クラティシア
いつものいたずら者の雪の精霊がテントにやってきた時、サーカスの動物たちは一斉に雪の精霊を無視した。
冷たい雪を降らせ、それをありがたいと思うように?
冗談ではない。
少しなら綺麗でも、積もるほど多い雪には困りものだ。
サーカスは移動できないし、寒くなるし、春になれば雪解けの鉄砲水が起こる地域もある。
そして、時には生き物を凍えさせて、命を奪ってしまうのだ。
私も例に漏れず、さっさと狸寝入りを決め込んだ。
じっとしていれば、飽き性の雪の精霊はさっさと帰ってしまう。
いつもの事だ。
そう、いつもの事。
唯一の例外は、雪の精霊を始めてみるくりゅいがいたという事だ。
けれど、私はそれに気付けなかった。
翌日、突然大雪が降った。
テントの端にいたくりゅいは、雪が降り出すなり、外に飛び出して行ってしまった。
咄嗟に捕まえようと思った時には、檻より遠くに行っていて、捕まえる事は出来なかった。私は慌てて声を上げた。
「くりゅい! 危ないよ! 早くテントにお戻り!」
声を張り上げても、くりゅいに声が届いた様子はない。
深々と降り積もる雪が、音という音を全て吸い取っているようだ。
私は雪の精霊を噛み殺してやりたくなった。
「くりゅい! 凍えちまうよ!」
私が張り上げる声に、周囲の動物たちが気付いて、同じようにくりゅいに呼びかける。
人間のいる家は遠くて、声は届かない。
「くりゅい!」
くりゅいは気付かずに、雪の上を転げまわっている。
「くりゅい!」
ひたり、とくりゅいの体に雪の銀が染み入った。
「くりゅい!」
雪の結晶のひとつひとつが染み入るように、くりゅいの茶色の毛並みを銀に変えていく。
「―――― !」
声が聞こえない。
視界が銀一色に染まる。
くりゅいはやがて完全に銀色の毛並みになり、雪と同化して見えなくなった。
「―――― ! ―――― !」
どうして檻の中でしっかり捕まえておかなかったんだろう。
あんな小さな子ギツネだったのに。
そうした後悔の気持ちすら吸い取るように、雪は、今まで見た事もないほど深く、深く積もって行った。