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挿絵(By みてみん)

4、


その夜、俺はベッドで乃亜を抱きながら、今までの暮らしぶりや家族のことを聞いてみた。天然に素直な乃亜だと思ったが、俺のいくつかの質問には、少し考える素振りを見せ、慎重に言葉を選んで話すのだった。


乃亜は幼い頃に母親を亡くし、三歳までこの家に住む母方の祖父に育てられた。その祖父も病気で亡くなり、乃亜は父親と兄たちに引き取られたと言う。

父親は仕事が忙しく、乃亜自身もあまり会う機会もなく、乃亜を育てたのは五人の兄たちだった。

父親の仕事やどこに住んでいるのかは、よく知らないと言い張り、五人の兄貴たちもそれなりの歳なのに決まった仕事にもついていないと言う。

どこから収入と得ているのとか、どこに住んでいるのとか聞いても「よく知らない」と、言う。じゃあ、今まで乃亜はどこに住んでいたの?と聞くと「色んなところ…」と、言葉を濁らせる。

「大きなクルーザーで色んな海を泳いでいたんだ…」


ん?…色んな海を泳ぐって?…スキューバダイビングとかするのか?…


乃亜は時々理解できない言葉を吐く。

五人の兄たちがみなそれぞれに国籍が違うから、喋る言葉も色んな国の言葉が交って、意味を取り違えるのだろうか。

しかし、兄弟全員母親が違うなんて(うち三男と四男は双子らしく母親は同じそうだが)…さすがに俺も呆れる。


長男のイギリス国籍を持つヴィンセント、33歳、

次男のヨシュアは母親がアイルランド人で30歳、

三男と四男はノルウェー国籍の双子のヤンとルイで28歳、

五男はフランス系のリオン、26歳。

乃亜と一緒に写っている写真を見せてもらったが、なるほど、揃いも揃って美形の色男たちだ。

乃亜をああいうエロい身体にさせたこいつらが憎い!…と、いうか、うらやましい!

できるなら俺が一から手ほどきしたかったのに。


写真を指差しながら、自慢げに兄たちを俺に紹介する乃亜は、なんとも信頼に満ちた顔を見せた。

よほど兄貴たちに可愛がられているのだろう。

兄貴たち以上の信頼を、俺が勝ち得るにはかなりの労を取ることになるだろう。

だが、五人の兄たちを盲信している乃亜を、無理に否定してはいけない。こんなに素直に可愛い乃亜に育てたのはまぎれもなく五人の兄たちに間違いはないのだから。


とにかく俺は乃亜に満足していた。

こんなに素直に可愛くて、従順で時に大胆に俺を翻弄させてくれる乃亜。

恥じらいや天然ボケにも萌え、頬を擦りつけて甘える仕草なんて…子犬か子猫と同レベルの、理由なきかわいさで見事に撃沈だ。

俺はすっかり乃亜に嵌ってしまった。

こんな乃亜を他の誰にも触らせたくなかった。


翌日、俺は一旦自宅へ帰り、母の残した指輪を手に、乃亜の元へ舞い戻った。

「乃亜、これを君に捧げたい」と、俺は母の真珠の指輪をケースを開けて見せた。

「うわ…きれいな真珠だね」

俺は指輪をケースから抜き、椅子に腰かけたままの乃亜の前に跪き、彼の左手の指に嵌めた。

真珠の指輪は乃亜の小指にぴったり嵌った。


「これは俺の君への愛の証だよ」

「愛の…あかし?」

「そう。この指輪はおふくろの形見なんだ。おふくろが亡くなる時、俺の手にこれを握らせて『尚吾の一番大切な人にあげてね』って…。だから乃亜に渡したい。三十年生きてきて、初めて感じたんだ。俺の一生をかけて君を守りたい大切な人だと思った。乃亜に永遠の愛を誓うよ」

「…尚吾さん」

「さんはやめないか?尚吾って呼んでくれ」

「…尚吾…尚吾、うれしいよ、僕。…でもこんな僕でいいの?料理も下手だし、なにをやらせてもドジだし…」

「ドジなところもかわいいから許せる。とにかく乃亜を誰にも渡したくない。こんな束縛キライかい?」

「そんなこと…ないよ。そんな風に言ってくれるの、尚吾だけだもの。…僕、みんなのお荷物になってて、本当は少し辛かった。早くいいひとを見つけて、兄さんたちを安心させなきゃって…それしか僕が役に立てることはないって…思ってた」

「乃亜…君が役立たずだなんて…兄さんたちもそんな風に思ってはいないと思う。末っ子の君がかわいくてほっておけなくて、心配しているんだよ。家族ってそんなものだろ?」

「尚吾、兄さんたちの事好きになってくれる?」

「…」

適当に巧い言葉で乃亜を安心させようと思ったのだが、澄み切ったでかい目に見つめられ、一瞬真実を語りたくなった。


あんなあ、乃亜…俺より先に乃亜の身体を弄んだと思われる兄貴らを、俺が好きになるわけがねえだろっ!


と、言いたかったけれど、大人な俺は「もちろん乃亜の兄さんたちを、俺が嫌いなわけがない」と、優しく笑って答えてやった。


「ありがと、尚吾。兄さんたちもきっと、尚吾のことを気に入ると思うよ」

「そうだね…きっと、そうだね」


できるならあまり仲よくなりたくはない。写真を見るだけでわかる…こいつら全員、タチの悪いゲイだ。


「きれいな真珠だけど、傷つくといけないから、外して大切にしまっておくよ。いいでしょ?」

「乃亜にあげたんだから、好きにしていいよ。指輪は俺の想いを形にしたかっただけだよ。君に信頼されたかったっていう、エゴなのさ」

「…尚吾は正直だね。僕、尚吾みたいな人初めてだ。なんだか…嬉しくて泣きたくなる…」

瞳を潤ませて俺をみる乃亜はたまらない。

腰かけた乃亜を抱き上げ、リビングのソファへ寝かせ、服を脱がせる。従順な乃亜は逆らわず、嬉しそうに微笑んだ。


「乃亜」

「はい」

「これからは俺が乃亜を守るから。俺を信じて欲しい。この先ずっと君と一緒にいたい。俺をこんな気持ちにさせたのは乃亜が初めてだよ」

「僕も…尚吾を一緒にいたい」

「乃亜、大好きだ」

「…ありがとう、尚吾。僕を見つけてくれて。あの日、尚吾がこの家に来てくれなかったら、僕は森に隠れたまま、こっそりと過ごしていただろう。尚吾が僕を見つけてくれた。そして愛を注いでくれた。僕は…尚吾に救われたんだ」

「まるで乃亜は眠りの森の美女だね。それとも白雪姫かな?」

「え?」

「王子様のキスで眠りから目覚めるんだ」

「尚吾は王子様なの?」

「そうだよ。そして乃亜は…お姫様だ」


俺たちは抱き合った。

飽きもせずに互いの身体に触れ、いつまでも繋ぎあったまま、互いを味わった。

無上の幸福だった。


…物語の王子たちも、できることなら、森の中から出たくはなかったんじゃないだろうか…。



翌日は連休の最終日だった。

目が覚めるとベッドに乃亜が居なかった。リビングへ行くと乃亜の声がする。

誰かと電話で話しているようだ。

話しの内容は…俺のことだった。


「どうしてそんなこと言うの?尚吾はすごく良い人だよ。…違う。騙されてないし!兄さんも一度会ってみるとわかる。尚吾は…僕をずっと守っていくって約束してくれたんだから」

必死で訴える乃亜の声は次第に涙声になっていた。


「乃亜…」

乃亜が携帯を切ったのを確かめ、俺は顔を出した。

「尚吾…」

「兄さんたちに反対されたんだね」

「…うん」

さすがにしょんぼりとする乃亜に同情したくなった。


「不安になった?」

「え?」

「俺より兄さんたちが大事なんだろ?」

「…」

「当然だと思うよ。乃亜にとって兄さんたちは育ての親だからね。それに兄さんたちだって、ずっと育てて、愛してきた乃亜を、どこの誰かもわからない男が突然奪い去ってしまうなんて…簡単に許せるはずもないさ」

「僕、どうしたらいいのかな…」

「時間をかけてゆっくり積み上げていけばいいんじゃないかな。お互いの信頼を」

「…でも、僕…」

不安気に乃亜は俺から目を逸らした。


「時間がないんだ」

「時間?」

「…」


乃亜は黙りこくったまま、何も喋らない。

俺は乃亜の秘密を無理に聞き出すことはしたくなかった。

人それぞれ多少の秘密があるのは当然だし、逆にすべて知ってしまって互いの信頼が傷つくことだってある。

勿論、乃亜の何を知ってしまっても、乃亜への愛は揺るがないものだと、俺は思っているけれど…


ああ、恋愛ってめんどくさいものだ。ただ抱き合って気持ちの良い時間だけを過ごしていけたらどんなに幸せだろう。

家族や世間体や仕事やなんやかんや…どうでもいいことで互いに傷つくのはまっぴらだ。


「乃亜、俺ん宅へ来ないか?」

「え?尚吾の家へ?」

「ああ、気持ちのいい高台でね。海が見えるよ」

「…海…」

そう言った乃亜の身体は一瞬震えていた。

雷のトラウマだろうか…と、思ったが杞憂だった。


「ああ、僕、海が見たい…」

「じゃあ、決まりだな。これから行こう」

「え?駄目、駄目だよ」

「どうして?」

「だって…怪我が治るまで、ここに居るって…約束したから」

「兄さんに?」

乃亜は黙って頷いた。


「尚吾と一緒に行きたいけれど…約束は破れない。ごめんなさい…」


しょげ返る乃亜をこれ以上ほっておくわけにもいかず、俺は乃亜をなぐさめた。

無理強いは駄目だと思いながら、こんなところに乃亜をひとり残してしまうことが、不安だった。


俺の居ない間に、乃亜がどこかに消えてしまいそうで…怖いんだ。






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