第1話_エクストリーム生徒会選挙!(5)
すでに脱落者や病院送りになった生徒が多数。
さすが恐怖のエクストリーム生徒会選挙!
そんなことなどつゆ知らず、とにかくゴールを目指し突き進む舞桜&夏希ペア。
大蛇との死闘や、底なし沼の恐怖、落とし穴や地雷トラップ、ゴリラとの花嫁争奪腕相撲大会などなど、数々な目白押しの困難を掻い潜りゴールはすぐそこだった。
ついに舞桜たちはジャングル地帯を駆け抜け、草原地帯までやってきていた。
巨大なゴールゲートが目でも確認できる。
ゴールに向かう舞桜たちを中継車が追いかけ、その勇姿がアトランティス全土にライブ放送される。
躍動する筋肉、煌めく汗、青春の輝きがそこに……あるかいッ!
もう必至も必至も必至です。
夏希は死相を浮かべ、スタート前に比べ一〇キロくらい痩せちゃったんじゃなかってくらいやつれている。放送ギリギリの顔だ。
舞桜のほうはというと、制服の所々に汚れや傷があり、表情も少し疲労を感じさせるが、麗人オーラは崩れていない。さすがである。
大勢の人々が左右に分かれてゴールに続く栄光の道を作っている。
この道を抜ければ、この道さえ越えることができれば、ゴールの栄冠は……。
「舞桜様がんばれーっ!」
「天道様がんばってください!」
どこまでがエキストラなのかは不明だが、その声は舞桜を勇気づけているに違いない。
ゴールはもう目の前――だったのだが。
急に舞桜の足が止った。
立ちこめる黒い邪気。
舞桜たちの進むべき前方に立っている黒い影。
「待ちくたびれたわ」
無機質な狐面が嗤ったような気がした。
ラスボス登場!
その名も魅神菊乃!
あれ……でも、だいぶ前からいるっぽいということは、すでに菊乃がゴールしちゃってるのか?
舞桜は慌てる様子もない。
「何者かがゴールしたらアナウンスがされることになっている。さらに上位五名が決定した時点で選挙は終了、コースにいる生徒は特別班によって回収させることになっている。なぜ君はまだゴールしてないのだ?」
そうなの?
「わたしはここに一位でたどり着いたわ。そして、まだ誰も決勝線に到達していない。いつでもあなたから生徒会長の座を奪うことができた。わたしに負ける筈だったあなたに情けをかけて機会をあげたの。でも、あなたはこれから屈辱を味わうことになるわ。わたしの目的はあなたを生徒会役員にすらさせないこと。それも途中棄権ではなく、目の前で他の生徒たちに抜かれていくのよ」
なかなか面倒くさいことをするもんだ。さっさとゴールしちゃって、さっさと舞桜を生徒会長にさせなきゃいいのに。たぶん舞桜は生徒会長しか興味ないんだから。
悪役ってものは回りくどい作戦を立てたり、無駄に饒舌だったりすることが多いが、まさに今の菊乃はそんな感じだ。
そんな予定調和な悪役の敗北フラグが、多くの正義の味方を勝利に導いてきたのだ。
ただし、この法則が当てはまるのは、本当に菊乃の側が悪役だった場合。
舞桜と菊乃がどんなバトルを繰り広げるのか、そこんところは想像も及ばないが、とにかくイケナイことが起こると夏希は察した。
「二人ともやめてよ、仲良くして。新入生挨拶を無理矢理やらされただけで、魅神さんもそこまでして天道さんにしなくても……」
「そうね確かに……」
菊乃は頷いたが、
「けれど、わたしが受けた屈辱はそれだけではないわ。よりによってこの女は、わたしから面を取った挙げ句、接吻までしたのよ!」
ビシッとバシッと菊乃の指が舞桜に突き付けられた。
舞桜は『何が?』という顔をしている。
そんな横に立っている夏希は回想モードに突入していた。
「(あたしと同じだ。いきなりキスされて……婚約者……もしかして魅神さんも!?)」
「わたしは婚約者じゃないわよ」
嫌そうに菊乃が囁いたのを聞いて夏希はビックリ仰天。
「えっ……!(あたし口に出してた?)」
夏希は声に出してはいなかった。偶然だろうか?
不思議な顔をして考え込む夏希の隣では、舞桜は不思議な顔をして考え込んでいた。
「理解できない。面を取り上げたという行為を窃盗行為として見られ、君は私に敵意を向けているのか?」
「違うわ。素顔を見られ、接吻をされたことが恥辱なのよ!」
「君の言っていることは理解に苦しむ。顔を隠す女性がいれば見たいと思うのが当然、さらに美しければ愛を表現することは当たり前の行為ではないのか?」
「わたしが美しいだなんて嘘。わたしは醜い、この世でもっとも醜いのよっ!」
菊乃から放たれた黒い風が叫び声をあげながら舞桜を呑み込まんとした。
それがなにか、考える間もなかった。
黒い風は一瞬にして掻き消されてしまったのだ。
菊乃は驚愕した。
「(気配がした……ここには三人しかいない筈。周りの人間どもの雑音で〈声〉が聴こえないの?)」
ゴール付近に集まっている聴衆。先ほどまではレースの行方を見守っていたが、菊乃が放った超自然現象を目の当たりにしてざわついている。
〈声〉とはなにか?
菊乃は声を殺して静かに尋ねる。
「どうやってわたしの攻撃を防いだの?」
「さて、生まれたときから私はどうやら奇跡の力に守られているらしい。魔王としての潜在能力が覚醒したのだろう」
おかしなキーワードが出てきて夏希は『は?』とした。
「マオウって言ったの? それともマオって言ったの?」
「魔王と言ったのだ。私は古の魔王の生まれ変わり。以前の記憶や力は失われてしまったが、心がそうだと言っている」
「(この人、変なだけじゃなくて、頭もおかしい人だ。きっと奇跡の力なんかじゃなくて、ピンクさんが守ってくれたんだと思うけど)」
すぐに夏希は背筋をゾッとさせた。狐面が夏希を見つめるように顔を向けていたのだ。
「ピンクさん? やはりこの場に見えない誰かがいるのね」
菊乃の発言に夏希は度肝を抜かれた。
「……ウソ!?(間違い、あたしの心の声が聞こえてる!)」
それは確信だった。
急に恐ろしくなった夏希は舞桜の後ろに隠れた。
夏希の急な態度に舞桜が尋ねる。
「どうしたのだ夏希?」
「ううん、大丈夫(スパゲティスパゲティスパゲティスパゲティ……ナポリタン!)」
大丈夫と言いつつも頭の中では意不明な呪文を唱えていた。
いつに夏希は頭を抱えて蹲った。
「(ダメかも、ほかのこと考えちゃう。どうしよう、えっちなこととか考えたら全部知られちゃうのかな、あ、ダメ……考えないようにしてるのに[いやぁン♪]頭によぎる[いやぁン♪]。あーもぉーダメ![いやぁン♪])」
この場から逃走しようと夏希はしたが、ガシッと舞桜に腕をつかまれてしまった。
「どうしたのだ?」
「あたしここにいられない!」
「なぜだ?」
「聞かないでお願い!(きっと言っちゃイケナイんだ。ヒミツをバラしたら魅神さんに殺され……ごめん、今の間違い! 魅神さんはそんなことしない。ごめんなさい、魅神さんはいい人です!)」
ちょっとテンパり過ぎだった。
急に辺りの気温が下がったような気がした。
菊乃がゆっくりと近づいてくる。
「そうやって……みんなわたしを恐れていくの……そうやって(みんな同じ、わたしを忌み嫌い遠ざける。わたしだって聞きたくて聞いている訳ではないのに)。けれど、もう貴女は逃げられない」
刹那、夏希は足首を掴まれた。だが、足にはなにも触れていない。掴まれているのは、夏希の影だった。平坦な黒い人影が夏希の影に手を伸ばしていたのだ。
「やだっ?!」
驚いて〈影〉を振り払おうとしたが、〈影〉は強い力で放そうとしない。厚さもない〈影〉のどこにそんな筋力があるのか――否、物理的な力でないと考えるのが自然かもしれない。
舞桜は刀を抜いて謎の〈影〉が映る地面に切っ先を突き刺した(刀が復活しているのは仕様です)。
「夏希を放せ!(……っ、刃が立たない!)」
狐面は口元を手で隠し、まるで嗤っているようだった。
「無駄よ無駄よ、刀で影は切れない。さあ、こっちへおいでなさい」
菊乃の合図で受けて、〈影〉は夏希を羽交い締めにして引きずった。まるでその光景は、夏希がパントマイムでもしているかのような、悪ふざけにしか見えない。人が動けば影が動くのではなく、完全に逆転した行動を夏希は取らされてしまった。
そのまま夏希は菊乃の傍まで来て、菊乃の抜いた短刀を頸もと突き付けられてしまった。
「動くとこの子ののど笛が血を噴き上げることになるわよ」
「あたし人質!?」
復唱するまでもなくそーゆーことです。
舞桜は刀を鞘に収め、背を丸めて地面にゆっくりと置いた。
「これでいいか?」
満足そうに菊乃は頷いた。
本当に菊乃が夏希を殺すかどうかは別として(殺しそうだけど)、そろそろ生徒会選挙の枠を越えて、止めに入ったほうがいいんじゃないかって展開だ。
夏希はじっとりと汗を掻いていた。
「(まさか本当に殺さないよね、魅神さん?)」
「殺すわよ」
即答だった。
やっぱり殺すんだ、殺しちゃうんだ。日本の刑法なんて軽くムシして、ヤっちゃうんだ!
ただ、残念なことに海上都市アトランティスは治外法権でしたぁー。
さらに言ってしまえば――。
「短刀は脅しよ。刃物があると恐怖心が高まって楽しいでしょう」
と、菊乃が囁き、夏希がほっとしたのもつかの間だった。
「殺すときはわたしの家畜にやらせるわ。刃物で切られるより苦しんで死ねるから」
家畜とは〈影〉のこと。
日本の法律では超常現象の類は『ない』ことになっているので、もしも犯人(菊乃)を引き渡して日本で裁判をしても、おそらく殺人を立証するのは非常に困難だろう。
菊乃は戦意を喪失させている舞桜に顔を向けた。
「あなたの弱点はこの女。大切なのでしょう、この雌豚が!」
「(あたし別に太ってない!)」」
そこ違うし!
別にツッコミ入れるところじゃないし!
風に吹かれながら舞桜は、ただそこに立っていた。
「夏希を失うなら、私はほかのモノすべてを捨てることができる」
「あたしのことそこまで……」
キス魔のナンパ師だった舞桜が、夏希の中で少しずつ変わりはじめていた。
舞桜の瞳は穏やかに、どこまでも澄んだ色をしていた。
が、次の瞬間、舞桜のトンデモ発言が!
「まだ結婚初夜も迎えていないというのに、ここで夏希を失える筈がないではないか!」
下半身の問題かッ!!
夏希は怒りよりも先に妄想が駆け抜けてしまった。
「(女の子同士の初夜って[いやぁン♪]。わーっなに考えてんだろあたし! ダメ、考えちゃダメ、頭ん中ピンク色だと思われるぅ〜……ピンク……ピンク? そうだ、ピンクさん、天道さんだけじゃなくてあたしも助けて!)」
しかし、なにも起きなかった。
「(助けてよ!)」
……しかし、なにも起きなかった。
「助けてってば!」
…………やっぱり、なにも起きなかった。
時間だけが過ぎ去っていく。
舞桜は微動だにしない、視線の先の狐面を見つめたまま――。
菊乃もまた、短刀を夏希に突き付けたまま人形のように止まっている。
いつの間にか何メートルか後ろに下がっている観客も声を押し殺している。
耳を澄ませば夏希の激しい心臓の鼓動だけが聴こえてきそうだった。
そう、耳を澄ませば……聞こえてきた叫び声?
「ぎやぁ〜!」
嗚呼、デジャブー。
その叫び声を発したのは言わずと知れた覇道ハルキ、その人だった!!
経緯に関しては脳内補完でどうにかするとして、目で見える現実を語るならば、ウエディングドレスを着たゴリラ(♀)に追っ掛けられてるということ。
思わず菊乃もそちらに気を取られた瞬間だった。
気配がした!
すぐに菊乃も勘づいた。
「そこ!」
菊乃が投げた短刀が何かに刺さった。
「……くっ」
歯を食い縛る音が聞こえた刹那、閃光が辺りを包んだ。
白い世界で声だけが聞こえた。
「きゃっ、なに!?」
夏希の声。
やがて白い靄が晴れて視界が開かれると、なんと夏希は舞桜の腕に抱かれていた。
「天道さんが助けてくれたの!?」
「いや、夏希が私の胸に飛び込んできたのだ。そんなに私に抱かれたいなら、普段からもっと抱きついていいのだぞ」
「(……絶対この人じゃないし。もしかして、やっぱりピンクさんが……あっ、ナイフ)」
正確にはナイフではなくて短刀だ(そんな細かい説明いりません)。
地面に落ちた血の付いた短刀。
確かに菊乃の投げた短刀は何者かに刺さり、その後その場に残されたのだ。
「ぎやぁ〜!」
あ、ハルキのこと忘れてた。
グングン後方からゴリラに追いかけられて走ってくるハルキ。気付けば舞桜たちを抜いていた。
急に夏希の体が持ち上げられた。舞桜がだっこしたのだ。
「後れを取った、行くぞ夏希!」
だっこしたまま舞桜が走り出した。
それを慌てて追う菊乃。
だが、ハルキはゴールテープ目前。
「オレ様一位?」
必至すぎて今気付いたらしい。が、それもつかの間の夢。
ゴリラアタック!
上空から飛んできた巨漢のゴリラがドーンっとハルキに落ちた。
「うぇっ!」
ご臨終ですハルキさ〜ん!
その隙に舞桜&夏希ペアがハルキを抜いた。
しかし、菊乃がここで黒い風を放つ。
「させるかッ!」
菊乃の眼にも見えた――ピンクシャドウが!
一瞬で掻き消された黒い風。
だが、まだ菊乃はあきらめない。さらなる攻撃を仕掛けようとしたとき――。
「そのくらいでいいだろ、魅神」
爽やかな男の声。
ハッとして菊乃は振り返った。
「鷹山君……」
邪気が消えた。
急に菊乃はしおらしく体を小さくしてしまった。まるでその態度は……。
鷹山雪弥――スタート地点でコケた舞桜に手を差し伸べた、あの全国のブサイクの敵だ。
二人は知り合いなのか?
そーこーしているうちに舞桜&夏希ペアがゴールテープを切ろうとしていた。
ゴォォォォォル!!
呆然と立ち尽くす菊乃の手を雪弥が引っ張る。
「さあ、オレたちもゴールしよう」
「わたしは……もう……(負けたのに)」
「ほら!」
菊乃は強く逆らうこともせず、そのまま雪弥と一緒にゴールしてしまった。
これで四人。残る生徒会役員の席に座るのは!
「うわっ放せ!」
ゴリラと戯れるハルキ。
まるでその光景は発情したゴリラに[いやぁン♪]されているようだ。
「口とか勘弁しろ! オレ様はまだ女ともしたことが……やめっ、誰か助けろっ……ぎゃっ!」
ちょっとした惨劇を繰り広げながら、ハルキとゴリラはもつれ合いながら地面をゴロゴロ。
そして、ゴォォォォル!!
ぶちゅ〜っ♪
初キッスはゴリラ味。
ハルキはゴールラインを越えて真っ白に燃え尽きたのだった。
これでついに上位五名が決まったのだった。




