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光波

「少し強引じゃねえのか?」


 瓦礫を押しのけて外に顔をだしながら、ベイルが呆れたように言い放つ。

 

「ビルごとぶっ壊そうとするとはな。よくこんなこと思いつくもんだぜ」

 

 彼に続いて他の三人も続けて瓦礫から脱し、服についた埃を払いながら瓦礫の山の上に足を付けた。

 

「これが罠だってのか?」

「もしそうだとするなら、とてもお粗末なものでしたね」

「奴は本気でこれで殺せると思ったのかね」


 ベーゼスとメリエとメッサーがそれぞれ言葉を交わす。彼女らと同じように瓦礫の中から抜け出したベイルは、その間、周囲を見回して次郎がどこにいるか探していた。

 お目当ての存在はすぐに見つかった。

 

「おい皆、本命がいるぞ」


 ベイルの言葉に気付いて、三人が前方に視線を向ける。そこには手にした両刃の直剣を地面に突き立て、仁王立ちする次郎の姿があった。

 その表情は険しく、眉間に皺を刻みながらベイル達の方を睨みつけていた。

 

「これで死ぬと思っていたんだが……」


 苦虫を噛み潰した顔で次郎が言い放つ。本気でこの一撃で殺す気だったようだ。それを知った四人は揃ってため息をついた。

 

「馬鹿が。アタシらがこのくらいで死ぬわけないだろ」

「普通は死ぬけどな」


 勝ち誇るベーゼスに、ベイルが静かに突っ込む。ベーゼスはつまらなそうに鼻を鳴らしたが、得意げな態度は崩さなかった。

 なお彼らが生き延びることが出来たのは、ひとえにメッサーのおかげであった。ビルが崩落を始めた際、メッサーが他三人に対して自分に集まるよう指示し、それから落ちてくる瓦礫を片っ端から殴って砕いていっていたのである。

 しかし当のメッサーは、自分からそれを言い出すことはしなかった。彼は他の面々と同じように、神妙な面持ちで次郎を見据えていた。

 

「お前、やはり我々を亡き者にするのが狙いだったか」


 そのメッサーが次郎に問いかける。次郎は躊躇なく「そうですよ」と肯定し、そのまま次郎に問い返した。

 

「僕としても、まさかあっさり罠に引っかかるとは思いませんでしたが。本当に気づいてなかったのですか?」

「あの時は半信半疑だったな。物凄く怪しかったが、それでも万が一って場合もあるしな。だからお前の正体を探るために、あえてお前の誘いに乗ったんだよ」

「大した度胸ですね」

「帝国軍人たるもの、それくらいのリスクを呑み込めるだけの根性がなければな」

「いつアタシらが軍人になったんだよ」


 ベーゼスの突っ込みを無視してメッサーが続ける。

 

「お前の本当の目的は? なんのために我々を手に掛けようとする?」

「……それを教えると本当に思っているのですか?」

「普通は教えないだろうな」


 ベイルが割って入る。メッサーは一瞬面白くない表情をしたが、すぐ真顔に戻って「うむ」と頷いた。

 直後、四人が横一列に並ぶ。両端についたメリエとベーゼスが構えを取り、ベイルとメッサーも一歩遅れて戦闘態勢を取る。

 それを見た次郎もまた、地面に突き刺していた剣を引き抜き、肩に担いで中腰の姿勢を取る。

 

「四対一だが、卑怯だとか言うんじゃねえぞ」

「まさか。そのつもりはありませんよ」


 余裕の態度を崩さないまま、次郎がベイルからの言葉に答える。そして次郎は続けて空いた方の手を前に出し、かかってくるよう手振りで挑発しながら言い放った。

 

「ヒーローの実力、お見せしましょう」





 最初に突っ込んだのはベーゼスだった。彼女は翼を広げて地面を蹴り上げ、一足飛びで次郎に跳びかかった。次郎は剣を担いだまま微動だにしない。

 

「なんのつもりだ……!」


 ベーゼスは訝しむが、動きは止めない。すぐに顔を引き締めて次郎に突撃する。

 彼我の距離が一気に縮む。ベーゼスが次郎の顔面めがけて爪を立て、右手を振り下ろす。

 刹那、次郎の空いた手が反射的に動く。

 軽い衝撃が宙に浮く体を走る。直後、ベーゼスは絶句した。

 

「この野郎!」

「ふふん」

 

 次郎の手は、ベーゼスの振り下ろした右手首をがっしりと掴んでいた。鋭く生えた爪は次郎の鼻先で止まり、びくりとも動かなかった。

 半竜人の動きを止めた次郎は不敵に笑った。しかし手首を掴まれ攻撃を阻まれたベーゼスもまた、それにつられるように笑みを浮かべた。

 

「何がおかしい?」

「四対一だ」


 顔をしかめ、詰問する次郎にベーゼスが言い返す。そして彼女が手首を掴まれたまま地面に落ちた瞬間、次郎は左右と背後から殺気を感じた。

 感じた時には手遅れだった。

 

「死ね!」


 ベイルの言葉が次郎の耳を刺す。直後、次郎の左脇腹にメリエの剣が、右腕にベイルのボーンソーが、背中にメッサーの鉄拳が、全く同じタイミングで直撃した。

 

「……!」


 次の瞬間、次郎の顔は真っ赤になった。そして間髪を入れずに彼は大口を開け、そこから赤黒い血を吐き出した。さらにトドメとばかりに、起き上がったベーゼスの左手が次郎の心臓を貫いた。

 致命傷だった。次郎の目からは生気が抜け落ち、肩に担いでいた剣も手から零れ落ちて足元に落下した。

 

「死にましたか?」


 メリエが静かに確認を求める。その言葉を契機に四人は同時に、次郎を四方から囲んだまま距離を取った。次郎はその場で仁王立ちになったまま、全く動かなかった。

 

「どうだ?」

「死んだかって?」

「私はそんなに目は良くないぞ」


 距離を置いたまま、メリエに続けて他の三人も言葉を交わす。それから四人は暫く黙りこみ、沈黙が続いた。

 が、やがて場の空気に耐えられなくなったベイルが、無言のまま率先して前に出た。次郎が死んだかどうか確認するためである。

 しかし一歩前に出ると同時に、彼はそこで動きを止めた。ベイルの目はまっすぐ次郎を見つめていた。ベーゼス達はそれを訝しみ、最初に彼を、次に次郎を見た。

 

「マジかよ」


 そうぼやくベーゼスの眼前で、次郎の体は再生していた。目に見える速度で傷口が塞がれていき、口の端からこぼれていた血が巻き戻し再生を見るかのように口の中へ吸い込まれていく。ついでに切り裂かれた衣服もまた、繊維が自己増殖するかのように猛スピードで再生を行っていった。

 そして数秒もしないうちに彼の体に刻まれた傷は全て治癒を終え、彼の体は元の通りの綺麗な姿を取り戻した。

 

「大した能力だ」

「それほどでも」


 それを見たベイルは素直に感心し、次郎もまたそれを聞いて謙虚な態度で答えた。そして次郎は足元に落ちていた剣を拾い上げ、それから改めてベイル達に向き直った。

 

「では、仕切り直しと行きましょうか」


 しかし彼がそう言った次の瞬間、彼の額に細身の剣が突き刺さった。銀の剣は次郎の頭部を易々と貫通し、そして次郎もまた悲鳴一つあげられないまま背中から地面に叩き付けられた。

 

「これならどうですか?」


 そうして倒れた次郎を見て、剣を投げつけたメリエが静かに問いかける。彼女の目は大きく見開かれ、次郎に対して期待の眼差しを向けていた。

 そして数秒後、彼女の期待通り次郎は起き上がった。自分の足で立ち上がった次郎は、その後頭を貫いていた剣の柄を片手で持ち、何事も無かったかのようにそれを引き抜いていった。

 

「酷いことしますね」


 抜いた銀の剣を投げ捨て、他人事のように言ってのける。自分の得物を捨てられたメリエは怒ることも焦ることもなく、純粋に「へえ」と感心した声を漏らした。 

 

「凄いですね。本当に復活しましたよ」

「お前不死身かよ」

「そうとも言いますね」


 メリエに続いて、ベイルが驚きの声を上げる。次郎もまた得意げに答えてみせたが、その声は若干棘のあるものだった。

 

「さて、それではそろそろ、こちらからやらせてもらいますよ」


 次郎が三度剣を構える。今度は肩に担ぐのではなく、柄を両手で持ち、切っ先を正面に向けた形の構えであった。

 

「正眼の構え、というやつか」


 メッサーが冷静に分析する。次郎は何も言わず、剣を持った両腕を頭上高く振り上げた。

 咄嗟にベーゼス以外の三人が構えを取る。何をするかわからない以上、不用意に飛び込めなかった。

 彼の眼前にはベーゼスがいた。半竜人は構えようとせず、その場から動こうともしなかった。

 

「来いよ」

「おま」


 そのうえ、ベーゼスは次郎をまっすぐ見つめながら挑発してみせた。ベイルはその軽率さを咎めようとしたが、次郎は彼女の要求に応えて剣を振り下ろした。

 剣が中空に弧を描き、切っ先が地面を叩く。それと同時に三日月状のエネルギー波が生み出され、その下端で地面を抉りながらベーゼスに迫った。

 ベーゼスは猛烈な勢いで迫るそれを見て、鼻で笑った。自分の背丈ほどもあるエネルギーの塊を前にして、これくらいなら受け止められると高を括った。

 ベーゼスが両手を前に出す。手を広げ、迫るそれを掴もうと企む。

 三日月と手が衝突する。

 刹那、プレス機で押し潰されたように、ベーゼスの腕は一瞬でひしゃげた。

 

「あっ、やべ」

 

 半竜人が後悔の念を漏らす。

 爆発音がその声をかき消し、巻き起こる黒煙が彼女の姿を隠す。

 その煙を突き破りながら、ベーゼスの体が彼方に吹き飛ばされていった。

 

「……」


 誰も反応できなかった。ただ呆然と、その様を見つめるしか出来なかった。

 あまりに唐突過ぎて、それが一体どういう状況なのか、誰も理解できなかったのだ。

 

「僕、昔からこういう単純な能力しか使えなかったんですよ」


 そんな三人を前にして、次郎が勝手に説明を始めた。

 

「でも、シンプルってことは、それだけ簡単に強くなれるってことですよね。だから必死に特訓して、ここまで来れたんです」


 そこまで言って、次郎が剣を片手で持ち、さらにそこから逆手に持ち替える。その殺気に中てられて、呆然としていた三人が意識を次郎に向ける。

 

「その力で何をする気だ」


 ベイルが問い詰める。次郎はニヤリと笑って中腰の姿勢になり、剣の切っ先をそっと地面の上に置いた。

 

「日本人を殺す」


 剣が振り上げられる。

 三日月状のエネルギー波が地面を走る。

 三日月の狙いはベイルに向けられていた。

 数秒後、地下都市の一角で爆発音が轟いた。

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