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物量戦

「先手を取られたのだ。あのにっくき怪人どもめ、我々第一陣がここに陣を構えた瞬間を狙って、一斉攻撃を仕掛けてきたのだ!」


 テントを引き裂き、続々と押し寄せる怪人どもを片っ端から殴り飛ばしながら、メッサーは大声で言い放った。周りの兵士達が剣や槍を使って怪人と戦う中、彼は己の腕っぷしのみで群がる怪人をなぎ倒していっていた。

 跳びかかって来たうさぎ怪人の顔面をカウンターの要領で殴り飛ばす。両手の爪を振り下ろしてきたトラ怪人の手を殴りつけ、鋭くしなる爪を正面からへし折る。自分の数倍も大きいクマ怪人が眼前に躍り出て、両手を上げて威嚇すると、メッサーは怯むことなくそいつの股間を蹴り飛ばす。クマ怪人は思わず前かがみになり、そうして降りてきたクマの鼻面に、メッサーは鉄拳をお見舞いする。

 クマの巨体が宙を舞う。相手の不甲斐なさに憤るようにメッサーが叫ぶ。

 

「デカいだけの半人前が! 地獄に送ってやる!!」


 メッサーが吼え、拳が振るわれる。その度に、彼の周りにいた怪人が一人ずつ倒れ、吹き飛ばされていく。その勇猛な戦いぶりは周りの兵士達を鼓舞し、彼らはギリギリの状況下にあってなお絶望に屈することなく、果敢に怪人達に挑んでいった。

 そして意気揚々と乗り込んできた怪人どもは、そんなメッサーの姿に戦慄した。入った直後から後ずさる者まで現れ始め、メッサー将軍とその部下達はじりじりと彼らをテントの外へと追い出し始めていた。

 

「どうした! 俺はまだピンピンしてるぞ! さあかかってこい!」


 そんな弱腰の怪人共に対し、メッサーが鬼の形相で一喝する。さらに自分から怪人の群れに飛び込み、二つの拳を振り回して怪人を手当たり次第に潰して回った。さらにメッサーと同じテントにいた兵士達、そして他のテントで戦っていた兵士達も、その将軍の雄姿から勇気を受け取り、その顔に希望の光を取り戻していった。

 この時、戦える討伐軍の兵士は二十余名。対して怪人どもは、その十倍ほどの数を揃えていた。しかし残された兵士達は一歩も引かず、さながら血に飢えた狂戦士のように猛然と怪人どもに挑んでいった。

 

「帝国軍の意地を見せろ! 突撃!」

「将軍に遅れを取るな!」

「……すげえ」


 最後にテントから出たベイル達三人は、その姿を見て呆然とするばかりだった。数で劣る兵士達が、大量の怪人と互角に渡り合っている。彼らは鎧が砕けても逃げようとせず、剣が折れても素手で立ち向かった。

 そうまでして戦うのか。彼らはそんな暴れ狂う兵士達の力を目の当たりにし、ただ感嘆するばかりであった。

 

「おい! 観光客の諸君! よければ手伝ってくれ!」


 その時、唐突にメッサーが叫ぶ。気づけばメッサーは怪人の一人を頭上に高々と持ち上げながら、余裕の顔でこちらを見つめていた。

 

「いくらなんでも、このままでは我々は負ける! 全滅だ!」


 そう言って怪人を遠くに投げ飛ばす。周りを見れば、確かに彼の言う通り、あちらこちらで兵士が力尽き倒れていっていた。たとえ気概で勝っていたとしても、物量には勝てないのだ。

 メッサーはそれを知っていた。彼は根性論だけでは戦争に勝てないことを理解していた。

 だから藁にも縋る思いで、ベイル達に助けを求めた。

 

「だから協力してくれ! 帝都から増援が来るまで、一緒に奴らを食い止めてくれ!」


 メッサーの声には必死の思いがこもっていた。ベイル達はそれを聞いて、初めてここにいる討伐軍が不利な状況に置かれていることを理解した。

 メッサーとその取り巻きの奮戦が、ベイル達の頭から「劣勢」という言葉を取り払ってしまっていたのだ。

 

「私だけでは長くは保たん! 頼む!」


 そして劣勢と知った直後、ベイル達は反射的に体を動かしていた。部下が全員倒され、最後の一人となった将軍の元へ、三人は全力で駆け寄っていった。

 

 

 

 

 怪人達の目には、三人の新手がこちらに近づいてくるのがしっかりと映っていた。そして彼らの存在を、怪人達は軽く見ていた。

 たかが三人で何が出来る。彼らは警戒するどころか、新たな獲物が現れたことを内心喜び、それぞれが爪や牙を研ぎ澄ませてこちらに近づいてくるのを待ち構えた。

 そんな彼らの眼前で、最初にベーゼスが動いた。半竜人は小さく地面を蹴り、直後に翼を広げて両足を折り曲げた。

 

「シィッ!」


 ベーゼスが気合いと共に足を伸ばす。空にある見えない壁を蹴り飛ばし、翼を畳んで低空を駆ける。ベーゼスは一振りの槍と化し、地面と平行に飛びながら怪人の一人に頭から突っ込んでいく。

 狙われた怪人は反応できなかった。がら空きの腹にベーゼスが突っ込み、一撃を食らった怪人は即座に意識を刈られた。さらに半竜人の槍は勢いを殺すことなく飛び続け、先端に怪人を刺したまま、その後ろにいた怪人達を巻き込んでいった。

 そうして十人ほど薙ぎ倒してから、半竜人の槍はようやく地面に転がり落ちた。怪人達の視線は全てこの槍に向けられていた。

 

「ふう」


 やがてベーゼスが起き上がる。最初に突き刺した怪人をクッション代わりにして「着地」していた彼女は、無傷の状態で起き上がってから、体についた埃を払った。

 怪人達がそんなベーゼスを一斉に威嚇する。ベーゼスは彼らを見て回り、口から小さく火を噴きながら底意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「構えな。来るぜ」

「なに?」


 ベイルが口を開く。怪人の一人がそれに反応する。

 次の瞬間、ベイルとメリエとメッサーが彼らに跳びかかった。

 

「な――」


 それの奇襲に気付いた最初の一体は、ベイルのボーンソーで真っ二つに切断された。即座に左右から馬頭の怪人が迫る。ベイルはすぐにもう片方の腕も武器へと変え、身を屈めて片膝立ちの姿勢を取り、両側から突っ込んできた二体を同時に切り裂く。

 二人の怪人はベイルの真横で動きを止めた。直後、怪人の腹に横一文字の傷が入り、上半身が地面に落ちた。怪人達は自分が何をされたのかわからぬまま、一瞬のうちに命を刈られた。

 

「寝てろ」


 後ろから迫る怪人の首を立ち上がりざまに切り落としながら、ベイルが短く呟いた。ミチ直々に調整を受けたボーンソーは、皮膚と骨と肉を勢いの劣らぬまま、一直線に切り裂いてみせた。

 

「いいね。完璧」

 

 腕ごと赤く濡れ光るボーンソーを見ながら、ベイルが頼もしそうに笑みを浮かべる。絶好調であった。

 

「女め! 死ね!」

 

 その彼の横では、メリエが鶏頭の怪人と対峙していた。怪人は自分からメリエと距離を取り、そこから口から紫色の煙を吐きつけてきた。

 猛毒の煙。メリエは怪人の吐くそれを直感で理解した。しかし彼女は逃げようとはせず、その場に留まって盾と剣を構えた。彼女は盾を前に突き出し、それの後ろに身を隠すような姿勢を取った。

 

「盾で煙をやり過ごす気か?」


 メリエの作戦を知った鶏怪人は、煙を吐き終えると同時に鼻で笑った。そんなもので毒が防げると思ったら大間違いだ。

 次の瞬間、彼の脳天に剣が突き刺さった。

 

「げ」


 あまりにも短い断末魔の呻きを上げて、怪人は背中から地面に倒れた。メリエのその動き自体がブラフであるということに、怪人は気づくことなく逝った。

 メリエはそれを見てから構えを解き、横から跳びかかった蛙怪人を盾で振り払うように殴り飛ばしながら、ゆっくりと怪人の元へと近づいた。さらに途中、猫の怪人と蜘蛛の怪人がメリエを挟撃する。メリエは前を向いたまま互いの頭を鷲掴み、歩きながら両者の額をぶつけて捨てた。二人の怪人はそれきり動かなくなり、メリエは悠々とした動きで自分の剣を引き抜いた。

 

「あらやだ、また血で汚れちゃった」


 そして赤く汚れた銀の刃を見て、メリエはそう残念そうに呟いた。そしてその彼女の横を、後ろから吹き飛ばされた怪人がすっ飛んでいく。

 メッサーによる五人目の犠牲者だった。彼の戦法は増援三人よりも単純であった。彼は身一つで怪人に近づき、力任せに防御を突破し、素手で黙らせていった。彼の剛腕の前では、いかなる防御も無意味であった。

 

「ハハハッ! どうしたどうした! その程度か!」


 そして最初に会ったのと同じように、彼は意気揚々と笑って見せた。この時彼は防具も武器も装備せず、身一つで怪人の群れの中にいた。敵からひったくって装備するということも考えなかった。

 頭のネジが外れたのか、もしくはアドレナリン中毒に陥っていたのか。彼は自分がどれだけ危険な状況下にいるのか理解しようとしなかった。ただ本能の赴くまま、目に映る敵を片っ端から投げ、蹴り、殴りつけた。


「次に消し炭になりたいのはどいつだ!」

「試し斬りにはもってこいだな」

「騎士団の本領、お見せしましょう」

「ハッハハハ! いいぞ! いいぞ! どんどん来い!」


 ドラゴニュートが炎の息を吐き、目の前の怪人共を盛大に焼き尽くす。死神の使徒が両腕のチェーンソーを振り回し、群がる敵を踊るように切り裂いていく。白薔薇騎士団副団長が向かってくる敵に盾と剣を投げつけて倒し、さらにそれの持っていた銃を奪い、顔色一つ変えずにぶっぱなす。怪人共が散弾銃でミンチになっていく横で、帝国の将軍が笑いながら敵の体を引きちぎる。

 悪夢だった。同じ方法で力を授かった者達が、一方的に蹂躙されていく。たった四人の人間に、いいように蹴散らされている。恐怖でしかなかった。

 

「ひ、ひい……!」

「勝てるわけがない、無理だ、勝てない!」


 数ではまだ怪人達の方が勝っていた。しかし彼らの大部分が、既に心根を折られていた。彼らとて、まだ死にたくはなかった。

 しかし怪人の幾人かが恐怖に耐え切れなくなり、逃げ出そうとしたところで、どこからか声が聞こえてきた。

 

「怯むな! まだ数ではこちらが圧倒している! 囲んで叩くのだ!」


 声を上げたのはカマキリの怪人だった。彼はカマキリがそのまま人間大のサイズに巨大化したような姿をしており、両手の鎌もまた鋭利な刃物へと進化を遂げていた。

 そのカマキリの怪人が、両の鎌を擦り合わせながら口を開く。

 

「我々はなんのためにこの力を手に入れた? あの程度の連中に苦戦するためではなかろう! 気概を見せるのだ!」


 その発破は効果絶大だった。それまで絶望の淵にあった怪人達は、カマキリの言葉を聞いて一斉に意気を取り戻した。そしてその発破は人間四人にも聞こえており、彼らはそうして士気を取り戻した怪人達を見て素直に感心した。

 

「向こうにも出来る奴がいるんだな」

「みたいですね」


 ベイルがボーンソーを軽く回しつつ言い放ち、弾切れの散弾銃を捨てて地面に転がっていた棍棒を拾いながらメリエが同意する。ベーゼスはやる気を取り戻した怪人達を見てニヤニヤ笑いながら肩を回し、メッサーも彼女の横で臨戦態勢を取った。


「いたぞ! かかれ!」


 ベイル達の後方から声が轟いたのは、まさにその時だった。全員が声のする方に目をやると、黒い鎧を纏った大軍勢がこちらに走って来るのが見えた。

 

「おお、増援だ!」


 メッサーが歓喜の声を上げる。その声を覆い隠すように、一斉に鬨の声が上がる。ベイル達はそれを見て勝利を確信した。これほど増援を頼もしく思う日はなかった。

 少し早くないか? 一方でベイルはそう疑問に思った。自分達が道を進む途中、出会ったのは東京に向かう避難民だけだった。どこから奴らは来たのだ?

 

「俺達は帝都であいつらを見たんだが、こうも早く来るものなのか?」

「特別なルートを通ったのだ。東京と埼玉を繋ぐ、地下通路だ」

「だから途中で会わなかったのか……あいつ、そんなこと教えてくれなかったぞ」

「誰に聞いたかは知らんが、これは機密情報なのだ。一部の隊長格にしか教えられていない。だからお前も、あまり口外しないでほしい」

「わかったよ」


 ベイルが諦めたように呟く。その間にも討伐軍本隊は足を速め、やがて先頭集団がベイル達を追い越す。彼らはベイル達を気にも留めず、まっすぐ残った怪人達と激突した。

 やがて黒い波がベイル達を飲み込んでいく。道中の小石など眼中になかった。波が怪人に殺到し、黒く塗り潰していく。

 数的にも互角に持ち込まれ、その上一度立ち直ってからのこれである。怪人達になす術はなかった。

 

「こ、こんなこと、聞いてないぞ!」


 怪人にとっては悪夢でしかなかった。

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