クラティシア
私はクラティシア、と呼ばれるメスライオンだ。
みんなには縮めてラティ、と呼ばれる事が多い。
というのも、私は旅興行をするサーカスのライオンなのだ。
だからこんなに長くて妙な名前がついている。
ある日、このサーカスにいっぴきの子ギツネがやってきた。
もちろん子ギツネが勝手に出歩くわけもない。
連れてきたのは、このサーカスの娘のひなた嬢ちゃんだった。
ひなた嬢ちゃんが他の団員に話すのを漏れ聞いた所によると、どうやらその子ギツネは親ギツネや他の兄弟ギツネと共に、森で撃たれて倒れていたらしい。
兄弟や親の体に挟まれていたせいか傷が浅く、その子ギツネだけが奇跡的に助かったのだそうだ。
タチの悪い奴らが面白ずくに殺したのだろう、酷い事をする、ととても怒っていた。
私も同感だった。私たちライオンならそんなことはしない。
その子ギツネがようやく回復し、初めて私の檻の前にやってきた頃には、サーカスはその子ギツネの故郷から遠く離れた場所にいた。
子ギツネは、くりゅい、という名をつけられた。
小さな体で、恐れ気もなくなついてくるくりゅいを、私は邪険に出来なかった。
頻繁にやってくるくりゅいに、私はよく他国の話をしてやった。
東国の話、南国の話、西国の話。
中でもくりゅいが興味を示したのは北国の「雪」の話だった。
何でも、くりゅいは母ギツネによく「雪」の話を聞いていたらしい。
しかし、くりゅい自身は南の方に住んでいたので、「雪」というものを見た事がなかったのだそうだ。
私は「雪」とは空から降ってくる冷たい花で、一見美しいがその寒さや降り積もった雪の起す雪崩は筆舌に尽くしがたい恐ろしさなのだ、と説明した。
母ギツネとの思い出の話でもあると聞いたので、少しばかり「雪」の美しい面を強調しすぎたのかもしれない。
くりゅいには見事に都合よく美しい部分しか伝わらなかった。
本物の「雪」を見た事がなかったのがそれに拍車をかけたのだろう。
今、サーカスは北国に向かっている、と言った途端暇になると外に出て、いつ憧れの「雪」が降ってくるかと、じっと空を見つめるようになってしまった。
今はまだ良いが、じきに雪の深いあたりに行く。
もしもくりゅいが荷台から落ちたり、うっかり外で眠ってしまって凍えでもしたら、と私は気が気ではなかった。
幸い、普段ならばもう雪がちらつく頃であるというのに、まだ降っていない。
団長も首をかしげつつ、旅足が鈍らないのを喜んでいた。
結局、非常に珍しい事に、普通であれば雪が深くなる辺りの街まで来ても、雪は降らなかった。
みんなが珍しいが良かった、と安堵する中、くりゅいだけが耳と尻尾を垂らしていた。