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2.

「こんなに雨が酷くては、お仕事にならないでしょ?中で少し休んでいかれます?」

「え?いいの?…いいんですか?」

「はい、どうぞ」

可憐な花(花の名前なんて俺はあまり知らない)のような、微笑みを絶やさずに、車椅子をキュッと回転させ、その少年は家の中へと案内した。


玄関には上り口がなく、足拭きの絨毯で靴底を拭くと、そのまま少年の後を追いかけた。

ドアを開けた先の広い洋間は、リビング兼ダイニングルーム。向かい合わせの白いソファがひときわ目立つ。壁紙は正面ビクトリア朝の凝ったつる草文様。正面のガラス戸も十分な広さを誇っており、その先に広いテラスが続く。

テラスの先は…真ん中の小道を挿み左右に木立が続く。小道の先はどしゃぶりの雨に煙ってわからない。


…それにしても…この家にこの子が一人で住んでいるのか?…まさかな。


少年は台所で手動のコーヒーミルを回している。が、車椅子のままではなかなか力が入らないらしく、手こずっている様子。

「ああ、俺がやりますよ」

俺は急いで彼の代わりにミルを回し始めた。すぐにコーヒー豆の良い香りが辺りに広がる。

「すいません。お客様をもてなすのは僕の仕事なのに…」

「いいよ。無理に雨宿りさせてもらったんだから、このくらい当たり前…あ、ごめん。ついタメ口きいちゃってるね、俺」

「いいえ、その方が僕も楽ですから」

ニコニコと俺を見上げる少年に、つい口元がほころんでしまう。

俺の理想の外見とこの笑顔。マジにモノにしたいぜ。


向かいあわせにソファに座り、淹れたてのコーヒーを飲みながら簡単な自己紹介を伺う。

少年の名前は「真栄里乃亜まえさとのあ」と、言い、普段は家族と過ごしているのだが、足の怪我の為、祖父の残したこの家で療養中とのこと。

「うちは海外をあちこち行き来するのが仕事なんです。怪我で歩けない僕が一緒にいたら足手まといになっちゃうでしょ?」

「…」

だからと言って、こんな子をひとり置き去りにしておくか?普通。


「怪我をして不自由なのに、ひとりで大丈夫なのかい?」

「うん。ほら、欲しいものがあったらインターネットで注文して、届けてもらえばいいから。料理も少し上手くなったの。以前は全然やったことなかったんだけど…今朝はホットケーキが上手く焼けて美味しかったんだ」

「そう、良かったね」

なんつうか、この子の一挙手一投足がめちゃかわいいんだが…計算かな?だとしたら俺、完全に罠に嵌ってるわ。


普段はひとりなのか、慣れてしまったら、こちらから話を振る暇もなく、お喋りが止まらない乃亜が、愛しくも、少し可れになってしまう。


「ひとりで寂しくないの?」

「…寂しいけど…メールや電話もあるし、怪我が治ったら、戻れるし…それまでの辛抱だから」

「じゃあ、怪我が治ったら、この家から出るの?」

「そのつもりです。…あ、瀬尾さん、家のリフォームでこられたんですよね。お役に立てなくて…ごめんなさい」

「いや…それはいいんだけど…」


マジかよ。じゃあ、この子の足が治る前に、俺のものにしなきゃならねえってことじゃないか。


「い、いつ治るの?」

「え?」

バカなことを言っているとは思った。三十にもなろうっていう男が、こんな子供を相手に必死になってどうする。


「多分…ひと月もかからないと思うけど…」

「そう…早く治って帰れるといいね」

「…はい」

「…」

なんだか暗い気持ちになってそれ以上会話が続かない。

暗いのは気持ちだけじゃなく、昼間だというのに、陽が落ちたみたいに部屋の中は暗いし、ガラス戸に叩きつける雨音も段々酷くなる。

その上、稲光と共に雷がだんだんとこちらへ迫ってくる。


ソファに座る乃亜は、まだ幾分遠い雷鳴を怯えてか、両手で耳を押さえ、俯いている。


「気分悪いの?」

「…僕、駄目なの。前に…泳いでて…海に雷さんが落ちて…溺れそうになったから…」

話す言葉も震えている。

…どうみても本気で怯えている。

俺は立ち上がり、乃亜の傍に座り、震える乃亜をそっと抱き寄せた。


「あ…」

「こうしてたら、少しは安心するだろ?」

「は、…はい」

顔を真っ赤にした乃亜は嫌がりもせず、俺の腕の中にすっぽりと身を委ね、少し緊張した面持ちで俺の胸に頭を寄せた。


その直後、すさまじい閃光が光り、ものすごい雷鳴が家全体を震わせた。

「ぎゃああ!」と、乃亜は叫びながら、俺の胸にすがりついた。

「怖い…こわいよお…」

すでに涙声だ。しがみつく両手の指が俺の背中に食い込むほどに、震えあがっている。


「大丈夫、大丈夫だから、乃亜」

溺れたことが、乃亜のトラウマになっているのだろう。俺は乃亜の背中を何度もさすり、「大丈夫だよ」と、繰り返した。


と、いうか…この状況って、めっちゃ役得じゃねえ?

このまま押し倒してやっちまっても、今ならこの子なら、嫌がったりしないんじゃねえ?

しかも、この子以外誰もいない独り暮らしだし、邪魔も入らないんなら、別にかまわないじゃねえ?

勿論、この子の同意は得るつもりだけど。


…なんつうか、この子ってすげえよ。片腕にすっぽり回せるぐらいのか細い腰つき、華奢で繊細な関節。ぷにぷにした腕周りとか、 髭剃り後もない赤ちゃんみたいなまっ白な肌艶や猫毛のやわらかな髪の匂いやら…なんやら…もう、俺の性的欲情を刺激しまくりなんですけど…


「ね、乃亜、キスしてもいい?」

「…」

「乃亜?」

返事のない俯いた乃亜の様子を伺うと…なんとも…ぐっすり寝付いている。


はあ?マジか…

その寝顔たるや、かわいいとか愛らしいとか萌える…とかいう表現じゃぜんぜん足りないほどの…たまらん子羊の態。

こんなのを腕に抱いて、何もできない俺って、性欲のない媒体になるしかねえんじゃないの。

…こういうのなって言ってたっけ。

え~と…針のムシロ…?


ムシロってわけわかんないけど、とりあえず、俺は桃のほっぺを指でつんつんと突いてみた。

乃亜は長い睫が揺れ、ゆっくりと榛色の瞳が俺を見つめ、何度が瞬きをした。

「あ…ああ?」

目を覚ました乃亜はこの状況を認識し、「ゴメンなさい。寝てた…」と、素直に謝った。

「それは俺の腕の中が、乃亜が眠ってしまうほど気持ち良かった…と、解釈してもいいの?」

「…あ、はい。…瀬尾さんの体温がすごく気持ち良くて、なんだか安心してしまったの」

「瀬尾さんじゃなくて、尚吾って呼んで欲しいな」

「…尚吾…さん」

「うん、それでいいよ。ね、乃亜、目覚めのキスをしてもいいかい?」

「え?…え…と…はい」

そういうと、乃亜は静かに目を閉じ、俺の方に顔を向けた。

初めが肝心とばかり、俺は乃亜の口唇に軽く触れ、チュッと音を立てて、口唇を離した。


「こんなキス、初めてだ…」

乃亜は驚いた顔で自分の指で口唇を押さえている。その仕草がかわいくて、俺は尋ねた。


「ねえ、乃亜、君って年幾つ?」

「もうすぐ二十歳だよ」

「…」


絶句。

こんなに純真無垢の外見とキスでうろたえるウブな乃亜が、二十歳だなんて…そんな大人、俺は今まで見たことねえぜ。


まあ、いいさ。

未成年じゃなきゃ、罪にもなりゃしねえんだから、誰に気兼ねもいらない。

素敵な大恋愛をしようじゃないか。


今日のところはこれまでと、雨が止んだのを確かめ、俺は帰り支度を始めた。

車椅子の乃亜が玄関で見送った。


「あの…尚吾さん」

「はい?」

「先程のリフォームの件ですけど…お願いしてもいいですか?」

「え?でも…君は…」

「怪我が治ったら、この家を出る予定なんだけど、たまにここへ戻ったりもするから、痛んだ場所を綺麗にするのは、祖父も喜ぶと思うんだ」

「だったら家族に相談して決めた方が良いんじゃない?」

「この家は僕が祖父から譲り受けたものだから。だから僕が決めていいし…それに祖父は多少の財産も残してくれたから、ちゃんと支払うこともできます」

「…それはいいけれど…本当に構わないの?」

「うん、だから…また来てくれる?」

「…」

少しだけ潤んだ乃亜の瞳を、どう理解すればいい。

俺を想って、俺にまた会う理由を見つけたくて、そんなに必死になっているのか?


「今度ここに来た時、俺は乃亜を抱くよ。君が好きだから。それでも構わない?」

率直な打診を試みた。こういう子にははっきり欲しいと言った方が効果がある。


思った通り、乃亜は嬉しそうに「うん」と、頷いた。

そんな乃亜がたまらなくて、俺は乃亜の前に屈み込み、「今度会うまで」のキスをした。



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