隔離施設
もっとも幸運だったのは、ベイル達五人がちゃんと「大地」に立つことが出来たことだった。出自も安全性もわからない転送装置を躊躇なく利用し、五体満足で地上に帰還することが出来ただけでも、これ以上ない幸運であった。ここがどこで、目の前の蛇人間が敵か味方かについて論じるのは、転送旅行を行い生還した彼らにとっては二の次であった。
「これは驚いた。……き、君達。もしかして、さっきはあのドームの奥からやってきたのかね?」
そんなベイル達に、眼前の蛇人間の一人が声をかける。彼らに声をかけてきたのは、その三人組の先頭に立つ、年老いた風貌の蛇人間であった。口の周りは乾燥し、目元には皺が刻まれ、ややしわがれた男の声を出してきた。
「どうなんだね? 君達はドームから来たのかね? ただの手の込んだイタズラじゃないんだね?」
「は? なに言ってるんだこいつ」
「ドーム? なんのことかしら?」
老いた蛇人間はせっかちであった。そうして待ちきれないとばかりにまくしたてる老いた蛇人間に、ベーゼスとシャオリンは共に難色を示した。自分の都合でまくしたてる前に、まずは事情を説明しろ。二人は言葉に出さず、目線でそれを訴えた。口に出すのが面倒だったからだ。
セルセウスが口を開いたのは、その直後の事だった。
「なるほど。ドームとはこれのことを言っていたのか」
いつの間にか後ろを見ていたセルセウスの言葉につられて、他の四人も背後を見る。そしてそこで初めて、彼らは自分達が真っ白いドーム状の物体の中から出てきたことを知ったのであった。
「なんだこれ。こんなでかいの見た事ないぞ」
「これはあなた方が作った物なのですか?」
「それは違う。これは元々ここにあったものなのだ」
ベイルが困惑し、メリエが蛇人間に向き直って問いかける。三人の蛇はそれぞれ首を横に振り、揃ってそれを否定する。
そしてここに至って、両者は互いに「相手の素性を確かめたい」という気持ちを持つようになった。時間の経過と共に精神が落ち着いていき、そう考えられるだけの心の余裕が生まれたのだ。
「ところで、君達は何者だね? どこからやってきたのかね?」
蛇人間の一人が問いかける。
今更な質問であった。
それから彼らは、そのドームのすぐ近くから動かず、その場で軽く自己紹介をした。そしてその後、シュトゥルカー達はここにいた理由を、ベイル達はここに来た経緯を、互いに教え合った。
「新潟の遺跡にあった転送装置? それを使って、ドームの中に飛んできたというのかね」
蛇人間代表のシュトゥルカーは、そのベイルからの説明を聞いて目を丸くした。何より彼を驚かせたのは、そうしてベイル達が飛ばされたドームの中が、広大な実験施設になっていたという話である。
そこは言ってしまえば、ブラックフォーチュンが管理する兵士養成施設であった。まずドームの壁沿いにある施設――ベイル達が飛ばされてきたのもここだった――で狼頭の怪人が大量生産され、そうして生み出された怪人達は、そのドーム内の八割を占める広さを持った戦闘訓練場へ「放牧」されるのだ。
「大量生産って、具体的にどうやってるんだ」
「クローン技術だよ。一つの個体をベースにして、それとそっくりのレプリカを大量に作り出すんだ。ブラックフォーチュンの奴ら、結構インテリな面もあるんだな」
倫理に反した行いを平然とやらかしていたブラックフォーチュンの面々を脳裏に思い浮かべ、ベイルは皮肉交じりに吐き捨てた。もっとも、その施設で狼怪人の量産を指揮していたのも、ここでクローン生産された狼怪人であったのだが。
「まあとにかく、ここで生まれた狼怪人は、即座に訓練場に送り込まれる。そこで同じ顔をした連中とチームを組んで、戦闘訓練に明け暮れるのさ」
「その情報をどこで手に入れたんだね?」
「連中の使ってたコンピューターからだよ。あいつら、パスワードを設定するだけの知能は持ってなかったらしい」
そこまで言ってから、ベイルは説明を再開した。彼は訓練場がどういう場所であったのか、という部分から話し始めた。
その戦闘訓練場は、実に豪華な造りをしていた。兵士達がどのような環境下でも常にベストを尽くせるように、ありとあらゆる「戦場」が構築されていた。ビルの立ち並ぶ都市部。山岳地帯に砂漠地帯。密林地帯に廃墟まであった。巨大なプールが設営され、水上ないし水中訓練にも対応していた。
それらは全て分厚い隔壁で区切られ、それぞれの領域が独立して存在していた。狼怪人達はここで、一日中訓練に明け暮れていたのである。
「そんな施設の中に、俺達はうっかり転送してきたってわけなんだ」
そう説明してから、悪びれもせずにベイルが言った。シュトゥルカー達は話の続きが気になり、次は何が起きたんだと催促した。
ベイルはそんな彼らの姿勢に苦笑した。そしてそんな知識にどん欲な彼らを微笑ましげに見つつ、話を続けた。
「当然、奴らは俺達に敵意を向けてきた。よほどそこを見られたくなかったんだろうな」
ほんの数分前のことであるにも関わらず、懐かしむようにベイルが言った。シュトゥルカーらは真剣な眼差しで次を要求し、ベイルもそれに答えて話を続けた。
「まあ、話と言っても、後は特にないんだがな。施設から逃げて訓練場に出て、隔壁のゲートを開けて回りながら出口を探して、それでなんとか外壁に到着して、そこのドアを開けてここまで逃げてきたってわけだ。連中がどれだけいるかわからなかったし、戦っても時間の無駄だと思ったしな」
「ドームの中にはドアがあるのか。つまり出入り自体は出来るということだな」
内側にドアがあった、という言葉にシュトゥルカーが反応する。そして彼の言葉を聞いたメリエも、「やろうと思えば外からも入れるんじゃないでしょうか」と問いかける。シュトゥルカーの後ろにいた蛇人間達は、彼らの台詞を聞いて「なるほど」と頷いた。
シュトゥルカーの言い分も当たっていたということだろうか。後ろの蛇人間はそう思った。
「で、どうやって中に入ればいいのだ?」
「いや、知らないけど。これ外から入れるの?」
その間、シュトゥルカーが五人組に話しかけ、ベイルがそれに対して渋い顔を見せる。そして彼は背後のドームに目をやり、どこにもドアが無いことを確認し、再びシュトゥルカーに向き直って言い放つ。
「無理だろこれ。少なくとも俺達は開け方なんて知らないぞ外に出れたのだって、そこにドアがあったからそれを使っただけなんだし」
「そうか。それは困ったな。前にも言ったが、我々はこの中を調べたくてここに来ていたんだ。中に入る方法が判明するに越したことは無いんだが……」
「ところで、少しいいだろうか」
そんな感じでベイルとシュトゥルカーが話をしていた時、唐突にシュトゥルカーの後ろにいた蛇人間がベイルに声をかけてきた。自己紹介の際に「シュトゥルカーのスポンサーをしている」と名乗ったその蛇人間は、ベイル達と彼らの背後にあるドームを交互に見ながら口を開いた。
「先程君たちは、このドームの中から逃げてきたと言ったな?」
「うむ。確かにそう言ったな」
「それはつまり、まだ中には狼の怪人が大勢残っている、ということなのだな?」
スポンサーの蛇人間が追及する。直後、彼に答えていたセルセウスを筆頭に、そこにいた四人は揃って「あっ」と何かに気付いた顔を浮かべた。
それを見て、シュトゥルカーと彼の助手が共に口を開く。
「この状況、無視はできませんね」
「そうだな。早く統制府に報せなければ」
「……やっぱりパンドラの箱だったじゃないですか。博士、開けなくて正解でしたね」
「言わんでくれ。私だって気にしてるんだから」
その数時間後、ドーム状施設の完全封印が決定された。




