ネージュ
たまには、と雪を降らさずにいてやったというのに、街の連中やいつもこの時期やってくるサーカスの一座は感謝の言葉ひとつ述べやしない。
雪の精霊というのは何とも損な役回り!
こんなに綺麗で美しく、ひとつとして同じ形のないように細心の注意を払って結晶を舞わせても、みんな恨み言しか言わない。
確かに雪が降れば寒くなる。
でもそれは水を凝固させるのに必要な事だ。
春になれば雪解け水は沢を潤すのに、人間共は文句しか言わない!
子どもたちだってそうだ。
喜ぶから張り切って降らせてやれば、すぐに飽きてケチをつける。
動物もそう! 寒い寒いと大騒ぎをしてさっさと冬眠してしまう。
私が彼らの寝床の上に、厚い雪の布団をしいてやっているというのに、春になればその恩も忘れた顔で「やっと春になった!」
……本当に本当に、雪の精霊なんてやっていてもひとつも良い事はない。
アタシの銀のドレスだって、見る者だっていやしない。
みんなアタシを見るなり顔をしかめて逃げていく。
冗談じゃない!
こんなに綺麗な雪なのに!
何でこんな嫌な思いばっかりしなくちゃいけないんだろう!
いつものようにぷりぷり怒りながら、アタシはサーカスのテントに入る。人間たちには見えないが、動物にはアタシの姿が見えるのだ。
感謝すらしない連中に嫌がらせをしてやろうと思ったのだ。
まっ先に会ったのは小汚い子ギツネだった。
見ない顔で、向こうもアタシが何者なのか解らないようだった。
「アタシは雪の精霊、ネージュよ」
「じゃああなたが、空から降ってくる綺麗な冷たいお花の精霊なの?」
子ギツネは眼を輝かせてそう言った。
アタシはびっくりしてしまった。
「冷たいお花を降らせて! ボク見た事がないんだ」
子ギツネはそう言った。
ふん、口が良いのも本物を見るまでの事。
どうせこの子ギツネも他の連中と一緒! 雪を見たとたんに嫌がるに決まっている。
そう思って、子ギツネに見せるために雪を降らせてやった。
今まで降らせなかった分まで降らせてやった。
綺麗に形作った結晶を山程! 一昼夜休まずにずっと!
雪は全てを多いつくし、街は雪にうずもれて美しく白くなった。
人間たちは慌てふためいたが、良い気味だ、と思った。
アタシはどうだ、と子ギツネの所へ言いに行ってやった。
どうだ、お前が物も考えず言った科白がこうなったのだと。
「凄い凄い! 本当に空から綺麗なお花がたくさん降ってきた!」
子ギツネの返答はこうだった。
雪が降っている間外にいたのだろうか。
小汚い毛並みだった子ギツネは、いつの間にか雪と同じ銀色の毛並みになっていた。
「雪を降らせてくれて、ありがとう!」
子ギツネがそう言って笑うので、アタシは言葉につまってしまった。
今までになかった事だ。
産まれて初めて感謝をされた。
アタシはどうしたら良いか、分からなくなってしまった。