると糸がない本棚近くの壁に寄りかかった。その隣には統軌が並ぶ。
「んで、いつまで絡繰の兄貴はそうしてんだ?」
二段ベッドの上に座る青年を見上げて零耶が言う。と統軌も同意するように頷いた。
「待て、もう少しで終わる……ん、これでいいか。そこ、動くなよ」
青年がそう言い、指先の糸を引っ張ると部屋中に張り巡らされていた糸は彼の手首に巻き付いていく。そして全てが彼の手首に巻き付くと青年の手首には巻き付いた紅い糸、ではなく手首を一周するように出来た紅いアザがあった。青年はベッドから降り、壁際に避難していた2人をいいよと手招きした。2人はそれに従う。
「調整は上手くいったみたいだね、兄さん」
「嗚呼、零耶、ゆっくりしてけ」
「おう、お言葉に甘えまして?」
青年が統軌の頭を撫でながら柔らかい笑みで零耶に言うと零耶は片目を瞑っておちゃらけたように言った。3人同時にクスリと笑い合った。
絡繰と呼ばれた青年は菜の花色のセミロングで後ろ髪が一束のみ異様に長く、瞳は納戸色。両耳に小さな紅い糸のようなものが何個も束ねられたイヤリングをしている。服は薄めの赤と白を基調とした袴で中には黒の短めの服を着ている。右肩からは茶色の法被を羽織り、それを椿のブローチで止めている。靴はヒールが低めの焦げ茶の短めのブーツだ。
そして手首には先程の紅いアザがある。彼は統軌の兄で2人の上には姉がいる。
「兄さんも一緒にお話しよ?」
「俺も話したいなぁ?」
「…………ハハハハ、いいぞ」
「「やった!」」
弟とその相棒に促され、絡繰は零耶と統軌と共に暫しの間、たわいもない話に花を咲かせていた。