太陽光線
アスファルトの上に立ったオシュレーがおもむろに右手を上げる。眼前にそびえ立つ巨人に向かって拳を突き出し、ゆっくりとそれを開いて掌を見せつける。
巨人が僅かに首を動かし、オシュレーを見下ろす。赤く光る虚ろな双眸が、こちらに向かって開かれたそれを見据える。
その巨人の目の前で、オシュレーの掌の中に光が集まっていく。周囲からかき集められた光は一点に収束し、膨張し、小さな光球へと変化していく。その球体はオシュレーの掌の前でじっと浮遊し、そこで自ら金色に光り輝き、その光を周囲にまき散らしていた。その光量と熱量たるや、まさに小型の太陽とも言うべき強烈さであった。
「うわ……っ!」
それこそ、オシュレーの背後にいた兵士達が一斉に目を背けるほどであった。オシュレーの存在はまるで防壁の役目を果たさず、ただ地面に濃い影を残すだけだった。彼らはろくに身を護ることも出来ずに、彼女が生み出した光にただ怯えるしかなかった。
「もう少し我慢していろ。すぐに終わる」
そんな彼らの苦悶に気づいてか、オシュレーが前を見たまま背後の兵士達に声を投げかける。しかし彼女の生み出した光球の放つ光と熱に圧倒され、肝心の兵士達は一言も発することが出来なかった。
オシュレーはそれにも気づいていた。だから彼らの反応を待たずに掌に力を込め、球体の熱量を増していった。手を通してオシュレーの魔力を受け取った光球はさらに力を増し、それに呼応して背後から聞こえてくる苦悶の声がさらに強まっていく。さらには巨人でさえも光を直視しないよう顔を腕で隠し、少しでも熱から逃げようと後ずさりし始める始末であった。
これくらいも我慢できないのか。至近距離で太陽を直視しながら、汗一つかかずにオシュレーが呆れ顔を見せる。この時彼女の後ろにいた兵士達は全身汗だくであった。それからオシュレーはため息を一つついた後、その視線を光球から巨人へと向けた。
「許せよ」
光の中から声が聞こえてくる。熱と光に苦しむ者達にも、その声は不思議と明瞭に聞き取ることが出来た。
「お前達は、生まれてくる時代を間違えただけなんだ」
オシュレーが続けて言い放つ。次の瞬間、球体から一筋の光が放たれる。
その光はそれまで無軌道にまき散らされていた光を全て吸い込み、一点に収束して放たれたものだった。太陽クラスのエネルギーを極限まで凝縮させた、裁縫糸のようなか細い光だった。それがまっすぐ一直線に、巨人に向かって飛んで行った。
巨人はそれを避けることが出来なかった。それはまさに銃弾のように素早く、一瞬にして巨人の元へ到達したからだ。
光の先端が巨人の胴体に接触する。
直後、巨人の上半身が吹き飛んだ。
「えっ」
それまで自分達を苛んでいた熱と光が呆気なく消え失せたことに気づいた兵士達は、それと同時に凄まじい爆発音が轟いたことに気づいて咄嗟に顔を上げた。そして目の前に広がる光景を見て唖然とした。
巨人の腹から上が綺麗に消し飛んでいた。切断面は未だに熱を持ち、蒸気のような白い煙が中からもくもくと立ち上っていた。後に残っていたのはその巨大な下半身だけであり、それもまた糸が切れた人形のように、風に煽られ不安定に揺れていた。
「何をしたんです?」
「攻撃したんだ」
いきなり目の前に現れ、いきなり光球を生み出して見せたその女は、自身の後ろにいた兵士達にむかってそう言ってのけた。彼女にそう問いかけた兵士は、「聞きたいのはそれじゃない」と言わんばかりに頭を掻いた。
オシュレーはそれを全く意に介さなかった。彼女はそのまま兵士を無視して手を握り直し、光球を握り潰して?き消した。その直後、上半身を消し飛ばされた巨人の下半身が彼らの眼前で倒れていった。
派手な音がした。アスファルトが砕けて地面が陥没し、土煙が巻き起こって突風が吹きすさぶ。それに乗って土埃が兵士達の元まで到達し、それを食らった兵士の数名が目を瞑って激しくせき込む。
オシュレーは目を閉じることも咳をすることもなく、そうして崩れ落ちた巨人をじっと見つめていた。その姿を脳裏に焼き付けようとするかのように、ただひたすらにそれを凝視していた。
「まずい、また来るぞ!」
そんなオシュレーの意識を現実に引き戻したのは、そんな兵士の声だった。彼女がそれに気づいて視線を上に向けると、件の兵士の言葉通り、前方と左右からそれぞれ一体ずつ、先程倒したのと同じ姿をした巨人がこちらに向かって歩いてきていた。その動きは鈍重だったが、一歩ごとに進む距離は非常に大きく、故に彼らは凄まじく速いペースでこちらに近づいて来ていた。
「くそ、怯むな! ここで逃げる訳にはいかんぞ!」
兵士の一人が声を張り上げる。それを聞いた残りの兵士達も発奮し、曲がった背筋を一息に伸ばして構えを取る。
そんな彼らをオシュレーが手で制す。
「お前達は手を出すな。奴らは私が倒す」
「いえ、これは我ら帝国軍人の仕事です。神にばかり任せるわけには」
「お前達はもう十分働いた。今は休んで、次の任務に備えるがよい」
ここにいた帝国兵たちは、眼前の女がかつて人間側について自分達に勝利をもたらした神の一柱であることを理解していた。そして神オシュレーもまた、ここにいる兵士達がこの辺り一帯にいた怪人達を全滅させたことも知っていた。
そんな彼らをこれ以上消耗させるのは偲びない。これはオシュレーなりの優しさであった。
「構わん。この程度、神にかかれば朝飯前だ」
オシュレーがそう言って、両手を左右に真っ直ぐ伸ばす。そして同時に掌を開き、その中に先程と同じように光を集めていく。
小さな太陽が顕現する。兵士達が辛抱たまらず目を瞑る。巨人たちは構わずこちらに進撃し、それを察知したオシュレーが苦々しく呟く。
「馬鹿どもが」
光球から光が放たれ、巨人が吹き飛ばされていった。
「あいつ、何してるんだ」
「光を一点に集め、それを撃ち出しているのだ。どういう原理で何の光を集めているのかは知らん」
天高く伸び行く光の線を見つめながら、ベイルとセルセウスは互いに言葉を交わした。ベイルは呆然と立ち尽くし、死神は無表情のまま昇天していく光を眺めていた。そして彼らの眼前で、それと同じ光が幾筋もビル群の影から飛び出していき、その度にあちこちで爆発が巻き起こった。巨人の姿が消えてもなお、か細い破壊の光が途切れることは無かった。
「誰に向かって発射してるんだ?」
「怪人の生き残りだろうな。奴らに直接ぶつけているんだろう」
「巨人を吹き飛ばすビームを怪人に?」
「オシュレーは加減を知らぬ奴なのだ。敵は完全に叩き潰す。それが奴のモットーなのだ」
「災難な奴だな」
「神に戦いを挑んだ奴が悪いのだ」
セルセウスはどこまでも他人事だった。そして彼がそう言った直後、それまでひっきりなしに飛び交っていたレーザー光がぱたりと止んだ。爆発や轟音もそれに倣って鳴りを潜め、辺りは急に静かになった。
「終わったようだな」
「みたいだな」
それを見た二人が並んで頷く。彼らと一緒にその光景を眺めていたベーゼス達も、ようやく終わったかと言わんばかりに肩の力を抜いて姿勢を崩した。その彼らの元に兵士の一人が駆け寄り、頼もしげな顔で「助かった、恩に着る」とベイル達に告げた。
「ここはひとまず落ち着いたようだ。我々はこれから別方面で戦っている友軍の支援に向かう。お前達は早く逃げるのだ」
国と民を守る軍人として、民間人に「一緒に戦え」とは言えなかった。兵士はそれだけ言うと既に動き始めていた部隊と合流し、綺麗に隊伍を組んで明後日の方向へ走っていった。そうして後に残ったのはベイル達のみとなり、そこで兵士の言葉を聞いたマイアが声をかける。
「これからどうするんです? このまま逃げるんですか?」
「いや、ちょっとお前達に会ってもらいたい者がいる」
それに対してセルセウスが答える。その死神の言葉に、他の面々が注目する。
「それは誰なんですか?」
「よければ教えてくれないか」
メリエとベーゼスが食いつく。骸骨の死神は一つ頷き、彼らを見回しながら声を上げた。
「グリディア帝国の皇帝だ」
周りの面々は一様に息をのんだ。突然の提案に、彼らは揃って声も出せなかった。
そんな彼らに、死神が続けて言葉を放った。
「安心しろ。私と彼は友人なのだ。こちらから声をかければ、すぐに面会を許してくれるだろう」




