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挿絵(By みてみん)


「人魚姫 ♂」


十八の時に死んだ俺の母親は、俺の幼い頃、流行っていた情操教育に影響されたらしく、やたら絵本を読み聞かせてくれた。

その読みっぷりがなんとも気合入いりまくりで、聞いているこっちは、楽しい場面は大声で笑い、悲しい場面では大声で泣き、怖い時は悲鳴をあげる程だったから、俺は世界中の有名な童話を母のおかげで大いに楽しませてもらった。


しかし…母の読み聞かせてくれた物語の大方は、二次創作ばりの大嘘だった…


まあ、童話を元に作った有名な映画だって、どこかしら作りめいていたり、原作無視の終わり方だったりするのだから、今更母を責めたりはしないけれど、成長し、改めて原作を読んで知る事実に愕然となったものだ。


そのとっておきが「人魚姫」って奴で…

あれは王子に一目ぼれした人魚姫が、嵐で海に溺れた王子を助けて、この人の傍に居たいからって、人間になる為に、声を代償にしてまで魔女からもらった薬を飲んで、せっかく人間になれたのに、自分が助けたことも、愛の告白もできないまま、王子は違う女子と結婚する。絶望した人魚姫は、王子を殺せば、元に戻れるという、姉たちの願いも虚しく、海に身を投げて泡になって死ぬ…

と、いう…悲惨極まる残酷物語で、俺はその事実を知った時、その夜は眠れないほどだった。

だって、母が聞かせてくれたものは…

王子も人魚姫も、もっと利口で、語れない言葉を絵や文字にしたり、目を合わせて心を通じ合わせたり…とても豊かに「恋」をする物語だったんだ。

そして、多くの障害を乗り越えて、ふたりは結ばれる…


省みると、母が読み聞かせてくれた有名な悲恋物語は、悉くハッピーエンドに変わってしまっていた。

だが、それは俺にとって幸せな思い出に違いなかった。

  


もうすぐ三十路なるからと、周りはやたら結婚を薦める。

確かに三高で、容姿端麗、頭脳明晰、ちょいと気障で俺様だけど、そこも憎めず、その上色男。この上ない俺に、オフィス内での色恋沙汰が噂にならない日なんて、滅多にない。

女たちは俺の前では、変にしなったり気取ったり、色目を使ったりと、俺を落としにかかろうと必死の形相。

「身持ちが悪いし、相手が可哀想だから、当分結婚はしませんよ」と、笑ってスルーするのだが、近頃、肩身が狭い。

気に入っていた職場だが、そろそろ辞め時かも…

大学を卒業して以来、銀行、証券会社、IT企業に、建設会社と、渡り歩いてきた。

こじんまりとしながらも、自由に意見を言いあい、個々で責任を持ち、和気あいあいと仕事に励む職場で、俺の性分にも合っているから出来れば続けたいのだが…。


住宅建築&リフォームのデザインと営業が俺の担当で、割と時間の自由がきく外回りが俺には打ってつけ。この美貌と巧みな会話術で、依頼人の満足度は高く、営業成績も優秀。なのに、なぜか周りに恨みを買わない人柄…なんつうか、人徳?…つうか、アラサーだからか?

そういや、近頃、訪問する家の奥様のおもてなしも、コーヒーよりも渋めの御茶が出てくる場合が増えている気がする。


「瀬尾さん、まだ結婚なさらないの?三十におなりになるんでしょ?」

「はあ…」

「それとも女遊びが過ぎて、結婚なんてつまらないってお思いかしら?」

「いやいや~…」

いやいや…女遊びじゃなくて、男遊びはやめられませんけど…

特にきれいな少年は好物です!…とは言えず、まさにお茶を濁す俺。


気がついたのは母親が死んでからだった。なんとはなくは感じていたが、枷が解かれたのだろうか。俺は男、それもやたら少年と寝るようになった。

なんてことはない、俺は生まれつきのゲイだったってことだ。


ペロポネソス派アポロンのような美貌にかまけて、少年や中年のおじさんやおばさんを次々と陥落、翻弄した挙句、なんの未練もなく切り捨てて生きる三島の「悠ちゃん」が俺の理想になった。と、言っても、俺は「悠ちゃん」とは違い、本当の愛を見つけ、それを守っていきたいとは思っている。だが、相手が男、しかも美少年となると、探し出すのは至難の業。

せめてアッシェンバッハになる前には、理想の少年に出会いたいものだ。


出てこい!俺の運命の美少年!




林というより、森林と呼んでもいいだろう。

道の両側に高木林が真っ直ぐに天に向かって茂っている。

きっと冬は見事な雪景色を見せるだろうこの一帯は、夏を過ごすには打ってつけの別荘地だ。


一定の距離を置き並ぶ別荘は、新築も古いそれも立派な様相だ。そいつの建て替えやリフォームの注文を請け負うのが、目下、俺の仕事。

折しも本格的な夏の始まりを告げる半夏生。

いくつかの別荘には、家主たちが戻り賑わいを見せている。


その林の突きあたりに、煉瓦壁の見かけの良い洋館が建っていた。

空はどんよりと暗く、今にも雨が降りだしそうな怪しい雲行き。

俺は近くに車を置き、錆びた鉄柵の外から、その家の外観を眺める。

しっかりと丁寧な作りだが、いかんせん古い。

びっしりと蔦が絡まるのは風情があって良いけれど、手入れが全くと言っていいほど行き届いていない。と、いうか長年ほったらかしの様相。

壊れかけた門扉を開け、雑草の茂った庭を歩き、裏に回ってテラスを覗くと、やはりここの木材も痛みが激しい。

「こりゃ色々手入れがいるんじゃないか」と、俺は営業マンとしての役目を果たすべき、その煉瓦家の玄関に立った。


観音扉の上を飾るステンドグラスのまわりを囲むルネットの使い方もとても綺麗だ。

その波の模様と…魚?…いや人魚の形を彩るステンドグラスと青みがかった扉の色のコントラストがすばらしく、背景に聳える森林の緑が海の藍のようにさえ感じる。

屋根の上にさりげなく回る風見鶏のデザインもイルカか魚のような形だし、きっとこの家の持ち主は海が好きな人なのだろう。


アラベスク模様のドアベルを叩く。

若い声が遠くに聞こえた。…が、一向にドアが開く気配がしない。

「すいません。誰かいらっしゃいませんか?」

「あの…ど、どちらさまでしょうか?」

「え…H・C・Aデザイン事務所の者です」

「…何の御用でしょうか?」

怪しい奴と疑われているのだろうか、室内からの声は明らかに警戒している。


「あの…私は建築コンサルタントの瀬尾と申します。煉瓦作りの素敵な別荘なので、少し見せて頂ければ…と、思いまして」

「…」

「…外観だけでも見せてもらってもよろしいでしょうか?」

「…はい」

猜疑心の籠った声を聞き、ドアを開けてもらえそうもないと感じた俺は、仕方なく、一旦玄関を離れることにした。


悪いことにぽつぽつと大粒の雨が降り始め、瞬く間に激しい豪雨へと変わり、俺はしばらく身動きが取れなくなってしまった。

しかし、このままここに居てもしかたがない。ずぶ濡れ覚悟で傘を取りに一旦車まで戻ろうと、アプローチから離れた時、玄関の扉が開いた。


「あの…雨、大丈夫ですか?」

恐る恐る声を掛ける声に、俺は振り返った。

そこには車椅子に座る少年が、俺を見上げていた。

「あ…」

俺は思わず感嘆の声を上げた。

その少年は…(見かけは十五、六が妥当)今まで練り上げてきた俺の理想の美少年に、ものすごく近い…つうか、そのものと言っても過言ではない。(しかし、頭の中の理想というものは非常にあやふやで、常に自分の都合の良い様に変化するものだと、十分理解はしている)


東洋と西洋を掛け合わせ、それが成功した繊細な美貌、白くきめ細かな肌に仄かにピンク色に染まった頬もいじらしい。ゆるく波打った明るい褐色の豊かに長い髪。虹彩の周りを濃い海老茶色に囲まれた榛色の瞳。なによりも華奢で、か細い足腰。

少し不安気に俺を見上げる瞳に絡み取られ、一旦止まった俺の心臓は爆発的に鼓動を始めた。


これこそ天啓ではないのか!

今まで幾多の男どもとの儚い恋愛を経ても、真実の恋に恵まれなかった俺を、神様は(この際死んだ母親でもなんでもかまわん)哀れに思い、三十を前にしてようやくこの少年に導きたもうたのではないのか!


…うわ、めっちゃ食いてえ~…


狼心は大人の自制心で顔には出さず、俺は少年と目線を合わせる為、素早く屈みこみ、その少年に名刺を差し出した。


少年は俺の名刺を受取り、俺の名を読んだ。

「瀬尾…尚吾…さん?」

「はい、そうです。どうぞ、尚吾とお呼びください」

跪きお辞儀をしたのは、大学時代のホスト(ゲイ専門)のバイト時の癖が思わずでてしまったからだ。

しまった!と、思ったが、車椅子の少年は俺を見てクスクスと笑った。

その笑う顔がもう…なんとも…たまらない…


よっしゃ!この美少年、命に掛けても、絶対モノにしてみせる!


と、俺は天に(もう誰でもいいんだが)誓ったのだ。




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