作戦開始
「それで、どのように探すのですか?」
ベイル達と別れた後、マイア一行は通路の隅にある路地裏に集合していた。そこは人気は無く、表通りからも離れていたので、隠れるには格好の場所だった。
そんな場所に身を隠しながら、兵士の一人がマイアに問いかける。マイアはそれに対して無言で頷き、それから己の懐に手を伸ばして中にあるブツを出した。
「これを」
「?」
マイアが懐から出して見せてきたのは、無機質な長方形の物体だった。それは掌の中にすっぽり納まるサイズで、上半分に液晶モニターがはめ込まれていた。下部分には左右二つのスイッチと大きなツマミが据えられ、ツマミの下には充電器に差し込むための接続口があった。
見たことのない機械だった。兵士達は好奇心から、その機械に釘付けになった。
「簡単に言えば、怪人とそうでないものを区別する装置です。グリディアの人と共同で制作していた物です」
そうして自分に集まって来る兵士達に向かってマイアが説明を始める。兵士達は食い入るようにその装置を見つめ、マイアは彼らに向かって言葉を続けた。
「少し難しい話をしますが、私達はその全員が異なる遺伝子パターンを持っています。百パーセント同じDNA配列を持った者が二人以上存在することは、まずありえないのです。しかしブラックフォーチュンに属する怪人達は、皆同じ遺伝子パターンを有しています。彼らは一様に、特殊な施設でクローン培養された存在ですからね」
ここまでのマイアの話についてこれた者は、ほんの僅かだった。彼らの大半が呆けた顔を浮かべていた。
マイアはそれを無視して話を続けた。
「これはそんな、彼らの遺伝子パターンを読み取る装置なんです。スイッチを入れて対象にかざすことで、その人間の遺伝子配列を読み取ることが出来ます。そしてこれを使って、もし全く同じ遺伝子配列を持った者を発見した場合、それはほぼ確実に怪人であるはずです」
「そんな便利なものを用意していたのですか」
兵士達はやにわにざわついた。中には「なぜ今まで教えてくれなかったのか」と不満を口にする者もいた。
マイアはそう不平を漏らした者の一人に目を向け、澄まし顔でそれに答えた。
「どこで誰が見張っているかわかりませんでしたからね。あなた方全てを疑っている訳ではないのですが、これは一人で用意する必要があったんです。ゲリラ戦法を得意とする彼らにとって、自分達の素性を簡単に暴かれる道具の発明は死活問題ですからね」
「破壊工作を受けないようにする必要があったということですか?」
「そういうことです」
兵士からの問いに、マイアが答えて頷く。兵士達はそれを聞いて一様に納得し、マイアもまた背中に背負っていたバッグを地面に降ろし、今まで見せていたものと同じ物体を次々取り出した。
「とりあえず、人数分は用意しています。詳しい使い方は後で説明しますので、とりあえず全員携帯してください」
マイアがそう言って、近くにいた兵士に読み取り装置を渡す。受け取った兵士はすぐにそれを隣の兵士に送り、そうして彼らはバケツリレーの要領で、スムーズに全員にそれを受け渡すことに成功した。
「全員持ちましたね?」
マイアが問いかける。兵士達が一斉に頷く。
よろしい。そう短く返した後、マイアは自分もその装置を持ちながらレクチャーを始めた。
「一度しか言わないので、よく聞いて覚えてください。なに、使い方自体は至って簡単ですよ」
マイアはそう言ったが、内心気が気でなかった。アリューレの連中の機械音痴ぶりは筋金入りだったからだ。今まで技術や文明から離れ、自然の中で生きてきたのだから、機械に疎いというのも当然ではあろうが。
それでも、ちゃんと覚えてくれるだろうか。扱い方と作戦内容を話して聞かせるマイアの心は、その明朗な口調とは裏腹にどんより曇っていた。
同じころ、ベイル達は同じ場所で見つけた怪人達に突撃をかけていた。
不意打ちをつかれた怪人達は総崩れとなった。ベイル達は武器を持っていなかったが、それでも怪人達に遅れを取ることは無かった。
「こいつら、最近弱くなってきてないか?」
「拠点を次々潰されて、供給が追い付いてないんじゃないのか。それでも頭数だけは揃えたいから、まともに教育もしないで外に出してるとか」
「今そんなこと話してたってしょうがないだろ。早く鍵探すぞ」
あまりの瞬殺ぶりに困惑するベーゼスに、シュトゥルカーが声をかける。するとベイルが無駄話に花を咲かせる二人に釘を差し、四人はそれから無心で倒した怪人をまさぐり始めた。
ベイル達と違って、彼らは当たり前のように武器を持ち込んできていた。さらに服の下には小型のナイフや爆弾まで隠し持っていた。火炎瓶やガスマスクなんてものを懐に納めていた者までいた。
「どうやって武器なんか持ってきたんだこいつら」
「ここで買ったとか?」
「店とかあるのか?」
気絶している怪人達から武器を没収しつつ、ベイル一行が雑談に興じる。そしてあらかた探し終えたところで、彼らはようやくその「鍵」を発見した。
「それが鍵?」
「ただのカードだな」
ベイルが見つけたそれは、掌に収まる大きさの青いカードだった。そして彼らがそれを「鍵」と認識できたのは、カードの表面に「パスワード解除用・A」と目立つように書かれていたからであった。
「ガバガバだな」
「隠す気なかったのかこいつら」
「奪われるという発想が無かったのでしょうね。自分達で判別できるように、こうして大きく書いたんだと思います」
「待て。Aってことは、BやCもあるってことなんじゃないのか?」
それを見つけて呆れた声を出すベイルとベーゼスに、メリエがそれとなくフォローを入れ、さらにシュトゥルカーがもっともな指摘をする。四人はそれを受け、無駄話を中断してさっそく他のカードを探し始めた。
案の定、怪人達は最初に見つけたものを含め、全部で四枚のカードを所持していた。そして蛇人間の指摘通り、それら全てにアルファベットが記されていた。
「マジで持ってたよ」
「持ってたはいいが、別にこれで楽になるわけでもないのがな
ベイルの言う通り、どれを調べれば核心に近づけるのか見当もつかなかった。ベーゼスが「虱潰しかな」と苦笑交じりに漏らしたが、実際それ以外の方法はなさそうだった。
「何か他にいい考えは?」
メリエが渋い顔で助けを求める。手を差し伸べる者は一人もいなかった。
無言で佇む彼らを嘲るように、周囲で無数のシャボン玉がふわふわ浮いていた。
「……始めよう」
やがて腹を括ったベイルが重々しく言い放つ。残り三人もそれに同意し、四人で一枚ずつカードを持って方々へ散らばった。
ローラー作戦だ。言うのは簡単だが、やるのは苦行でしかなかった。




