第三話 就寝のお話を
「そんな子供騙し、オレに通じると思ったのか?」
右京の鋭い眼光が零耶を射ぬく。悪寒、零耶の背中を走る。そして零耶はハッと目を見開き、右京に攻撃するのをやめて後退した。右京はその行動を満足そうに見る。彼の大太刀は零耶の方を向いていない。右京の背後を取ろうとした統軌の首元にその刃は添えられていた。統軌は驚いたようで目を見開いたまま、止まっている。零耶は自分を嘲笑するように鼻で嗤うと言う。
「なんで分かったんだ?」
「簡単な事さ。左京の視線だ」
「…ボクぅ?」
突然、名を呼ばれて左京がすっとんきょうな声を上げた。
「あー左京さーん、僕の動き、追ってたでしょーそれだよー」
「それは……申し訳ありません」
統軌が納得したかのように両肩を竦めながら武器を納める。だがそれでも零耶には納得がいかなかった。右京がそんな顔をしている零耶に気付き、構えを解きながら言った。
「オレの気を逸らそうと零耶はしているようにオレは感じられた。つまり、統軌がオレの背後を取る時間を稼ごうとしている事が読み取れる。零耶が素早く攻撃してくるのがなんか引っ掛かったんだ、それに、いつもならすーぐ攻撃してくる統軌が全然こないのもな」
歯を見せながら右京が自慢気に言う。零耶はフッと肩を落とすと「お見事」と短刀を納めた。
右京の云う通り、零耶が攻撃している間に統軌が彼の背後を取る作戦だった。右京の武器は大太刀。振り回すと大きなリーチが生まれ、次の行動に移るスピードが落ちる。そこを取った作戦だったのだが……右京には見破られた。
「やっぱ『弁慶』の通り名を持つ右京の兄貴には敵わないなぁ。なぁ統軌?」
「本当だよね……負かしてやりたかったのに」
ブスッとしかめっ面をかました統軌の顔に全員が笑い、釣られて彼も笑う。静な稽古場に楽しそうな笑い声が響き渡った。
…*…
「ただいま…」
その後、零耶は彼らと共に帰路に着いた。零耶は自室の扉を静かに開けながらそう言う。扉を閉め、バスルームの近くを通ると扉が閉まっており、中からシャワーの音が聞こえてくる。
間に合わなかった、と零耶は軽く落胆しながら中へ進んだ。そこには十畳ほどの部屋があり、零耶から向かって正面には大きな窓があり、カーテンが閉められている。零耶から向かって右側には二段ベッド、左側には小さな勉強机と本棚がある。バスルームの向かい側にはクローゼットがある。
零耶はベストを脱ぐと下の段のベッドの柵に凭れながら座った。
【AVANOLS】の自室は殆どが2人部屋である。同性か兄弟と同室になる。例外はあるが此処の建物ー計7階建てーの4階から6階までが彼らの生活区域である。
零耶は帯刀していた短刀を外すと本棚の上に設置された掛台の上へ置いた。その下の段には一振りの太刀が置かれている。それを一瞥し、クローゼットの方へと行くとハンガーにベストをかけてしまった。その後は先程と同じ場所に座った。ボーッと暫く思考する。今回の任務は骨が折れるような、大変なものではなかったがやはりそのあとの報告が大変だった。大変と云うよりも怒りの方が勝ったが。
後でその事も含めて報告書(政府に出すのではない)を出さなければ、と零耶は肩を竦めた。【AVANOLS】が任務に行った後に提出する報告書には2種類ある。一つは政府に出す報告書、もう一つは政府から【AVANOLS】を統括する事を許された"五天王"に出す報告書である。"五天王"も【AVANOLS】であり、彼らに慕われている。
"五天王"は政府から下った命令を【AVANOLS】に配布したり、政府に報告書を提出したりと普段の彼らよりも事務的な作業が多い。たまに任務の緊急要員として現場に来たりする、名の通り、5人で構成された組織である。
と、その時、バスルームの扉が開く音がした。そして足音が零耶の方へと向かって来る。現れた同室者に零耶は微笑みを向け、親しげな口調で言った。
「お帰り」
「ただいま、零耶。お帰り」
「嗚呼、ただいま」
そこにいたのは髪から拭き取れなかった分の水滴を垂らし、上がったばかりで頬が赤く染まった、零耶にそっくりな少女だった。零耶の同室者は姉弟の、この少女である。
少女の名は玲御。今は風呂上がりで濡れているが、藍鉄色のセミロング。瞳は浅緑色。右耳にのみ勾玉のイヤリングをしている。服は白の軍服で上のベストの丈が少し短い。下は膝上までの白のスカート、灰色のニーハイブーツ。と云う零耶とは逆の格好である。今はベストを脱いでラフな格好である。彼女も軍帽があるが零耶と同じく「似合わない(笑)」らしい。そして彼女は玲御の双子の姉である。
玲御は零耶に微笑み返すとクローゼットにベストをしまう。その後、バスルームから髪を拭くためのタオルを持って来るとそれを零耶に渡し、玲御は彼の前にちょこんと座った。零耶は仕方なさそうにタオルを持つと玲御の髪を優しく拭き出した。玲御は気持ち良さそうに目を閉じている。
「今日はなにあった?」
玲御に聞かれ、零耶は報告の事や左京達との稽古の事を話した。玲御は零耶と同じところで怒り、興奮し、笑った。双子だからか、2人の感情はよく似ていた。同じ性質を持つ2人はこの双子と云う関係が心地よかった。
「まー右京の兄さんも左京の兄さんもあれだね。上手だね」
「左京の兄貴の場合はただ見てただけだけどな」
「「ハハハッ」」
そう、2人は楽しげに笑い合う。「よしっ」と意気込んで零耶が玲御の髪を拭くのを終了する。タオルを彼女の肩にかける。玲御が零耶を振り返り、お礼を言うように微笑んだ。
「零耶、ありがとう。お風呂行って来たら?」
「嗚呼、そうするかな」
零耶は頷き、膝を叩いて立ち上がると風呂に入る準備を始める。壁に掛けられた時計を見ると既に時刻は午後9時半を回っていた。
今更だが玲御は零耶、零耶は玲御と片割れを愛称で呼んでいる。
「ねぇ零耶」
つん、と零耶の服の袖を玲御が引っ張った。それに零耶が「ん?」と顔を向ける。が玲御は何も言わずに俯いた。なんとなく分かった零耶はクスリと笑った。
「報告書書くから遅くなるけど、それでも良いんだったら待ってな」
「……ふふ、ありがとう零耶」
「いいえ、玲御。そっちの今日の話、聞いてねぇもんな。うっかりしてた」
「私も言わなくちゃ、フェアじゃないでしょ」
「まぁな」
クスクスと2人は笑い合い、零耶が風呂に入るためにバスルームに消えて行った。暫くして上がって来た彼は2種類の報告書をまとめると先程とは逆にー玲御が零耶の髪をタオルで拭いているーなって玲御が今日の事を話し出した。
一日の終わりに今日あった事を話す。双子の些細な日課だ。
双子がそれぞれのベッドで眠りについた頃、机の上に報告書と一緒に置かれた2つの小さい箱が小さく振動した。
今回も姉弟多いですよ(笑)