そしておしまい
向こう側の世界の住人は、非常に悪いタイミングで帰って来たと言わざるを得なかった。彼らが次元の穴を越えてこちらの世界に来たとき、既にそこは怒れるブラックフォーチュンの手によって灰燼と化していた。
「前に言ったと思うが、怪人に普通の武器は効かない。魔力障壁の一種を纏っているから、旧世界で出回っていた銃や剣では大したダメージを与えられないんだ。そしてその特徴は、ブラックフォーチュンの面々にも適用されていた」
「じゃあ、つまり」
「日本人がブラックフォーチュンを倒すことは出来なかった。連中は生身で戦車の砲撃にも耐えたくらいだからな。そんな連中が、本気で殺しにかかってきたんだ」
後に待つのは一方的な虐殺だった。ブラックフォーチュンは日本人の全てを憎んでいた。だから目に映るもの全てを殺して回った。貴賤も善悪も無い。老若男女全ての日本人が抹殺対象となっていた。
「どうしてそこまで日本人全てを憎むんだ? 別にそいつらが計画を動かしてたわけじゃないだろ」
シュトゥルカーが問いかける。オシュレーは壁に寄りかかり、蛇人間を見ながらそれに答えた。
「自分達が死にそうな目に遭っていたのに、こいつらは何も知らずにのうのうと生きていた。それだけで十分だと思うが?」
「それ、八つ当たりって言わねえか?」
「そうだな。ただの八つ当たりだろう。だがブラックフォーチュンの連中からすれば、別に八つ当たりでもなんでも良かったのだ」
ベーゼスの怪訝な問いかけにも平然と答えてみせる。ベイルがしかめ面を浮かべてオシュレーに尋ねる。
「鬱憤を晴らせればそれで良かった?」
「そうだ。憎いからやったんじゃない。憂さ晴らしがしたかっただけなんだ。そして表の世界で生きている連中は、そんな憂さ晴らしの相手にうってつけだった。ひょっとしたら憂さを晴らすっていうのが主目的で、呑気に生きてるこいつらが気に入らないっていうのは建前だったのかもしれないな」
オシュレーがそう言って肩の力を落とす。それから彼女は壁から離れ、子供部屋の入口まで歩いて戻っていく。
「どこに行かれるのです?」
メリエがそれに気づいて声をかける。オシュレーはドアを開けながら、肩越しにメリエを見つつそれに答える。
「日本人のところだ」
一緒に来るか? オシュレーはそう言って外に出た。
「お前がブラックフォーチュンに協力するのは、奴らに同情したからか」
部屋から出て再び細長い通路を進みながら、セルセウスが前を行くオシュレーに問いかける。オシュレーは前を向いたまま、その髑髏からの問いかけに答えた。
「半分正解だな。偶々奴らの事情を知って、それで奴らに憐れみを感じたのは事実だ。だがそれ以外にも、もう一つ理由がある」
「それは?」
「ストッパーだ」
「ストッパー?」
シャオリンが首を傾げる。オシュレーが頷き、前を進みながらそれに答える。
「奴らは日本人への復讐を続ける気でいる。奴らはまだ、この国に日本人の生き残りがいることに気付いているんだ」
「お前が今向かっている日本人も、そのうちの一人なのか?」
「いや、そいつはもう半死半生の身だ。復讐リストからは外されている。それに情報源として、色々有用だしな。少なくとも今のところは、ブラックフォーチュンは奴を殺す気は無い」
生かす気も無いがな。オシュレーは付け加えるように言った。そして十字路を右に曲がり、少し直進して見えてきた階段を降りながら、オシュレーが言葉を続ける。
「それ以外の生き残りが、まだこの国のどこかに潜んでいる。ブラックフォーチュンはそいつら全員を見つけ出して、抹殺するつもりでいる。そしてそのためなら、連中は何だってやる」
「神の復活か」
ベイルが呟く。向こう側の世界で被造物によって滅ぼされた神。それを復活させ、己の手足として利用する。ベイルは昔聞いた話をおぼろげに思い出しながらオシュレーに言った。
「連中は本気なのか?」
「ああ、本気だ。そもそも各地で破壊工作を行っているのも、死者の魂を集めて、それを神に献上するためだ」
「……その神っていうのは、どれくらいやばいの?」
恐る恐るシャオリンが尋ねる。それにはオシュレーでは無くセルセウスが答えた。
「お前達の世界に、月という星があるだろう」
「はい。ありますけど」
「あれと同じ大きさだ」
「は?」
シャオリンは言葉の意味がわからず、口をポカンとさせた。セルセウスは上手く言葉が伝わらなかったのかと思い、再度シャオリンに言って聞かせた。
「月だ。我々の世界にいた神は、あれと同じ大きさをしていたのだ」
「……セルセウス様もですか?」
「まあな。体力をひどく消耗するから、普段はあまりやりたくはないのだがな」
セルセウスはこともなげにそう言ってのけた。すると前を行くオシュレーからも「私も出来るぞ」という声が聞こえてきた。その声はどこか対抗心に満ちたものだった。
「まあとにかく、そんな奴が呼び出されでもしたら一大事だろう。そうならないように、私が奴らを監視しているということだ」
「そういうことだったのか」
ベイルが納得したように言葉を漏らす。セルセウスもまた状況を理解し、同時にオシュレーに不審げな眼差しを向ける。
「それなら、なぜ私に教えなかった? 水臭いぞ」
「どこでブラックフォーチュンが目を光らせてるかわからなかったからな。連絡しようにも出来なかったのだ」
「そういうことか」
セルセウスが納得する。オシュレーもまたそんな髑髏を見て「すまない」と短く告げ、死神セルセウスもまた「気にするな」と返す。
同じ神故の、絆のようなものがそこにはあった。
「まあ、そういうわけで、私はこれからも奴らの側につく。お前達を直接サポートすることは出来ないが、それでも出来る限り情報は提供しよう」
「助かるよ。それはそうと、いつになったら着くんだ?」
「もうそろそろだ」
ベイルからの問いかけにオシュレーが返す。彼女の言葉通り、彼らは階段を越えて別階層の通路に移り、奥に見える扉を目指して進んでいた。
「あそこだ。あそこに奴が囚われている」
情報提供者がな。オシュレーが言いながら、奥の扉を指さす。それを聞いた彼らの足取りは自然と早まり、オシュレーがその先頭に立って扉へ向かう。
やがてベイル達が扉の前に到着する。扉は鋼鉄で作られており、覗き窓の類は無く、二つの鍵穴と取っ手がついているだけだった。
「少し待て」
オシュレーがそう言って懐から鍵を取り出し、穴に差し込んでロックを外す。そして取っ手を掴んでドアを押し開け、中へと入っていく。そして自分が中に入った後、ベイルらの方に手招きをする。
中は真っ暗だった。しかしすぐにオシュレーが壁際にある照明のスイッチを押し、室内に光が灯される。
そして室内の様子が明るみになった瞬間、ベイル達はそこにあるものを見て思わず息をのんだ。
「……そいつ死んでるのか?」
それを見たベーゼスが口を開く。部屋の奥にあるベッドに寝かされ、体中に点滴を刺されている一人の男を見ながら、メリエが控え目な調子で言い放つ。
「まだ生きてはいるみたいですね。意識があるかどうかはわかりませんが」
「生きてはいるぞ。一人ではまともに動けないだけでな」
「そいつが情報提供者なのか?」
メリエの問いに答えるオシュレーに、ベイルが質問をぶつける。オシュレーはそれに頷き、自分もベッドの方に目線を向けながら言った。
「第二次改造計画班のトップさ」
「そいつが?」
「ああ」
答えてから、オシュレーがベッドの脚を蹴り飛ばす。寝ていた男は反応を返さず、目を閉じて眠りこけるだけだった。
「ブラックフォーチュンにとっては、何よりも大事な情報源だ。だからこそ生かされている。いまこの遺跡を奴らが利用できているのも、こいつから情報を引き出したからだ」
オシュレーが忌々しげに言い放つ。そしてオシュレーはベイル達の方を向き、低い声で「さて、ここまでだ」と告げた。
「そろそろ見回りの幹部が来る頃だろう。お前達も早く帰った方がいい。さすがにこんな所見られたら、私でも言い訳は出来ん」
「おい、待てよ。アタシらもそいつに聞きたいことが山ほどあるんだよ」
「時間切れだ。今日は諦めろ」
オシュレーはベーゼスの反論にも動じなかった。ベーゼスはなおも何か言いたげであったが、その彼女の肩にシュトゥルカーが手を置いた。
「ここは彼女に従っておくべきだろう。郷に入っては、という奴だ」
「クソッ」
蛇人間のアドバイスに半竜人が悪態をつく。しかし不必要に食いついたりはせず、彼女も大人しくそれに従うことにした。
「出口までの近道を教えてやる。それを使って、早く外に出ろ」
オシュレーが短く告げる。一同はそれに頷いた。




