第1話_エクストリーム生徒会選挙!(4)
エクストリーム迷子・イン・ジャングル!
ジャンジャングルグル目が回るほどの密林地帯。
まさに自然の迷宮。
生い茂る草木が網の目のように行く手を塞ぐ。
まさに自然の猛威。
腕組みして立ち尽くす舞桜と、その場にしゃがみ込む夏希。
まさに自然な迷子。
「可笑しい……景色が同じに見える」
呟いた舞桜。
そして、つっこむ夏希。
「それは典型的な迷子だと思うんだけど(天道さんって方向音痴なのかな、完璧そうに見えるのに)」
方向音痴でなくとも、この密林は人を迷わす。
ほら、耳を澄ませてごらん。今日もどこかで誰かの悲鳴が……。
「ぎやぁ〜ッ!」
男の絶叫だ!?
ハッとした夏希はすぐに立ち上がって辺りを見回した。
舞桜もまた声のした方向を探して、歩き出そうとしていた。
「夏希、あっちだ!」
踏み出そうとしていた舞桜の腕を夏希が掴んだ。
「ちょっと、そっちじゃなくてあっち」
夏希が指さした方角は舞桜が行こうとしていた真逆だった。
「……例え夏希が言うことでも、真実を曲げることはできない。あっちだ!」
絶対譲らない舞桜だった。
「そんなことないって、絶対あっちだし!」
こっちも譲らない夏希。
そーこーしているうちに、また悲鳴が!
「助けろーッ!」
声は夏希が向いている方向から確かに聞こえ、さらに爆走してくる人影が!?
必至の形相で駆け寄ってきたのは覇道ハルキだった。
恐ろしいことにその後ろからは……半裸の部族チックなお兄さんたちが追ってくる。どこが一番恐ろしいって、チン子を隠す筒状のケースが異様にデカイことだ!
掘られる!
舞桜は冷静に、
「ふむ、知らないうちに原住民が住み着いていたらしい」
どこか言葉を間違っているような気がしないでもないが、ジャングルに住む原住民っぽい格好の男たちが、そこにいるという現実が大切なのだ。
逃げてきたハルキは舞桜の背中に隠れた。
「助けろ、オレ様たちマイフレンドだろ!」
「お前に友達など一人もいないだろう。まあいい、夏希に危害が及ぶ前に成敗してやろう」
舞桜はどこからか鞘を取り出し、刀を抜いた――ハズだった。
「竹光!?」
思わず舞桜は叫んだ。
竹光とは貧乏侍が刀を質入れした際に、腰の寂しさと見栄から竹で作った刀身を鞘に収めた偽物の刀のこと(抜かなきゃ偽物だってバレない)。現在では銀紙などで加工して、時代劇で用いられたりする。
が、別に生活苦でもない舞桜がこんな刀を所持している理由もない。
気まずそうな顔をしている野郎がひとり。
舞桜の背中に隠れていたハズのハルキは、いつの間にか夏希の背中に移動していた。
「なんつーか、オレ様がすり替えて置いたというか(舞桜を困らせてやるつもりが、失敗した)」
これこそ本当にいつの間に?
そーこーしているうちにナントカ族(仮称)は、舞桜の目の前まで迫っていた。
ナントカ族は手に槍(本物)を持っている。対する舞桜は刀(竹光)で応戦する。
が、一回刃を交えただけで竹光粉砕。
それでも華麗な動きで舞桜は敵を翻弄している――最中だった。急に舞桜が眉を寄せて体勢を崩した。
夏希が叫ぶ。
「まだ足が!」
そう、今となっては呪いか事故わからないスタートでコケちゃった事件。あれで痛めた足がまだ治っていなかったのだ。
でもよくよく考えてみると、全部ハルキのせいだ。
地面に手を付いた舞桜をナントカ族が取り囲み、鋭い槍の切っ先がのど元や心臓に突き付けられる。
これってまさかの絶体絶命!?
夏希は思った。
「(また……ピンクの影が……お願い助けて!)」
舞桜の近辺に出没する謎のピンクシャドウ。再びあの影が姿を見せるのか!
「アーア、ア〜ッ!」
どこからともなく発声の良い雄叫びが!?
アレはなんだ、ターザンだッ!
木から垂れ下がっているツル――いわゆるターザンロープを使って、木から木へと飛び移ってくるターザン。
ターザンキーック!!
振り子の原理で破壊力抜群の跳び蹴りがナントカ族の顔面にヒット。
「アーアー、ア〜ッ!」
雄叫びをあげながらターザンはナントカ族をバッサバッサと倒していく。まさにジャングルの王者と呼ぶに相応しい。
そして、ナントカ族を倒し終えたターザンは嵐のように去っていった。
「アーアー、ア〜ッ!」
という高らかな雄叫びを残して……。
呆気にとられる夏希。
「なに……今の?(映画の撮影所に迷い込んじゃったのかな、あはは)」
舞桜は冷静な顔をしながら呟く。
「まだまだ修行が足りないな(足が痛むといえど、勝負にははじめから平等などありえないのだから)」
そして、ハルキはというと、
「あーははははっ、どうだ参ったかオレ様の実力にひれ伏すがいい!」
地面で気絶するナントカ族を足で踏んづけていた。恥ずかしげもなく自分の手柄にする性格がスゴイ。
さらにハルキは舞桜たちを置いてさっさと先を進もうとしていた。
「じゃ、お先に!」
なんて言って走り出した矢先だった。
「ぎやぁ〜ッ!」
デジャブーというか、聞き覚えのある叫び声というか。
夏希が視線を向けると、なんだか知らないけど、ハルキが宙吊りになっていた。
「え……なに?(なにあの変なのっ!)」
急に眼を丸くして夏希は現実を目の当たりにした。
地面から伸びる縄のような触手が蠢いている。それも何本も何本も、意思を持ってハルキを拘束していた。
夏希は恐怖心より先立って、足が前へと駆けだしていた。
「今助けるから!」
「よせ夏希!」
舞桜が止めようとしたが、すでに遅かった。
夏希の足首に触手が巻き付いた。
「きゃっ!」
宙吊りにされる夏希。しかも逆さ吊り。慌ててスカートを押さえてパンツを隠す。
触手の皮膚からは粘液が噴出し、這うようにして夏希の体を締め上げる。
それほど夏希の胸は大きくないが、締め上げることによってバストアップ効果がもたらされた。巨乳のねーちゃんじゃないことが悔やまれる。嗚呼、本当に残念だ。
それでも触手と美少女の取り合わせといったらエロの殿堂。
触手は夏希のふとももを這って……。
「イヤーッ!」
自主規制が入る寸前、槍を構えた舞桜が華麗に舞った。
槍の残像が次々と触手を突き刺し、斬り刻み、紫色の汁を飛ばしながら暴れ回る触手は夏希を解放した。
地面に落ちる夏希を受け止め、お姫様だっこする舞桜。
「大丈夫か夏希?」
涙目の夏希は無言のまま頷いた。
舞桜は小さく微笑んだ。
「夏希は強いな……」
ゆっくりと夏希の体を地面に下ろし、『後ろに下がっていろ』と目で合図してから、舞桜は再び槍を構えた。
触手は敵を剥き出しにして舞桜に襲いかかろうと蠢いている。
一方、ハルキはいつの間にか緊縛されて、なんだかSMで見たことありそうな縛り方で宙吊りにされていた。
「おい、オレ様のことも助けろ!」
だが無視!
舞桜の視界にハルキは入っていない。入っていたとしても、認識していない。
「おい、オレ様のこと助けろって聞いてんのかよ!」
だがシカト!
ついに触手が舞桜に襲いかかる。
舞桜も地面を蹴り上げた。
刹那、舞桜の瞳に紅い炎を飛び込んできた。
なにが起きたのか数秒を要した。
突如、触手が紅蓮の炎に包まれ燃え上がったのだ。
夏希は『あっ!』と小さく声をあげた。
一瞬、ピンクシャドウが見えたような気がしたのだ。
「あっちぃ〜!」
触手から逃げ延びたハルキが尻に火をつけて走っていく。
突然の出来事にも舞桜は冷静に腕組みをして結論を出した。
「うむ、自然の猛威だな。雨露がレンズ代わりになって火災が起こることなど多々ある」
それにしては一気に燃えすぎじゃ?
火の手が早すぎて飛び火しちゃってるようにも見えますが?
気付けば辺り一面火の海にも見えますが?
あれ……いつの間にか火に囲まれて逃げ場失ってない?
……みたいな。
どこからともなくボソッと声が聞こえた。
「……あ、やりすぎた」
燃えさかる音に掻き消され、さらにパニくっている夏希の耳にその呟きは届かなかった。
「天道さん! どうしよう、逃げられないよ!」
「チャンスはいつ巡ってくるかわからない。まずは冷静になることが大切だ。そうすればチャンスを逃さずに済むものなのだよ」
「そんな悠長な! あの、え〜っと、あの男子どこ行ったの!」
「ハルキならとっくに逃げたのではないか? 実に賢明な判断だ」
炎の壁が舞桜たちに迫ってくる。
気配はしなかった。けれど、その影はいつの間にか夏希の前に立っていた。
「女、下がっていろ。この事は他言無用だぞ」
「えっ、ウサギ!?」
夏希の前に背を向けて立っているピンクのウサギ――のきぐるみ!?
舞桜は驚いた様子も見せていない。それどころかピンクウサギに視線を合わせようとしていない。
ピンクウサギはゆっくりと片手を上げ、手のひらを炎に向けた。
「トルネード!」
高らかな声と共に突風が巻き起こり、炎の一部を掻き消し、海を割ったような一本の逃げ道を作った。
それを見た夏希は信じられないながらも、その言葉を口にしていた。
「魔法?」
炎の勢いはまだ治まったわけではない。
舞桜が夏希を抱きかかえた。
「奇跡が起きたようだ。行くぞ夏希!」
ぐずぐずしていると再び炎が勢いを増して逃げ道を塞ぐ。
しかし、夏希はそんなことより、ピンクウサギと超自然現象の因果関係が気がかりだった。
気付けばピンクウサギは姿を消している。
「天道さん見たよね、今見たでしょ! ピンクのウサギが炎を消したんだよね!?」
「ん……何を言っているのだ? まあいい、とにかく抜けるぞ!」
舞桜は夏希を抱えたまま全速力で炎に左右を囲まれた道を抜けた。
抜けてもまだ炎は後ろから追ってくる。気を抜かず舞桜は安全な場所まで夏希を抱えたまま走った。
しばらく走り続けていると、上空からプロペラ音が聞こえた。空を見上げると木々の隙間から飛行機が見えた。
「ふむ、消火部隊が到着したようだ。じきに火災も治まるだろう」
冷静な声音で舞桜は呟いた。さっきまで炎の中にいたとは思えない。しかも、ピンクウサギが超自然現象を起こしたというのに、まったく驚きもしていないのだ。
夏希は不思議な顔をしながら舞桜に尋ねる。
「天道さんの知り合いなの……あのピンクのウサギ?」
「さっきもそんなこと言っていたな。ピンクのウサギとは何のことだ?」
「えっ……(あたしのことからかってる? それともとぼけてる?)」
炎に囲まれたとき、ピンクウサギは絶対に舞桜の目にも入る場所に立っていた。そして、なんだかわかんない超自然現象を巻き起こしたのだ。
夏希は怪訝な顔をしながらも、すぐに首を横に振って取り直した。
「ううん、なんでもないの気にしないで(触れちゃいけない話題なのかな。でもあのピンクさん何者なんだろう……すごくカッコイイ声してたような気がするけど、もしかしたらすごい美少年が入ってるのかも!)」
「……何をにやけているのだ?」
「……っなにも、別に!」
夏希は顔の前で手をバタバタさせて真っ赤な頬とにやけた口元を隠そうとした。
不自然な行動をする夏希に舞桜は不思議そうな視線を向けていた。
「炎の暑さで頭が可笑しくなったのか?」
「ぜんぜん平気、ぜんぜん元気。あのぉ〜、そろそろ下ろしてくれない? 自分で歩けるから」
まだ夏希は舞桜にだっこされたままだった。
「いや、このほうが早い。ロスしてしまった時間を取り戻さなくてはならないからな」
そういえばエクストリーム生徒会選挙の途中だった。
舞桜の目的は一位通過で生徒会長になること。
夏希は生徒会役員なんてやりたくもない。
ここで夏希は考える。
「(ずっとだっこしてもらってるわけにもいかないし。別にあたしの体重が重いわけじゃなくて、天道さん足ケガしてるから。ぜんぜんそんな風に見えないくらい動いてるけど。それって無理してるのかも、本当は足痛いのに、無理してそんなそぶり見せないようにしてるのかも。だっこしてもらってなくても足手まといになるし、天道さんは一番でゴールしたいわけだし、あたしのことはここに置いて……)」
「ぎやぁ〜っ!」
どこか遠くから聞こえた悲鳴。
「…………(やっぱり天道さんについて行こう)」
心に固く誓った夏希だった。




