表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/26

【二十一】

「おや、ようやく目が覚めたようですね」

 部屋の中の空気が揺らいだと思ったら、いつのまにか、女が一人佇んでいた。

 見覚えのある顔に、それが『朽ちかけた女』だと、花は気付く。

「血相をかえてここに飛び込んできたときは、いったい何事かと思いましたが……本当に、鬼のくせに面白い」

 彼女の視線は、狢に向けられている。

 その表情は心底楽しそうに、花には見えた。反対に、狢は女が現れた時から、不機嫌な顔になっている。

「あの、お世話になりました」

 狢がどんな様子でここに駆け込んだのかわからないが、元々は花のためだ。丁寧に頭を下げると、女は笑顔になった。

「このくらいのこと、たいしたことではありません。どちらかといえば、鬼に付きまとわれている、あなたの方が不憫というもの」

「はあ……」

 女は心底花のことを可哀相だと思っているようだった。憐れむような眼差しに、なんとなくいたたまれない気持ちになる。

「穴のことは、狢から聞きましたか? ここには結界が張ってありますから、ゆっくりくつろがれていても、大丈夫でしょう」

「ありがとうございます、でも」

 やらなければならないことが、花にはある。いつまでものんびりと休んでいるわけにはいかない。

「探し物があるんです。外に出なければ」

 今、外がどうなっているのか花は知らない。穴が幾つも開いているというから、危ないことも起こりそうだ。あの少女にだって会うかもしれない。

 だが、ここで引きこもっていても、どうにもならないということも花にはわかっている。

 自分の名前と、残った記憶を思い出さなければ、いつまでもこの世界にいなければならないのだ。それに、夢の中であった女の子の言う様に、『おねえちゃん』を助けることになるというのなら、ここで行動を起こさないというのはありえない話だ。

「そうなのですか。私には『迷子』を引き留めることができません。どうか自分の判断を迷わないように」

 女の言葉に、花は決意を新たにする。絶対に記憶を取り戻すと。

「では、出かける時には、声をかけてくださいませ。結界をひらきますから」

 そういうと、女の姿はかき消えるように見えなくなってしまった。

 いつかの時と同じだ。

 花は目を見開いて、誰の気配もなくなった場所を凝視してしまった。

 狢がそれを見て、笑っている。

「前にも見ただろ。あいつは、空間を自由に移動できるんだ」

「すごいですね」

 花からすれば、そう言うしかない能力だ。便利そうだし、自分に使うことが出来たら、楽しいだろう。しかし、狢はそうは思っていないようだ。

 顰め面のまま、大きくため息をついてみせる。

「すごくなんかねえよ。あの能力はもっぱら人を驚かすことに使ってるんだから」

 ということは、自分はあの女性に驚かされたということだろうか。

 確かに驚いたが、なんとも勿体ない能力の使い方だ。本人が楽しいのならばいい、という話でもないような気がする。

「さて、あいつのことより、花のことだよ。出かけるのはかまわないが、どこへ行ってどうするんだ?」

 狢のもっともな問いかけに、花は考え込む。これからどうするのか、考えなければならないのだ。何のあてもなく外に出てのいくのは無謀だと、花もわかっている。

「みんなが言うことは同じなんですよね、ヒントはどこにでもあるって」

 周りを見ていれば気付くことだと言わないばかりに、皆が皆同じことを口にする。

 だから、花は考えたのだ。ヒントはどこにでもある、まわりをよく見てみろということは、すでに、花はそのヒントを目にしているのではないか、と。

 そうだとすれば、自分が見たものはなんだろう。

 最初に気がついた時には、古びた町並に立っていた。

 今寝泊まりしているマンションは、狢が見つけてきたものだから、ヒントにはならない気がする。

 朝顔の家は、『おねえちゃん』の記憶を呼び覚ますきっかけを作ったが、花自身の名前を取り戻すことは出来なかったから、違うのだろう。

 そういえば、一番目にしていた――いや聞いていたものがあったはずだ。

 祭り囃子の音。

 どこかで祭でもやっているのだろうかとその時は思った気がする。

 最初だけではなく、その後にも何度か耳にしたが、どこから聞こえてくる音かはわからなかった。狢達によると、普段は聞くことはないと言う。

 あの女の子に襲われたのも神社へと続く参道だったし、夢の中で『おねえちゃん』と会ったのも、神社だった。

 今は手元にない鈴も、『おねえちゃん』が夏祭りで買ったもの。

「……神社? それとも夏祭りがヒントなのかな」

 独り言のように呟いた言葉には返事はない。狢は花の方に視線を向けているが、何も言わなかった。

「狢さん、この世界にも、神社ってありますよね?」

「あるな」

 即答だった。

 これは、花もある程度は予想していたことだ。これだけいろいろ町並として整っているのだ。花が見ていないだけで、学校や病院もどこかに存在しているのかもしれない。

「それは、昔からあるものなんですか? それとも誰かが記憶していたもの?」

「この世界にあるのは、大抵は、誰かの記憶の中にある風景だ。古くから存在していて誰の記憶かわからないものもあるし、最近現れたものもある」

 あの夢の中の女の子が朝顔なのだとしたら、彼女にとって思い出深く、花自身と関係しているかもしれない神社が、あるのかもしれない。

 或いは似た場所が。

 もしそうなら、そこに花の『記憶』が落ちているかもしれない。

「私をそこに連れていってください」

 可能性があるのならば、それに掛けるしかない。

「かまわないが。それなりに数はあるぞ」

「あまり古いのは、除外してもいいとは思うんですが……」

 目を閉じれば、おぼろげながらも、夢の中で見た神社を思い浮かべることができる。

 あれと同じ場所を探せばいいのだ。

「よし、それならすぐに出発するか」

 狢が立ち上がる。

 早い方がいいというのは、彼にもわかっているのだ。

 狢に続くようにして部屋から出ると、そこにはいつのまにか『朽ちかけた女』が立っている。

「わあ!」

 びっくりして固まる花を見て、狢が『ほら、やっぱりこいつは人を脅かすのが好きなんだ』とため息をつきつつ囁いた。

「もう出かけられますのね。どうかお気を付けて。今結界を開きますから」

 涼しい顔で見送りの言葉を告げられ、なんとなく釈然としない気持ちのまま、花は玄関へと向かう。

 ただ、『朽ちかけた女』が突然現れたせいで、緊張していた気持ちが少しほぐれたような気はした。

 狢だっているのだ。大丈夫、と自分自身に言い聞かせて、玄関を開く。

 けれども。

 覚悟はしたはずだったのだが、そこに広がるあり得ない状況に、花は思わず傍らの狢の服を掴んでしまったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ