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無差別攻撃

 彼らが一番驚いたのは、その漆黒のドラゴンが人間の言葉を話したことだった。

 

「貴様ら、よくもそ奴らを痛めつけてくれたな。ただで済むと思うでないぞ!」


 やけに時代がかった、古めかしい言い回しであった。それを聞いた兵士達は恐怖したり驚いたりと様々な反応を見せたが、中には逃げ出そうとせず、毅然と武器を構える者もいた。そしてベイル達は言わずもがな、堂々とそこに立ち尽くしてドラゴンを見上げた。


「すげえ。喋ったぜこいつ」

「こっちの世界のドラゴンは喋るのか」


 そうしてドラゴンが喋ったことに対してベーゼスが素直に驚き、ベイルもまた同様に驚きの声を上げた。他の面々も同じように驚いていたが、露骨に恐怖を抱いた者はいなかった。

 一方で次郎とその「三人目」は、唐突に降って沸いたそのドラゴンを見て、自信に満ちた表情を浮かべた。それは勝利を確信したようにも見える、強気なものだった。

 

「お前が来てくれて助かったぜ。おい! さっさと俺達を逃がせ!」


 三人目の少年が叫ぶ。キルシュが真っ先に彼の方を睨み、続けてドラゴンを見やる。しかしそんな彼女が、このドラゴンと件の少年たちが繋がっていたことを理解した時、既にドラゴンは行動を開始していた。

 

「何してやがる! さっさとしろ! こっちも余裕ないんだよ!」

「わかっている。そう騒ぐな」


 しきりに催促してくる三人目の少年に辟易するようにドラゴンが言葉を漏らし、続けざまにドラゴンが煙を吐いた。その煙は黒く、まるで個体であるかのように一つに固まり、内側に向かって渦を巻いていた。そしてドラゴンの口から放たれた煙の塊は途中で二つに分裂し、意志を持つかのように「ある目標」に向かって一直線に飛んでいった。

 それはベイル達が拘束していた、次郎と三人目であった。

 

「――まずい!」


 キルシュが叫ぶ。だが彼女が叫び、残りの面々が揃ってそこに目をやった時、既に二人の少年は煙に飲み込まれ始めていた。飛んできた黒煙を頭からかぶり、少年達は抵抗することなくそれを受け入れる。ベイル達が見たのは、そうして頭部に食いついた黒煙が、その少年の体を上から呑み込んでいく姿だった。

 煙は少年たちの足元までをすっぽりと覆い隠し、あっという間に一個の塔のような物体へと姿を変えた。その「煙の塔」は生きているかのように不気味に蠢いており、まるで中身を咀嚼しているようにも見えた。

 そして一秒と経たないうちに、その少年を内包した煙の塔はあっさりと雲散霧消していった。煙に「食われた」少年たちもまた、その煙の塔が晴れると同時にその場から姿を消した。何の痕跡も残さず、まるで最初からそこにいなかったかのように、完全に消失したのである。

 

「クソ、やられた!」

 

 してやられた。キルシュは己の不明を恥じた。ベイル達も、貴重な情報源をみすみす逃してしまったことに強い後悔の念を抱いた。そして煙を吐いて少年達を何処かへ飛ばしたドラゴンは、そのように悔しさを滲ませるベイル達を見下ろして笑い声をあげた。

 

「残念だったな。あ奴らは我らの貴重な戦力。そうやすやすと、貴様らにくれてやるわけにはいかんのだ」

「てめえ、ブラックフォーチュンの仲間なのか?」

「その通りだ。我はグスクス。ブラックフォーチュンによって生み出されし漆黒の竜よ!」


 威嚇するように、あるいは自分の存在を誇示するように翼を広げ、黒竜グスクスが雄々しく名乗りを上げる。その圧倒的な威容は、ベイルやメリエさえも怯ませるほどの物であった。ベーゼスは強気な笑みこそ浮かべていたが、内心ではかなりビビっていた。メッサーも腰砕けにならぬように下半身に力を込め、毅然とグスクスを睨み返した。

 動じなかったのはキルシュだけだった。彼女の心にはブラックフォーチュンに一杯食わされた怒りが渦巻いており、それはグスクスの威嚇行為を跳ね除けるだけの強烈な力を持った感情であった。

 

「グスクス、大人しく縄につけ。抵抗しなければ、こちらも危害は加えない」


 内に燻る怒りを抑えつけるように、キルシュが声を絞り出す。グスクスは赤い瞳をキルシュに向け、彼女の言葉に鼻を鳴らして答えた。

 

「くだらん。なぜ我が貴様の言う事を聞かねばならんのだ。むしろ貴様らの方こそ、大人しくここから立ち去るがよい。そうすれば、痛い目を見ずに済むぞ」

「命令しているのは私の方だ、ドラゴン。私に従え。死にたくなければな」


 キルシュはドラゴンの巨躯に怯むことなく、真っ向からグスクスと対立した。周りにいた兵士達はそのキルシュの気配を察して足早に彼女から距離を取り始め、メッサーもベイル達にここから下がるよう必死な顔で言った。

 

「どういう意味だよ。何始める気だ?」

「説明なら後でする。今はキルシュから離れるのだ」

「?」


 正直腑に落ちないことだらけだったが、あまりにもメッサーが必死だったので、ベイル達は大人しくそれに従った。当のキルシュは無表情でグスクスを見つめ、グスクスもまたキルシュの顔を正面から睨み返していた。

 

「面白い。人間風情が我に歯向かうというのか」

「最後通告だ、ドラゴン。拘束されろ。そうすれば命までは取らないでやる」

「くだらん」


 キルシュの最後通告。グスクスはそれを一蹴した。

 

「我は黒竜。誰の指図も受けん。まして敵の人間の言葉など、聞く耳持たんわ!」

「そうか」


 キルシュは少し残念そうに言葉を漏らした。そして悟られないようにゆっくりと右手を動かし、腰に提げていた鞭を掴む。

 

「残念だ」


 沈んだ声でキルシュが告げる。

 直後、グスクスの腹が斜めに裂けた。

 

「な……ッ」


 黒く染まった腹部に大きな裂傷が刻まれ、その傷口から赤い血が噴き出す。返り血を浴びながらキルシュが右手を振り上げ、持っていた鞭を盛大に振り回す。

 グスクスの右腿、腰、左腕、そして左翼にかけて、一直線の傷が刻まれる。その傷は同時に開き、さらに大量の血を吐き出していく。一瞬にして体の大部分を赤く染めたグスクスは、しかしまだ生気のこもった眼でキルシュを睨んだ。

 

「貴様、鞭の使い手か!」

「その通りよ」


 キルシュが鞭を振り回す。空を切り裂き、質量保存の法則を無視して十メートル以上も伸長した鞭がグスクスに襲い掛かる。

 グスクスはその鞭を焼き尽くそうと、口を開いて炎を吐き出した。赤々と燃え盛る炎は一瞬で地面まで到達し、荒れた大地を黒く焦がしていく。しかしキルシュの操る鞭はその火炎放射を、まるで生きたヘビのようにしなやかに動いてかわし、そのままの勢いでグスクスの右目を叩き伏せた。

 

「グアアアアアッ!」


 目を打たれた痛みでグスクスが絶叫する。炎は吐いたまま首を持ち上げ、放射火炎が地面を一直線に舐めながら空へと向けられていく。キルシュはそれを見て鼻で笑い、再度構えを取りながら冷めた声で吐き捨てた。


「避けられない貴様が悪い」


 キルシュは攻撃の手を緩めなかった。鞭を振り回し、グスクスの巨体に次々と傷をつけていく。キルシュの鞭は無限に伸びて縦横無尽にしなり、ドラゴンの体を徹底的に責め続けた。

 しかしその一方で、キルシュの鞭は時折狙いを逸れ、明後日の方向に飛んでいくこともあった。むしろキルシュの攻撃は、実際にグスクスに命中するよりも、狙いを外れて周りに飛び火する方が遥かに多かった。

 そうして狙いを逸れた鞭は地面に激突し、そこを抉りとっていくこともあれば、まだ残っていたテントの残骸に襲い掛かって八つ裂きにしていったりもした。逃げていた兵士達に襲い掛かり、彼らに襲い掛かることもあった。兵士達は間一髪でそれを避けていったが、中には回避しきれずに胴や手足をひっぱたかれ、地面に向かって投げ飛ばされる者もいた。

 当然ベイル達の元にも「流れ弾」が飛んできた。それに関してはメッサーが彼らの正面に立ち、逞しく筋肉のついた両腕を前に出して、迫りくる鞭撃を防御していった。

 

「これが奴の戦い方なのかよ」


 メッサーの陰に隠れ、四方八方に鞭を振り回すキルシュを見つめながら、ベイルがメッサーに話しかける。飛んでくる鞭を涼しい顔で受けながら、メッサーは後ろにいた者達に向かって話し始めた。

 

「そうだ。これこそがキルシュの戦術なのだ。あ奴は帝国将校の中でもかなり血の気の多い奴でな。一度火がついたら最後、こうやって当たりかまわず物を壊す破壊マシーンと化すのだ」

「止めらんねえのかよそれ」

「彼女が自分から止めてくれるのを待つしかないな。まあ、いつものことだ」


 メッサーは笑って言った。ベイル達にとっては笑い事では無かった。

 既に彼らの周りでは、相当数の被害が出ていた。キルシュの無差別攻撃をかわせずに鞭の直撃を食らい、グロッキー状態でその場に倒れている兵士の姿が大量に見受けられた。さらには気絶し倒れたその兵士達の腹なり背中なりを、追い打ちをかけるかのように再度鞭が叩き伏せていくことさえあった。

 

「随分と味方に冷たい攻撃ですね」

「避けられない奴が悪いってことだろ」


 その様を見たメリエは、露骨に嫌悪の表情を見せた。ベーゼスもまた苦虫を噛み潰したような顔で、キルシュの攻撃を見つめていた。ベイルもまた他二人と同様に、渋い顔でキルシュを見ていた。

 

「ほらほら、どうしたどうした! まだ私の攻撃は終わっていないぞ! もっと根性出して攻めてこないか!」

 

 当のキルシュはノリノリであった。彼女は嗜虐的な笑みを浮かべながら、それまで以上にペースを上げて鞭を振り回した。そして彼女がペースを上げる程に鞭の射程範囲は広がっていき、それだけ多くの兵士が巻き添えを食う羽目になった。

 

「キルシュ将軍の鞭は特別製でな。持ち主のテンションに応じて、いくらでもその長さを変えることが出来るのだ。実質的な射程範囲は無限と言ってもいいだろうな」


 辺りから飛び交う悲鳴をよそに、メッサーが悠々と解説をする。この時射程の伸びた鞭は四方八方から彼らに襲い掛かってきており、おかげでメッサーの肉盾も意味をなさなく成り、ベイル達は自分で自分の身を守る羽目になっていた。

 

「なんでそんな物騒なもん渡したんだよ! 没収しろよ!」

「あれはキルシュが自分で作った魔道具なのだ。我々帝国が彼女に支給した物ではないのだ」

「余計タチが悪い!」


 ベイルが悲鳴を上げる。空を裂く鞭の唸りが彼の言葉を遮っていく。メッサーはベイルの訴えに笑い声を返しつつ、鞭の嵐をしのぎながら彼に言った。

 

「なあに、それもあとちょっとの辛抱よ。キルシュが満足すれば攻撃も止む。それまでの辛抱だ」

 

 キルシュが満足するのに、たっぷり三十分かかった。

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