表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/84

隔離施設

 もっとも幸運だったのは、ベイル達五人がちゃんと「大地」に立つことが出来たことだった。出自も安全性もわからない転送装置を躊躇なく利用し、五体満足で地上に帰還することが出来ただけでも、これ以上ない幸運であった。ここがどこで、目の前の蛇人間が敵か味方かについて論じるのは、転送旅行を行い生還した彼らにとっては二の次であった。

 

「これは驚いた。……き、君達。もしかして、さっきはあのドームの奥からやってきたのかね?」


 そんなベイル達に、眼前の蛇人間の一人が声をかける。彼らに声をかけてきたのは、その三人組の先頭に立つ、年老いた風貌の蛇人間であった。口の周りは乾燥し、目元には皺が刻まれ、ややしわがれた男の声を出してきた。

 

「どうなんだね? 君達はドームから来たのかね? ただの手の込んだイタズラじゃないんだね?」

「は? なに言ってるんだこいつ」

「ドーム? なんのことかしら?」


 老いた蛇人間はせっかちであった。そうして待ちきれないとばかりにまくしたてる老いた蛇人間に、ベーゼスとシャオリンは共に難色を示した。自分の都合でまくしたてる前に、まずは事情を説明しろ。二人は言葉に出さず、目線でそれを訴えた。口に出すのが面倒だったからだ。

 セルセウスが口を開いたのは、その直後の事だった。

 

「なるほど。ドームとはこれのことを言っていたのか」


 いつの間にか後ろを見ていたセルセウスの言葉につられて、他の四人も背後を見る。そしてそこで初めて、彼らは自分達が真っ白いドーム状の物体の中から出てきたことを知ったのであった。

 

「なんだこれ。こんなでかいの見た事ないぞ」

「これはあなた方が作った物なのですか?」

「それは違う。これは元々ここにあったものなのだ」


 ベイルが困惑し、メリエが蛇人間に向き直って問いかける。三人の蛇はそれぞれ首を横に振り、揃ってそれを否定する。

 そしてここに至って、両者は互いに「相手の素性を確かめたい」という気持ちを持つようになった。時間の経過と共に精神が落ち着いていき、そう考えられるだけの心の余裕が生まれたのだ。

 

「ところで、君達は何者だね? どこからやってきたのかね?」


 蛇人間の一人が問いかける。

 今更な質問であった。

 

 

 

 

 それから彼らは、そのドームのすぐ近くから動かず、その場で軽く自己紹介をした。そしてその後、シュトゥルカー達はここにいた理由を、ベイル達はここに来た経緯を、互いに教え合った。

 

「新潟の遺跡にあった転送装置? それを使って、ドームの中に飛んできたというのかね」


 蛇人間代表のシュトゥルカーは、そのベイルからの説明を聞いて目を丸くした。何より彼を驚かせたのは、そうしてベイル達が飛ばされたドームの中が、広大な実験施設になっていたという話である。

 そこは言ってしまえば、ブラックフォーチュンが管理する兵士養成施設であった。まずドームの壁沿いにある施設――ベイル達が飛ばされてきたのもここだった――で狼頭の怪人が大量生産され、そうして生み出された怪人達は、そのドーム内の八割を占める広さを持った戦闘訓練場へ「放牧」されるのだ。

 

「大量生産って、具体的にどうやってるんだ」

「クローン技術だよ。一つの個体をベースにして、それとそっくりのレプリカを大量に作り出すんだ。ブラックフォーチュンの奴ら、結構インテリな面もあるんだな」


 倫理に反した行いを平然とやらかしていたブラックフォーチュンの面々を脳裏に思い浮かべ、ベイルは皮肉交じりに吐き捨てた。もっとも、その施設で狼怪人の量産を指揮していたのも、ここでクローン生産された狼怪人であったのだが。

 

「まあとにかく、ここで生まれた狼怪人は、即座に訓練場に送り込まれる。そこで同じ顔をした連中とチームを組んで、戦闘訓練に明け暮れるのさ」

「その情報をどこで手に入れたんだね?」

「連中の使ってたコンピューターからだよ。あいつら、パスワードを設定するだけの知能は持ってなかったらしい」


 そこまで言ってから、ベイルは説明を再開した。彼は訓練場がどういう場所であったのか、という部分から話し始めた。

 その戦闘訓練場は、実に豪華な造りをしていた。兵士達がどのような環境下でも常にベストを尽くせるように、ありとあらゆる「戦場バトルフィールド」が構築されていた。ビルの立ち並ぶ都市部。山岳地帯に砂漠地帯。密林地帯に廃墟まであった。巨大なプールが設営され、水上ないし水中訓練にも対応していた。

 それらは全て分厚い隔壁で区切られ、それぞれの領域が独立して存在していた。狼怪人達はここで、一日中訓練に明け暮れていたのである。

 

「そんな施設の中に、俺達はうっかり転送してきたってわけなんだ」


 そう説明してから、悪びれもせずにベイルが言った。シュトゥルカー達は話の続きが気になり、次は何が起きたんだと催促した。

 ベイルはそんな彼らの姿勢に苦笑した。そしてそんな知識にどん欲な彼らを微笑ましげに見つつ、話を続けた。

 

「当然、奴らは俺達に敵意を向けてきた。よほどそこを見られたくなかったんだろうな」


 ほんの数分前のことであるにも関わらず、懐かしむようにベイルが言った。シュトゥルカーらは真剣な眼差しで次を要求し、ベイルもそれに答えて話を続けた。

 

「まあ、話と言っても、後は特にないんだがな。施設から逃げて訓練場に出て、隔壁のゲートを開けて回りながら出口を探して、それでなんとか外壁に到着して、そこのドアを開けてここまで逃げてきたってわけだ。連中がどれだけいるかわからなかったし、戦っても時間の無駄だと思ったしな」

「ドームの中にはドアがあるのか。つまり出入り自体は出来るということだな」


 内側にドアがあった、という言葉にシュトゥルカーが反応する。そして彼の言葉を聞いたメリエも、「やろうと思えば外からも入れるんじゃないでしょうか」と問いかける。シュトゥルカーの後ろにいた蛇人間達は、彼らの台詞を聞いて「なるほど」と頷いた。

 シュトゥルカーの言い分も当たっていたということだろうか。後ろの蛇人間はそう思った。

 

「で、どうやって中に入ればいいのだ?」

「いや、知らないけど。これ外から入れるの?」


 その間、シュトゥルカーが五人組に話しかけ、ベイルがそれに対して渋い顔を見せる。そして彼は背後のドームに目をやり、どこにもドアが無いことを確認し、再びシュトゥルカーに向き直って言い放つ。

 

「無理だろこれ。少なくとも俺達は開け方なんて知らないぞ外に出れたのだって、そこにドアがあったからそれを使っただけなんだし」

「そうか。それは困ったな。前にも言ったが、我々はこの中を調べたくてここに来ていたんだ。中に入る方法が判明するに越したことは無いんだが……」

「ところで、少しいいだろうか」


 そんな感じでベイルとシュトゥルカーが話をしていた時、唐突にシュトゥルカーの後ろにいた蛇人間がベイルに声をかけてきた。自己紹介の際に「シュトゥルカーのスポンサーをしている」と名乗ったその蛇人間は、ベイル達と彼らの背後にあるドームを交互に見ながら口を開いた。

 

「先程君たちは、このドームの中から逃げてきたと言ったな?」

「うむ。確かにそう言ったな」

「それはつまり、まだ中には狼の怪人が大勢残っている、ということなのだな?」


 スポンサーの蛇人間が追及する。直後、彼に答えていたセルセウスを筆頭に、そこにいた四人は揃って「あっ」と何かに気付いた顔を浮かべた。

 それを見て、シュトゥルカーと彼の助手が共に口を開く。

 

「この状況、無視はできませんね」

「そうだな。早く統制府に報せなければ」

「……やっぱりパンドラの箱だったじゃないですか。博士、開けなくて正解でしたね」

「言わんでくれ。私だって気にしてるんだから」





 その数時間後、ドーム状施設の完全封印が決定された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ