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アリューレの蛇

 「日本人」が建設したとされる遺跡の存在は、アリューレ連邦の中でも確認されていた。数はグリディア帝国領内にあるそれと同等であり、その規模もまた同じくらいであった。そして両国内に存在するそれらに共通して言える特徴は、それら遺跡群が現在の彼らでは再現不可能な、高度な技術で作られた代物であるということであった。

 アリューレ連邦蛇人族管轄領域――かつて熊本と呼ばれていたエリアの中にあったその建築物も、そんな遺跡群と同様の特徴を備えていた。それは巨大なドーム状の物体であり、表面は白く滑らかで、接地面には規則的に出入口と思しき自動ドアが据えられていた。

 しかしその自動ドアは、誰かがその目の前に立っても開くことは無かった。周りにコンソールや読み取り機といった物も無かったので、正しい開け方というものが全く想像できなかった。左右にスライドするであろうその扉は、周りと同様に白く染まり、堅く閉ざされたままであった。

 

「このドームの外郭は非常に頑丈で、我々の保有するあらゆる兵器の攻撃に対してもびくともしません。また、地下を掘り進んで下からドームの内部に侵入するというプランも、地下にドームの下半分が埋もれていたことによって、失敗に終わりました。要はあの遺跡は半球状のドーム型施設ではなく、下半分を地下に埋めた球状の施設だったというわけです」


 そしてそこを治める蛇人族の中に、その遺跡の解明に心血を注ぐ者が存在していた。シュトゥルカー・ノーレンス。他の同胞同様に人の体に蛇の頭を備えた、今年で六十歳を迎える老蛇である。長いこと学者として活躍していた彼は、その日本人が作ったとされるドーム状の物体に浪漫を感じ、以来そのドームの解明に人生を捧げてきたのであった。彼と同じように「日本人」の作った遺跡に興味を持つ学者は大勢いたが、彼のように本格的に遺跡の調査に乗り出す者は稀であった。

 割に合わないうえに、危険極まりないからだ。遺跡の周りではブラックフォーチュンの姿が確認され、実際に襲われた者もいた。拡大する被害を見かねた政府によって封鎖され、立入禁止となった遺跡も少なくない。まさに藪をつついて蛇を出すような展開になるのを恐れ、積極的にそれに関わろうとする者は殆どいないのだ。

 

「であるからして、このドームの内部に侵入するには、やはりこのドアを何らかの方法によって開ける必要があるのです。物理的な方法で外郭部を破壊し、直接中に入り込むことは不可能なのです」

 

 その中にあってシュトゥルカーは、数少ないイレギュラーの一人であった。彼はその白いドームの周りにブラックフォーチュンが出没しないことを理由に、それが安全な施設であることを力説。そしてそれを盾にして、自分がそれを自由に調査しても構わないとする許可証を、この地を治める蛇人族の幹部たちからもぎ取ったのである。まさに執念の勝利であった。

 その代償として、幹部達はシュトゥルカーに、ドームの調査状況を定期的に提出することを要求した。彼らもまた、そのドームの正体に興味があったのだ。それは単純な好奇心から来るものであり、または何らかの形で利用できないかという打算から来るものでもあった。

 シュトゥルカーはそれに同意した。結果、彼は自分の調査内容を包み隠さず統制府に伝え、その見返りとして統制府はシュトゥルカーを全面的に支援することになった。

 そして現在、シュトゥルカーは統制府本部内にある会議室に招かれ、そこでいつものように調査状況を幹部達に説明していた。

 

「ではシュトゥルカー博士、そのドアを物理的な方法以外で開けるには、いったいどうしたらいいのかね?」


 統制府の幹部の一人がシュトゥルカーに質問する。シュトゥルカーは待ってましたとばかりに頷き、自分に質問してきたその蛇人を見ながら口を開いた。

 

「それは簡単です。これを使うのです」


 シュトゥルカーはそう言って、テーブルの上に置いてあったバッグの中から一つの物体を取り出す。それを見た幹部達は一様に驚き、そしてこのような場所でそんなブツを出して見せたシュトゥルカーに難色を示した。

 

「本気で言っているのかね。それで本当にドアが開くと?」

「はい。まだ憶測の域を出てはいませんが、これで開くと思われます」


 シュトゥルカーが出して見せたのは、メガホンだった。オレンジ色に塗られた、どこでも買えるごく普通のメガホン。それを見せながら、シュトゥルカーは自信満々な表情を浮かべていた。

 ふざけているのか。幹部達は一様に、そんな彼に対して不信感を露わにした。

 

「君は本気で言っているのかね。我々を煙に巻こうとしているんじゃないだろうね?」

「いいえ、これは冗談でもなんでもありません。私は大真面目です」


 シュトゥルカーの顔は真剣そのものだった。茶化すような雰囲気は全く無かった。幹部達もそんな彼の纏う空気を察して口を閉ざし、そしてシュトゥルカーはそんな面々に対して持論を披露した。

 

「実はこれは最近の調査でわかったのですが、あの遺跡のドーム部分は、実は特殊な金属で構成されているのです」

「ほう?」


 幹部達が興味を示す。この機を逃すまいとシュトゥルカーが続ける。

 

「この金属は誰かの発した感情や言葉に応じて、姿形を自由に変えることのできる性質を持っているのです。これは精神感応金属と呼ばれる代物で、あの遺跡を作った日本人はこの金属を自由に使いこなしていたというのです」


 シュトゥルカーの主張を受けて、幹部達はやにわにざわつき始めた。そのうち、幹部の一人がシュトゥルカーに問いかけた。

 

「それはどうやって見抜いたのだ? 何かきっかけがあるのか?」

「それは簡単です。グリディア帝国内にある蔵書室に保管されていた、旧日本時代に編纂された建築物目録の中に、これと全く同じ建造物の記述があったのです。そしてその建造物の構成素材の中に、先ほど申した精神感応金属の名とそれの効力が簡潔に記されていたのです。しかもそのドーム状の建造物は、ここ熊本に作られたものであるという記録まであったのです。これはもう確定だと思いました」


 もっとも、詳しい説明の部分は全て塗り潰されていて、まともに閲覧できませんでしたが。シュトゥルカーはそう言って申し訳なさそうに頭を掻いた。幹部達はそこまで聞いて、シュトゥルカーが何をしようとしているのかを察した。

 

「つまり君は、そのメガホンを使って、あのドームに直接語り掛けようとしているのかね」

「そうです。もちろんこのメガホン以外にも、拡声器やマイクを使って、より大きな声量で訴えかける予定でもあります」


 シュトゥルカーが明朗な声で答える。幹部達は彼のやりたいことを理解こそしたものの、それが成功するかどうかについては半信半疑であった。

 そもそも、日本人ですらない自分達の声を、そのドームが認識してくれるのか。彼らの疑念と懸念は秒単位で膨らんでいった。しかしシュトゥルカーは、最後まで自分の姿勢を崩さなかった。

 

「どうかお願いします。この私に、この実験を行わせてはいただけないでしょうか。お願いします!」


 シュトゥルカーが頭を下げる。幹部達の顔は渋いままだった。

 しかし当の幹部達は、実際は彼の計画に対してそれほど否定的ではなかった。徒に人手と金を浪費する実験でも無いので、勝手にすればいいと言うのが正直な感想であった。

 ただそれでも、彼らは最後まで「藪蛇」の可能性を恐れていた。些細な刺激が大惨事につながるかもしれない。この地に移住した同胞全ての平和と安全を守る立場にいる彼らは、あらゆる不安要素を除外していく必要があった。

 

「……わかった。許可しよう。ただし、何か起きた際の責任は君にとってもらうぞ」


 しかし結局、幹部達はシュトゥルカーの要求にゴーサインを出した。まさか挨拶しただけで皆殺しにはされないだろう。そんな楽観的な思いから来る許可であった。

 

 

 

 

 許可をもらった後、シュトゥルカーはさっそく実験を行いに向かった。彼は幹部との会議を終えた直後、その足でまっすぐドームへ向かっていった。道中、彼は遠隔連絡可能な水晶玉を使い、助手や後援者に今から実験を始めることを告げた。現地集合、参加したい者は自由に参加せよ。興奮気味のシュトゥルカーはそれだけ言って、ドームへ向かう足をより速めた。

 統制府を出た後は、近くのフリー馬車を捕まえてまっすぐドームへ向かった。その遺跡は特に隔離されてはいなかったものの、蛇人達はそれを気味悪がって近づこうとはしなかった。そのためシュトゥルカーがドーム型遺跡に到着した時、そこには彼の助手とスポンサーが――シュトゥルカーと同じく、彼らも蛇人族である――それぞれ一人ずつ、ぽつんと立っているだけだった。

 

「これだけなのか?」

「いきなり来いと言われて、来れるわけないでしょう」


 もっと多く来てくれると思っていたシュトゥルカーは、その閑散とした様を見て驚いた。それに対し助手が口を尖らせると、シュトゥルカーは「それもその通りか」と納得し、それ以上追求はしなかった。

 そんなシュトゥルカーに、スポンサー側の一人が声をかけた。

 

「ところで、今日はどんな実験をするのかね。よければ実際に行う前に教えてほしいのだが」


 シュトゥルカーはそれを受け、意気揚々と今回の実験について話し始めた。しかし博士からそれを聞いた二人は、先程の幹部達と同じ反応を見せた。

 

「まあ、やってみる価値はあるんじゃないですか? ちょっと信じられませんけど」

「君は本気で言っているのかね? 止めはしないが、本当に成功するのかね?」


 言いたい放題いいやがって。自分よりずっと年下の助手と、自分と同い年のスポンサーの態度を見て、シュトゥルカーは嫌な気分になった。しかしそれから彼はすぐに気持ちを切り替え、この二人を見返してやると息巻いた。

 

「見ていろ。絶対に結果を残して見せるからな」


 シュトゥルカーは肩をいからせてそう言った。そしてなおも呆れ気味な二人を残し、大股でドームの間近まで向かった。そして真っ白なドームの外郭部から数メートル離れた地点で立ち止まり、シュトゥルカーはバッグの中からメガホンを取り出した。

 メガホンの小さい口の方を自分の口に寄せ、大きい方をドームへ向ける。その姿は完全に変人のそれであった。

 

「よし、見てろよ」


 ファーストコンタクトの直前、シュトゥルカーはそう呟いて呼吸を整える。そして気持ちを落ち着け、挨拶をしようと口を開く。

 しかし彼の喉から声が漏れるよりも前に、眼前に見えるドームの一部が眩しく輝き始めた。

 

「うおっ!?」


 予想外の出来事受けてシュトゥルカーは驚き、反射的に大きく飛び退いた。背後から助手とスポンサーが駆け寄り興奮した口調で彼に問い詰める。

 

「おい! あの光はなんだ!」

「やったんですか? 成功したんですか?」

「違う。私がやったんじゃない。勝手に光り始めたんだ!」


 三人には同じ光景が見えていた。そしてシュトゥルカーの否定の言葉を聞いて、残りの二人は揃って息をのんだ。

 そんな三人の前で、やがて光がその勢いを弱めていった。口を開けた風船から空気が抜けて萎むように、ドームの一角を覆っていたその謎の発光はだんだんと収まっていったのである。

 

「で? ここどこだよ?」

「俺が知るかよ。とりあえず敵がいなきゃそれでいいよ」

「まずは休みましょう? もう動きっぱなしで辛いですよ」


 そして光が弱まるのと反比例するように、光の奥から声が聞こえてきた。複数の男女の声だった。

 やがて光が完全に消滅する。そして光が無くなった時、そのドームの前に四人の人間が立っていた。

 

「おお、外だぜ。やっと出られた」

「なんつーか、久しぶりな感じだな。風が気持ちいいぜ」

「……人間?」


 唐突に現れた人間達――うち一名は白骨死体だった――を前に、シュトゥルカーが思わず驚きの言葉を口にする。現れた人間達もそれを聞きつけ、そこで初めて蛇人の存在に気づく。

 

「え、なんだお前ら。蛇か?」

「いや、まあ、うん。蛇だけど」

 

 

 

 

 ベイル一行は、こうしてアリューレ連邦への進出を果たしたのだった。

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