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挿絵(By みてみん)


3.

会社から車で一時間半を費やし、帰宅する。

海岸を望む高台に建つ昔の高級住宅地のひとつが、今の俺の住家だ。

一年程前に会社に近い市街地のアパートを出て、俺は生まれ育った我が家へ帰ってきた。

なんてことはない。

親父が定年を迎えたからだ。


俺が十八の時に母親は病死したが、母が亡くなってからも親父は再婚せず、「定年までは仕事一筋で頑張る」と、お役所務めを全うした。

そして、去年、定年を迎える日に一人息子の俺を呼び寄せ、「少しやりたいことがあるんだ」と、言いだし、「チリでワイナリーを経営する友人に、暇になったならうちの畑でちょいと手伝いなんぞしてみないか…って誘われてなあ」と、笑った。

海外なんて旅行でも行ったこともない親父の突然の決断に驚いたけれど、反対する理由なんてない。

「それでな。できればだが…尚吾にここに戻ってもらいたいんだ。この家を空き家にしておくのも物騒だし、人が住まないとすぐに荒れてしまうだろ?せっかく父さんと母さんで建てた家だから、誰かに渡すのも嫌なんだよ。我儘だとは思うけど、頼まれてくれないか?ついでに、熱帯魚の世話も任せたいんだが…」

「…」


今更なんで俺が、実家に戻って、あんたの趣味の魚の世話をしなくちゃなんねえんだよ!めんどくせえ~っ!と、思ったけれど、…なんとなくだが、親父の気持ちがわかる気がした。だから、俺は「わかった、後は任せてくれ」と胸を叩き、親父をチリへ送り出した。


親父からは、定期的に写真を添えたメールが来る。

ブドウ畑で働く親父は、こっちで生活していた頃と比べても、ずっと活力に満ちた顔をしている。


親父は母が死んだのは自分の所為ではなかったのかと、ずっと自分を責めていた。母の病気に早く気がついていれば、助かったのに…と、悔やんでいた。

哀しみは時が経てば薄れると言うが、親父の場合は逆だった。

時と共に母の思い出の中で生きるようになった親父を、俺はずっと見てきたんだ。

定年という区切りをつけ、親父はやっと自分が背負い込んだ罪から解放されたのだろう。


「良かったなあ、親父…」と、俺はパソコンの液晶画面に呟いた。


熱帯魚の世話は慣れてしまえば思っていたよりも面倒でもなく、またアクアリウムでゆったりと泳ぐ魚たちを見ていると、確かに癒される。

場所的には少々通勤時間など不便はあるけれど、シンと静まった夜は、遠くで鳴る波の音が子守唄代わりになり、心地良い眠りにつく。

生まれ育った我が家の良さをこの年になって、やっと気づき始めたところだ。



乃亜のことを忘れたわけではなかったが、仕事に追われていたのと、連絡を取る手段もなかったから、彼と別れて一週間が過ぎてしまった。

俺はリフォームのデザインと見積書を持って、乃亜の家へ向かった。


なにしろ乃亜の家は会社からは車で二時間以上かかる。往復で四時間だとしたら、一日がかりの仕事になる。

あの約束を忘れていなければ、その夜は乃亜の家に泊まることになるかも知れず、俺は翌日に有休をもらい、その日の夕方から乃亜の家に向かった。勿論、乃亜の家で食べるであろう食材も沢山買っておいた。


夢ではなく、緑の木々に囲まれた煉瓦の洋館は確かに存在していた。

なんだか不思議な気持ちに胸が鳴る。

あの砂糖菓子のような美少年…いや美青年が本当に実在したのだろうか…

俺に抱かれてもいいと言ってくれた乃亜のことを、俺は何ひとつ知らないままだ。


玄関のドアベルを叩く。

返事はない。俺は少し不安になり、もう一度叩きながら、俺は「乃亜?俺だけど」と、大声で呼んでみた。


「尚吾…さん?」

ドアの中から乃亜の声が聞こえた。

俺はドアが開けられるのも待てずに、自分から開け、そこに乃亜の姿を見つけると、安堵の溜息を吐いた。


乃亜は車椅子には座っておらず、松葉杖を両脇につき、立っていた。

「乃亜、足の怪我大分良くなったんだね」

「…尚吾さん…」

俺の名前を呼びながら、近づく乃亜は、両手から松葉杖を離し、俺に向かって倒れ込むように俺の胸に飛び込んでくる。


「乃亜…」

俺は乃亜の細い身体をしっかりと受け止め、強く抱きしめる。

「会いたかった…すごく会いたかったんだよ」

「遅くなって悪かったね、乃亜」

「僕、すぐに来てくれるって、勝手に思ってて。尚吾さんのことをずっと考えてて…ずっと待ってて…もしかしら、もう来てくれないかもって…不安で…」

少し震える声で「寂しかったんだ」と、言う乃亜を見つめ、その涙に濡れる瞳を見た途端、俺は…欲情した。

そして、それを抑える気は全くない俺は、乃亜の身体を抱き上げ「寝室は?」と、聞き、指差す乃亜に案内され、またたく間に乃亜の服を脱がせ、そのままふたりベッドで絡み合った。

慣れないウォーターベッドの感触に、最初は驚いたけれど、慣れてしまえばその揺れぐらいも良い快感に変わる。


優しい初歩のキスから始め、どんどんと猥雑さを絡め、乃亜を好きなだけ支配していく…つもりだったのだが…。


ビギナーだと思ったはずの乃亜は、最初は少しだけ恥じらいを見せたが、肌を合わせる頃になると、途端に積極的になった。と、いうか…手慣れた男娼のようにめちゃくちゃ慣れた性技で、逆に俺を翻弄しようとする。かと言って、肝心の挿入は処女のように痛がるし、中も決して慣れているとはいえない。

こちらは怪我をしている乃亜の足にできるだけ負担をかけまいと、無理な態勢はできるだけ避けようとするのに、乃亜はお構いなしに求めてくる。

別に俺も初物がめちゃ好きとか、そういうえり好みは別段持ってないし、積極的な乃亜も純情な乃亜も構わないし、多少の矛盾があろうが、乃亜の身体も喘ぐ顔もめちゃくちゃ俺を欲情させるから、いつまででも何回でも泣かせたいって気分で責め上げた。


俺の腕を枕に、疲れて眠る乃亜がいる。

泣かせた痕が身体中に残っている。

少しも嫌がりもせずに、従順にそれでいてもっととせがむ身体も愛おしいとは思うけれど…

物足りないわけじゃない。むしろ逆で、快感は鋭く、恐ろしく逃れられない乃亜の魅力に夢中なのに、感情的な不満がある。


俺は嫉妬しているのだ。乃亜の身体をこんな風に仕上げた見知らぬ男に…。


全くもって変だ。

今まで、色んな男(大部分が少年)と遊んできたし、その中には手慣れた奴も、男娼をしている子もいたんだ。

そいつらとの付き合いはただ楽しめば良かった。だけど…


だけど、この子…乃亜がセックスに慣れていることに嫌悪感を感じるなんて…


「本気になっちゃったかな…」


誰にも渡したくない。そんな気持ちを俺は生まれて初めて味わっていた。



「尚吾さん?」

すっかり日も暮れた頃、リビングの台所でひとり食事の用意をしている俺に、松葉杖をついた乃亜がやってきた。

「やあ、乃亜。やっとお目覚めかい?腹が減ったから、勝手に台所を借りて飯を作ってるんだ…構わなかったかな?」

「もちろん、構わないけど…尚吾さん、料理できるの?」

「もうすぐ三十になる独身男が料理のひとつもできないでか。学生の頃からずっと独り暮らしで生活してきたからね。家事全般得意な方だ」

「すごい…」

「乃亜も食べるだろ?白飯が残っていたから、簡単に味噌汁と野菜サラダと豚の生姜焼きにしたけれど…」

「うん、うれしい」


テーブルを囲んでふたりで食事するなんて、久しぶりの団欒だった。

俺の作った料理を一口食べるたびに「おいしい、これ、おいしいね」と、繰り返す乃亜。

笑顔満面の乃亜に、俺もついつられて口元が緩んでしまう。

こんな子とずっと一緒にいられたら、俺の人生は平凡でも優しい日々に満ちたりるのかもしれないな…


「ご馳走様でした。尚吾さんの手料理最高でした。僕、不器用だからついレトルトものばっかりになっちゃって。こんなに美味しい食事は久しぶりだった」

「そう?でもさ、乃亜は不器用じゃないじゃないか」

「え?」

「ベッドの中の君は、こちらが驚くほど積極的だったし…」

「…」

「それを責めているわけじゃないけれどさ…」

せっかく乃亜が淹れてくれた食後のコーヒーが不味くなるかもしれなかったけれど、しょうもない嫉妬はいつまでも腹に溜めない主義だ。


「…あ…ああいうの尚吾さん、嫌い?口でするの僕、下手?手の方がいいの?尚吾さんが望むなら僕なんでもするよ」

「え…と…いや、そういうことじゃなくてさ。俺の他に乃亜を抱いた奴に対する嫉妬だよ」

「へ?…僕、尚吾さんが初めてだよ。生まれて初めて今日セックスしたの」

「…」

「大好きな…愛する人とセックスをすることが、僕の夢、願いだったの。…尚吾さんに出った時から、この人が僕の運命の人だったら…って。だから尚吾さんが僕を抱いてくれるって言ってくれたのが、とても嬉しかったんだ。そして、こんな風に一緒になれて…」


夢心地に酔いしれた乃亜を見ていると、彼が嘘を言っているとは思えず、それに確かに、乃亜の身体は慣れているようで肝心なところはウブなままだったから、セックスが初めてだと言われれば、そうかもな…とは、思うのだが…


「ねえ、乃亜。俺もセックスについては大概褒められたもんじゃないし、君が初めてかどうかは問題にしたくない。ただ…嘘はつかないで欲しいんだ。本気で君と付き合いたいって思っているから」

「…嘘って?僕、尚吾さんの気に障ること、なにかした?…そんなに僕のセックス下手だった?」

「違うって…。乃亜、泣かないでね。君があまりに…慣れているように見えたから、俺も戸惑っているんだよ。君が初めてじゃないって本当のことを言ってくれれば、それでいいんだ」

「…尚吾さんが初めての人だよ。だって…大切な人に初めて抱かれる時、何もできないままでいるのは礼儀知らずだから、ちゃんと色んなテクニックを覚えて相手を気持ち良くしてあげなきゃならないんだって…兄さんが言ったんだもん!」

「…にい…さん?」

「うん、兄さんがセックスのやり方を教えてくれたんだよ」


…兄さんって…乃亜の兄貴があんな性技を教えたっていうのか?


「君の兄さんって…本当の?」

「うん、…あ、母親は違うけれど…。僕のお母さんね。お祖父ちゃんの反対を押し切ってお父さんと駆け落ちしたんだって。でも僕が小さい頃に亡くなっちゃって…。お父さんは仕事で忙しいからって、兄さんたちが親代わりになって、僕を育ててくれたんだ」


…へ?にいさん…たち?…たちってなんだ?


「僕、昔から不器用で、兄さんたちに心配かけっぱなしで…。怪我したのも兄さんたちと一緒に崖から飛び込みの練習してたら、岩にぶつかって複雑骨折しちゃうし…。いつもこんな風だから、みんな僕を心配して、恋人が出来たら、飽きられないようにって…色々教えてくれたの」


…み、みんな?…みんなって…なに?


「あの…さ、乃亜。君の兄さんって…」

「はい」

「…ひとりじゃないの?」

「うん、兄さんは五人いるよ。僕は六人兄弟の末っ子なの」

「…」


ろ…六人兄弟…?五人も兄がいて、そいつらが乃亜をこんな風に仕込んだっていうのか?


…どんな禁断の実食べまくりの変態家族なんだよ…


「いつか尚吾さんを兄たちに紹介したいな~。きっとびっくりするよ。尚吾さんがあんまりステキだから」

全く悪気のない素振りの乃亜を見ていたら、邪なのは俺の方じゃないのか、と、一応自分を責めてみた。


責めてはみたが、やっぱり異常なのは乃亜の家族の方じゃないだろうか…


かと言って今更、惚れた弱みで乃亜を嫌うこともできやしない。

こんなに可愛くてセックスも申し分ない理想の美少年なんか、これから先一生、俺の前に出てくる気がしねえ!

まあ、家族って言ったって、ふたりの愛の前には太刀打ちできるわけねえし、イザとなりゃシカトすりゃいいんだし…


「尚吾さん、僕、幸せだよ」と、乃亜が笑うから、

「俺も幸せだよ、乃亜」と、当然、俺も応えた。


…きゃわいい…たまらん、その笑顔。


乃亜はぜってえ俺のものだ。

この先…なにがあってもクソ兄貴どもに、変なマネなんぞ絶対にさせるかよっ!




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