第二段階
「先遣部隊は全滅か」
怪人の群れを殲滅した後、討伐軍主力部隊は先遣部隊唯一の生き残りでメッサー将軍と合流、彼から話を聞いていた。成り行きでメッサーに協力したベイル達もまた、主力部隊から事情説明を求められた。
「怪人どもの力と数を甘く見ていたか。最悪だな」
この時彼らと対話を行ったのは、討伐軍総司令のキルシュ・レスト将軍だった。長身痩躯で白い肌に鋭い目つき、ブロンドのショートヘアを備え、丸い眼鏡をかけ、背中に丸めた鞭を提げた妙齢の女性だった。ベイル達はそんな彼女とテーブルを挟んで向かい合うように椅子に座らされ、聴取を受けていたのであった。
キルシュは全身から近寄りがたいオーラを放っていた。ベイル達に対する念は親愛よりも警戒が勝っていた。メッサー共々彼女と同じテントの中に押し込まれたベイル達は、その敵意の気配を感じ取って居心地の悪さを味わった。
「だが、あなただけでも生き残ってくれて良かった。これから我々はここを立て直し、その後に本格的に調査を行う。将軍、その時にはどうか、我々に協力してくれないだろうか?」
キルシュが憐憫のこもった声で、しかしはっきりとメッサーに協力を持ち掛けてくる。問われたメッサーは暫し沈んだ表情を浮かべたが、すぐに顔を上げてキルシュに答えた。
「無論である。このメッサー・トーレン、そのためにここに来たのであるからな」
「そうか。それは良かった。ではこれより、あなたは私の指揮下に入ってもらう。よろしいか?」
「問題ない。好きなように俺を使ってくれい」
メッサーは躊躇なく言ってのけた。快諾を得たキルシュは僅かに口元を緩め、そしてすぐに表情を引き締めてから、次にベイル達の方に向き直った。
ベイル達は反射的に背筋を伸ばした。キルシュは小さく不敵に笑った後、腕を組んで彼らを一瞥しながら言った。
「さて、次は君達だ。君達はここに何をしに来たのだ?」
「彼らは観光客だ。本人たちがそう言っていたのだ」
「メッサー将軍、今は少し黙っていてもらいたい。私が質問をしている番なのだ」
「し、失敬」
メッサーの言葉を一蹴してから、改めてキルシュがベイルを見据える。
「もう一度聞くぞ。君たちは何者だ?」
ベーゼスとメリエが横目でベイルを見る。ベイルは両隣にいた二人の言わんとしていることに気づき、おもむろに服の下に手を突っ込む。そしていくらかまさぐった後、中から黒曜石のペンデュラムを取り出して見せた。
「あんた達帝国軍が、ここにあるブラックフォーチュンの本部を見つけたって聞いてな。使徒として、それに協力するためにやってきた」
セルセウスの使徒の証。それを見たメッサーとキルシュは揃って息をのんだ。それまで澄まし顔を浮かべていた女が表情を強張らせる姿は愉快ではあったが、いつまでも見ている訳にもいかない。ベイルは話を続けた。
「セルセウス……様のご意向でな。ブラックフォーチュンの残党を根こそぎ片づけることになったんだ。で、俺がその実行部隊の一人になったってわけだ」
「つまり、我々の仕事を手伝うと?」
「そうだ」
「キルシュ将軍、どうする?」
メッサーが困惑した表情でキルシュを見る。キルシュは即答せず、切れ長の目を細めて考え込んだ。やがて彼女は立ち上がり、何も言わずにテントの外に出た。
外では兵士達が拠点の再設営と、怪人との戦いで命を落とした兵士達の返送作業が進められていた。崩れ落ちたテントを撤去し、新しいテントをスムーズに作り直していく。その一方で死んだ兵士から武器と防具を脱がせて丸裸にし、死体を包む専用の袋に納めて一か所に運んでいた。そこには一際大きな馬車が停まっており、兵士の幾人かが中身の詰まった死体袋をその馬車の中に詰め込んでいた。
「正直言って、それが本物であると頭ごなしに認めることは出来ない。複製を作る方法はいくらでもあるからな」
その光景を見ながら、キルシュが淡々と言葉を放つ。ベイル達は座ったまま身構え、メッサーはそんなベイル達とキルシュを交互に見やった。
「だが、戦力は多いほうがいい。今は猫の手も借りたい気分だ」
そんな彼らに対し、キルシュは続けてそう言った。それから彼女はベイル達の方に向き直り、穏やかな声でベイル達に頼み込んだ。
「我々はこれより、ブラックフォーチュンを叩く。どうか手を貸してくれ」
拠点の再設営は、ものの数時間で完了した。そして前線の再構築を済ませた彼らは、休むことなく次の段階に移行した。
「我々はこれより、ブラックフォーチュンのアジトの捜索、及び排除を行う。諸君は定められた地点に向かい、そこで全力を尽くしてほしい。諸君らは選りすぐりの精鋭だ。必ずや良い結果をもたらしてくれると期待している! 怪人どもに容赦はするな!」
拠点の外で整列した兵士達の前に立ち、キルシュが力強い声で言い放つ。兵士達はそれを聞くと一糸乱れぬ動きで「気をつけ」の姿勢を取り、「ハッ!」と威勢の良い掛け声を返した。キルシュは厳しい表情を崩さぬまま、得心したように頷いた。
「なんでこんな大部隊で探すことになったんだ?」
この時、ベイル達は彼らの最後尾にいた。そしてベイルはキルシュに聞こえない程度の声で隣にいたメッサーに問いかけ、メッサーもまたそれを受けて小声で答えた。
「我々は、奴らのアジトがここにあるということは掴んでいるのだが、ここのどこにあるかまでは把握しきれていないのだ」
「どういうことだよ」
「連中は埼玉のどこかにいる。ということだ。そこから先は知らん。だから虱潰しだ。人海戦術でもって、埼玉県の隅から隅まで探し回る。そういう作戦なのだ」
メッサーの言葉を聞いて、ベイルは愕然とした。この埼玉県がどれだけ広大か、こいつらはちゃんと理解しているのか?
なお埼玉県の面積は、約3800平方キロメートルである。今ここには百人ほどの兵士がおり、そのうえ後続の部隊も続々とこちらに向かってきていた。しかしそれでも、やはり洗いざらい探すという点では人手が足りないと言わざるを得なかった。
「心配することはない。我々が捜索すべき場所は限定されているからな」
そんなベイルにメッサーが声をかける。ベイルはすぐに彼に向き直り、メッサーもまたベイルを見返しながら言ってのける。
「前に一度、東京と埼玉を結ぶ地下通路があることは教えたな?」
「ああ」
「実は埼玉には、地下通路だけじゃなく、地下都市が存在しているのだ」
「地下都市? 地下に都市があるのか?」
「うむ。それも複数だ」
メッサーが答える。ベイルはすぐに「なぜ埼玉にそんなものを作ったのか」と問いかけた。メッサーは頷いてそれに答えた。
「元々は海外からの移民を受け入れるために、急きょ作られた居住空間だったらしい。日本は狭い。大量の移民を受け入れる余裕は、地上には無かった。だから地面を掘ったというわけだ」
「埼玉の地下を選んだ理由は?」
「都心に近い。重要な拠点が地上にない。半分田舎だから、何かが起きても被害は軽微に収まる。そんなところだろうな」
「なるほどね。でもそんな情報どこから仕入れた?」
「帝都にあるデータサーバーだ。過去に起きた情報の殆どがあそこにしまわている」
そこで補足を切り、メッサーが再び本題を話し始める。
しかしそうして作られた地下都市は、想定されていたものとは全く違う形で有効活用されることになった。地下都市完成の一年後、つまり今から十年前、ブラックフォーチュンの猛攻撃が始まったのだ。日本全土が標的となり、埼玉もまた例外ではなかった。
攻撃をを受けた埼玉県は、一面焼け野原となった。生活圏の大半を破壊され、多くの人命が失われた。この地が瓦礫と廃墟だらけの不毛の大地と化したのも、それが原因によるものであった。
「だが、一度の攻撃で全滅したわけじゃなかった。生き延びた僅かな人たちは、この地下都市に逃げ込んだ。移民隔離施設として機能する前に、避難シェルターとして使われたということになるな」
「今もそこに人はいるのか?」
「……全滅した。避難してきた人達は、入口に鍵をかけるのを忘れていたんだ。カモフラージュすることも忘れていた。だからブラックフォーチュンの怪人どもがそこを見つけて、入口をこじ開けて中に入りこむのにそう時間はかからなかった。あとは言わなくてもわかるな?」
ベイルは息をのんだ。それから神妙な面持ちになり、視線を降ろして足下を見た。
地下に潜るのが怖くなってきた。
「これより作戦を開始する! 解散!」
その時、唐突にキルシュの大声が聞こえてきた。視線を前に向けると既に演説は終わっており、兵士達はすぐさま組に分かれ、迷いのない足取りで方々へ散っていっていた。ある組は馬車を使い、またある組はチームメンバーの魔術師の飛行魔術を使って空へ上がった。明後日の方向へ全力疾走していくところもあれば、召喚魔法によって呼び出された巨大な獣に乗って目的地に向かう組もいた。
既に作戦は始まっていた。明らかに断れる雰囲気ではなかった。
そしてここに来て、ベイル達は共通の疑問を抱いた。
「俺達はどこに行けばいいんだ?」




