第二話 夜の舞踊
本日は連続です!
生活区域に行くためには共同区域の一つである広間を通らなければならない。その広間は天井が色とりどりのステンドグラスになっており、太陽の光と月光を受けてその広間に美しいほどの光景を浮かび上がらせる。そのステンドグラスがある広間ー通称、光の間ーは【AVANOLS】の家ーと言ってもビルに近いーの最上階に位置している。
そんなこんな楽しく会話をしながら零耶と統軌は生活区域に向かって光の間に足を踏み入れた。
「ん?」
「あれ、またやってる」
2人の目に月光に照らされたステンドグラスの中で舞う者とその近くで楽器を奏でる者が映った。2人は気づいていないらしく、熱心に続けている。零耶と統軌は静かに彼らの元へと歩み寄る。
笛の清らかな音色が2人が歩み寄った途端に止んだ。2人がパチパチと拍手を贈ると舞っていた者、青年がペコリと2人に向かって頭を下げた。その青年は美青年で、きっと初見の者は女と間違えるほどの美しさだ。もう一人の笛を奏でていた者、青年は先ほどの青年とは打って変わり、どちらかと云うとイケメンの部類である。
「本当、貴方達の宴って綺麗だよね。ね、零耶」
「嗚呼、俺もそう思う。今度の宴でやってくれよ」
零耶と統軌が青年達を褒め称えながらそう要求する。それに舞を舞っていた青年が苦笑しながら頬を指先でかいた。
「そのためにやっているのではありませんし……右京が良いと言うのならばボクは構いませんが」
「なんでオレだよ…」
気まずそうに笛を奏でていた青年が顔をしかめた。もう一人の青年が含み笑いをしながらその青年を見る。零耶と統軌がその青年にお願いするため、彼を見上げた。彼が弟のように可愛がっている自分達の頼み事には弱い事を知っていたからこそのお願いだった。
「右京さん、お願い~」
「右京の兄貴、頼むぜ?」
「~~~~!」
2人の可愛がっている弟分にお願いされ、青年は目元を手で押さえて天井を仰いだ。そして顔を彼らに向けるといいと手を挙げた。それに嬉しそうに零耶と統軌が「やった!」とハイタッチをかわした。
宴とは【AVANOLS】達が月一で集まって行う、酒盛りの事だ。
その青年は自分を可笑しそうに見ていた舞を舞っていた青年を手の隙間からギロリと睨んだが彼は動じない。
「ったく、あとで覚えとけよ左京」
「ふふ、怖いですねぇ」
まったく怖いと思っていない青年は愉快そうに笑った。零耶が「でも」と笑って言い出す。
「さすが『牛若丸』と『弁慶』の通り名を持つ2人だよなぁ。闘いも強くて宴も綺麗って、なんかすげぇ」
「ねー」
「それほどではありません。それに昔の人物の名を肩に背負うなんて逆に荷が重すぎます」
零耶と統軌の言葉に青年は小さくため息をつきながら言う。それに同意するように頷きながらもう一人の青年も笛を振りながら言う。
「だよな。政府が勝手にそう呼んでんだけだし、それに【AVANOLS】は武器の性質を組み込んだ人型の武器だ。意味わかんねぇよ」
「ごめん、右京さんの言いたいこともよく分かんない」
「んだと?!」
統軌がそう言うと青年は笛を彼に向かって振り上げた。統軌が棒読みで小さく悲鳴をあげる。絶対に当てないと分かっているからこそである。その青年も当てる気はないらしく統軌の首に自身の腕を回す。統軌が「ギブギブ」と笑いながらその腕を叩くと彼は満足そうに統軌を解放した。それを零耶がクスクスと笑って見ていると舞っていた青年がポツリと呟いたのを聞き取った。
「ボクよりも、『牛若丸』が合うのは右京だと思うんだけどなぁ…」
「………」
横目に見た彼の横顔がなにやら悲しそうに見えて零耶は何も言わなかった。
左京と呼ばれた、舞を舞っていた青年は若緑色の長髪でポニーテールにしており、瞳は同じ若緑色。垂れた髪の先が三つ編みになっている。服は薄い橙色の水干で袖の部分が上のみ大きくあいている。靴は草履を履いている。
彼の手には武器でもあり舞の相方でもある色とりどりの花が描かれた扇、"桜花姫"が握られている。
右京と呼ばれた、笛を奏でていた青年は亜麻色のショートで瞳は紫紺色。右目に張るタイプの黒い眼帯をして、濃い緑の軍帽をかぶっている。服は濃い緑の軍服で下は長ズボン。肩から紫と銀の糸をふんだんに使ったコートを羽織っている。靴は黒のブーツ。
彼の傍らの壁には武器である黒い大太刀、"黒鴉"が立て掛けてある。
「おっ、そうだ。零耶と統軌はこれから帰るところか?どっちかオレと勝負していかね?」
右京が愉快そうにクスリと笑いながら言う。それに呆れたようにため息をついて左京が言う。
「右京、今の今で稽古とか…キミだけですよ…」
「あん?いいだろ。今日の【神穢】、弱すぎて闘った気がしなかったんだよ」
「んー僕はやっても良いけど、零耶どうする?」
統軌が零耶を振り返る。零耶はうーんと腕を組んで悩む。実のところ、早く部屋に帰って休みたいのだが右京と一戦やってみたいと云う好奇心もある。
零耶はニィと口角を上げて腰から"小鶴"、短刀を抜き放った。それに驚いたように左京が目を見開き、"桜花姫"、扇を口元に当てた。右京が満足そうに口元を歪める。
「そう来なくっちゃなぁ。"黒鴉"」
右京が笛をしまい、片手を横に出すと壁に立て掛けられていた"黒鴉"、大太刀がふわりと空中に浮いた。そして鞘が消え、美しい刃物を晒したまま、自らを呼んだ右京の手元に柄を滑り込ませた。統軌もやる気のようで腰から"燭"、刀を抜き放つとそれを右京に切っ先を向けるようにして構えた。左京が呆れたようにため息をつくと"桜花姫"(以下、扇)をパチンッと閉じて言った。
「此処は稽古場ではありませんよ。他の人の迷惑になります」
「んーそれもそうだな。右京の兄貴、稽古場に移動してやろうぜ?」
左京と零耶の提案に右京は面倒くさそうに顔をしかめた。が納得したようで「分かった」と片手を挙げた。
それでは、移動です。
…*…
稽古場には時刻が時刻なためか誰もいなかった。ちなみに只今、午後8時半を回った時刻です。暗い稽古場の電気をつけ、右京が待ちきれなさそうに"黒鴉"(以下、大太刀)を一振りする。稽古場は四方八方全てコンクリートで作られた大部屋である。壁には一定間隔で光取りの小窓がある。
零耶と統軌は自らの武器を構え、準備万端と云うことを示す。右京も準備万端のようだ。左京は観戦に回るようで壁際に凭れて立っている。
「んじゃ、お手並み拝見ってかっ?!」
床を蹴って、一瞬のうちに右京は大太刀を振り上げながら2人に迫った。2人は顔を見合わせて笑うと彼の強烈な一撃を左右に分かれることで避けた。ガキンッと大太刀が床にぶつかり、コンクリートの部屋に反響する。右京の背後に零耶が"小鶴"(以下、短刀)の切っ先を向けて迫る。消された気配に右京は瞬時に気づくと短刀の切っ先を高く上げた、右足の靴底で防いだ。大きく、コートが靡く。
「なっ」
驚く零耶を振り回した大太刀で後退させると右京は統軌の存在を視線だけで探す。そこに零耶が容赦なく、つっかかる。零耶の切れ味抜群の短刀を軽く、流れるような動作でかわしながら右京はチラリと左京を見やった。暇そうに扇を口元に当てている。それを見てニィと片方の口角を上げた。大きく跳躍し、右京の頭上から零耶が迫る。それに右京は俯いたまま動かない。
「(気づかれたか?)」
零耶はそれを瞬時に見て、そう思った。もし、そうなら……
冷や汗が伝う。しかし、それを脳の片隅に追いやって短刀を振り下ろした。