箱の中
結局オシュレーは、まっすぐそのままブラックフォーチュンに戻ることは出来なかった。彼女は刑務所の外から出ることを許されず、面会室の一つで待機するよう命じられていた。
しかし、これは決して罪を咎められたからではない。ブラックフォーチュンに戻る前に、彼女はある人物と面会することになっていたからである。
「……」
その人物は、今オシュレーの目の前にいた。その男は眉間に皺を刻み、穴の開いたアクリル板越しにオシュレーを睨みつけていた――本人にその気は無くとも、少なくとも見つめられている側からすれば睨まれてると誤解してしまうくらい、その眼光は刃物のように鋭かった。
ラファエル・レッドホース。知勇と顔の怖さで知られる、グリディア帝国軍総指揮官である。
「……」
ラファエルは椅子に腰かけながら背筋を伸ばして腕を組み、対面しているオシュレーをまっすぐ見つめていた。何も言わなかったが、それが却ってプレッシャーを強めていた。
オシュレーは生きた心地がしなかった。神が人間に恐れを抱くことに対して、オシュレーは特に負い目や屈辱を感じたりはしなかった。
怖いものは怖いのだ。
「オシュレー様」
唐突にラファエルが口を開く。仏頂面のまま話を切り出したラファエルに、オシュレーも思わず姿勢を正す。
「わざわざこうして会っていただき、まずはありがとうございます。そちらにも事情があるでしょうに、感謝の極みです」
「う、うむ。別に構わんぞ。私の方も、特に急ぎの用事ではなかったからな」
それでもせめて威厳は示そうと、オシュレーが尊大な態度を取りつつラファエルに返す。ラファエルの方もそれを受け、椅子に座ったまま恭しく「恐縮でございます」と頭を垂れる。その間、仏頂面はぴくりとも崩さなかった。
無駄に張り詰めた空気が漂い始める。オシュレーは喉の渇きを感じつつ、それをおくびにも出さずにラファエルに問いかける。
「それで? 今日はいったい何の用でわざわざここまで来たのだ? お前程の重鎮が直接出張るとは、おそらくただ事ではあるまい?」
軍のトップが、何十キロも離れたアリューレの地に単身やって来る。普通のことではない。オシュレーがそれを指摘すると、ラファエルは頷いて口を開いた。
「少し聞きたいことがあって、こうしてあなたに会いに来ました」
「ほう、聞きたいこととな? 何が聞きたいのだ?」
「神の呼び方について」
ラファエルの言葉に、オシュレーの表情が瞬時に固まる。ラファエルが仏頂面のまま言葉を続ける。
「ブラックフォーチュンはどのようにして神を呼ぼうとしているのか、それが知りたい。我々が捕縛した竜に聞いても、そのことは知らないと言うばかりで全く進展がない。だからこうして、あなたに聞くことにしたのです」
「……なるほどな」
「知っているなら教えていただきたい。彼らはどうやって神を呼ぼうとしているのです?」
ラファエルが問い詰める。その顔面の圧力に若干気圧されながら、オシュレーが彼を見つめ返して答える。
「奴らは、人間の英知を利用しようとしているのだ」
「というと?」
「かつてこの国を治めていた人間、日本人が我々から受け取った力を利用して生み出した遺物。それを使って、ブラックフォーチュンは神を呼ぼうとしているのだ」
「我々の世界の神を、こちらの世界の技術で呼ぶというのか……」
ラファエルが眉間の皺を深くする。彼は顎に手を当てて考え込み、すぐにオシュレーを見て彼女に問いかける。
「そんなこと出来るのですか?」
「可能だ。日本人の力で神は呼べる」
「その根拠は?」
オシュレーの言葉にラファエルが食いつく。神は渋い顔でラファエルを見ながら、ため息交じりに彼に告げる。
「……連中も呼ぼうとしていたからだ」
「なんですって?」
「日本人共も、神を召喚しようと目論んでいたからだ。今のブラックフォーチュンのようにな」
ラファエルは僅かに目を見開いた。しかしすぐに真顔に戻り、眉間の皺をさらに深く刻みながらおずおずと問いかける。
「そんなまさか」
「本当だ」
オシュレーの顔は真剣そのものだった。冗談を言っているようにはとても見えなかった。
「強国日本の実現のために、奴らは神の力を欲したのだ」
オシュレーは、そう静かに告げた。
「おいおい、マジかよ」
同じころ、ベイル達は球体の中で情報探索を始めていた。そして数秒も経たないうちに、彼らの探索作業は実を結ぶことになった。
「異界の神の召喚に関する一考察……なんだよこれ、あからさまにヤバいじゃねえか」
「こっちにあったのも同じだぜ。神の呼び方がどうこう書かれてある」
「こちらも同じです。魔法陣やら呪文やら、明らかに普通じゃないものがびっしり収まってます」
「私が開けたのも同じだ。神の召喚ランクというものが記されてあった。呼びやすさを彼らなりの基準からランク付けしたのだろうか?」
ベイル達が最初に開けたシャボン玉が、いきなり事態の核心に迫る代物であったのだ。それも四人同時に。そして彼らはそれぞれが同じテーマに基づく情報を開けたことに、何か薄ら寒いものを感じた。
「まさかとは思うが……」
「確かめてみよう」
それから彼らは片っ端からシャボン玉を開けていった。脳裏をよぎった推論が真か否か確認するためである。
そして一人一人が三十個ほど開けたところで、ベイル達はその推測が当たっていたことを確信した。
「これ全部同じ情報しか入ってねえじゃねえか」
「神の召喚手順、神の召喚に関する注意事項、神の好み、神の居場所、神との交信方法……」
「よくもまあこれだけ徹底的に調べたもんだ」
ここにあるもの全てが、神に関するデータであったのだ。その徹底ぶりに、ベイル達は思わず感心した。
「これ、つまりどういうことだ?」
「ここを作った連中は神を呼びたがっていたってことだろ。理由はわからんが」
「自分達の戦力にしたかったとか、そんなところじゃねえの? アタシもよくわかんねえけど」
首を傾げるシュトゥルカーに、ベイルとベーゼスが説明する。しかし彼らにしたところで、それが正しい情報かどうかはわからなかった。
「ですが、これで一つはっきりしましたね。怪人達がなぜここに現れたのか」
そんな中、メリエが納得したように呟く。それを聞いた三人も、同意するように頷く。
「神を呼ぶために、ここの情報を利用しようとしていたんだ」
「グリディアに押されっぱなしな状況を変える、一発逆転のためにな。連中、ここに何があるのか最初からわかってたんだ」
「それで、どうする? とりあえずマイアに話すか?」
「それがいいですね。まずは合流して、ここで見つけたことを話しましょう。私達だけでこれの処分を決めるのはさすがにまずいです」
ベイル達はその結論で合意した。四人は開けたシャボン玉を元通りに閉じ、ベイルがそこから出ようとゲートカードを懐から取り出した。
「うわっ!」
「なんだ!?」
彼らのいた場所が激しく揺さぶられたのは、その直後だった。




