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フード男

 家に到着し、ドアノブを握ろうとしたところ、それがやけに赤いことに気付いた。よく見たら、字が書いてあった。これは、彼が書いたのだろうか。『さよならなんて嫌だよ。ずっと一緒だからね』

さよならなんて、来るもんかよ。

テレビをつけたが、さすがに学校が失踪したニュースはまだ流れていなかった。テレビの音が煩わしかったのか、新聞を読んでいた父が舌打ちをした。俺は仕方なくテレビを消し、自分の部屋へ向かった。

部屋に入ると、唖然とした。黒いクレヨンで壁に落書きが施されていたのだ。フードをかぶった誰かが、誰かに刃物のようなものをつきたてている絵だ。ここ数日間の経験からして分かる。これはおそらく予言だ。

ぐんと喉が渇き、呼吸が苦しくなる。思い切りコーヒーでも飲めばすっきりするだろうか。そんなことを考えながら、俺は絵から目を離せずにいた。

突然ドアがノックされ、俺は心臓が飛び出るかと思った。母や父に落書きなんて見られたら一週間はこの家に入れないだろう。急いで扉を開けると、そこにいたのは妹だった。胸をねでおろしている暇などなく、俺はさっと扉を閉める。

妹はコーヒーを持ってきてくれていた。にっと笑ってそれを差し出されたので、俺はそれを受け取って軽く頭を下げた。用はそれだけだったようで、妹はさっさと自分の部屋へ行ってしまった。どこか気の利く、自慢の妹だ。俺が喋れないという理由で、妹も俺の前では喋らない。『兄妹だもん、一緒』と以前ノートに書いて見せてくれた。

コーヒーを一気に飲み干したが、残念ながら冷静になることなどなかった。なにせミルクたっぷりでまろやかすぎたのだ。

刃物を持ったフード野郎が狙っているのは、誰なのか。もしかしたら、俺かもしれない。


 次の日、俺は彼と公園で待ち合わせをしていたので、そこへ向かった。彼はブランコに揺られていた。俺に気付くと、無表情のまま手を振ってきた。当然俺も振り返す。

俺はまず昨日の絵のことを話した。彼は持参のメモ帳に知らないと記した。

それなら誰が書いたんだろうと尋ねると、彼は首を傾げながらこう書いた。『神様が創った登場人物は、僕だけじゃないのかもしれない』

今度は俺が首を傾げた。神様の創った登場人物? 彼は何を言っているんだ。

彼は長い溜め息をついて、再びメモ帳に向かった。『壁や床に字や絵を書けるのは、神様に創られた人間だけなんだ。それは暗示や予言だったり、そのまま気持ちを表した文字だったりする』

君は子守唄を歌ったのか?

『僕は子守唄を歌った。けど、それだけじゃあ、この世界の騒音には勝てなかった』

 メモ帳に書かれたその文字を見て、俺は屋上に書かれた言葉を思い出した。『みんな、世界から、無くなれば、静かになるんだ』そうか、神様は世界中の音を煩わしく思っているのか。そういえば彼も、うるさいだけで寂しいから神様が目を覚まそうとしていると教えてくれた。

 それにしても、神様に創られて、とはどういうことだ? そう訊いてみた瞬間だった。

彼が、突然大きな動きを見せた。

前転するような形で転がったのだ。俺はその光景を、目を向いてただ見ていることしかできなかった。俺のすぐ隣を、つまり一瞬前まで彼の胸部があった場所を、何かが掠めた。

刃物だ。

彼はすっと立ち上がり、刃物を引っ込める前に、それの持ち主の腹を殴った。しかし、彼の細い身体が、強靭な筋力を持っているはずがない。刃物の持ち主は怯むことなく再び彼に刃物を向けた。

どこかで見たことのあるワンシーン。刃物の持ち主は、深々と黒いパーカーのフードをかぶっていて、顔までは見えなかった。

フード男は右手には短いナイフ、左手にはなんとスプレー缶を持っていた。

落ち着いて考察する余裕などなく、俺は彼の手をとって一目散にその場から逃げ去った。フード男はこちらを見据えていたが、追いかけてくる雰囲気はなかった。ただ、持っていたスプレーを使い、周辺の道路に大きな文字で『ムダだ』と書いていた。

誰だよ、あいつ。俺がそう思うと、彼は息を切らしながら首を左右にぶんぶんと振った。

フード男の正体を考えてみた。道路に字を書いていたことから、彼が言っていた神様の創造物だということは分かる。その話からすると、彼も神様の創作物ということになる。

ここで俺は一つの推測を立てた。彼もフード男も、神様に創られた。ということは彼らは、二人とも神様なのかもしれない。学校や煙突を消したのはフード男で、彼はそれを止めようとしていた。それなら筋は通る。

彼はこの世界を消すまいと動いている。そこでフード男は、彼を邪魔しようとしたのだろう。保守的な神様と、破壊的な神様の対立、といったところか。俺は、見事にその狭間にいるようだ。


 重大なことを思い出したのは、彼と別れ自宅に戻ってからだった。彼と、家に帰ったら絶対に一人で外へ出ない、という約束をして帰宅したのだ。

それで重大なこと、というのは、フード男の持っていたスプレー缶についてだ。フード男はそれを使って道路に『ムダだ』と書いていた。今まで見た文字列の中で、口の悪かったものは、全てスプレーで書かれていた。

すると、神様の創造物は、特定の道具でしか壁や床に文字を書けないのかもしれない。彼は、ペンキばかり持っている。小屋の字も、学校が無くなった絵も、ペンキで書かれていた。その予測が的中しているとしたら、もう一人いる。文字や絵を書くために使用された道具は、スプレーとペンキだけではなかった。

クレヨン。

神様の創造物は、もう一人いるかもしれない。

こつん、という音が鳴り、俺はその発生源を見た。窓に石がぶつけられているようだった。まさか彼が来たのか、と大急ぎで窓に駆け寄る。

家の前の道路に立ち、石を手で弄ばせている人物は、暗黒、という言葉しか思い浮かばない真っ黒なパーカーを身にまとった、フード男だった。フード男は下を指差す。スプレーで文字が書いてあった。『来い』

俺は勢いで首が吹き飛ぶんじゃないか、というくらい力強く首を振った。ついさっき殺人未遂を犯した人間に易々と会いに行く人間がどこにいる。いや、殺人未遂というより、あれは神同士の殺し合いだった。ひょっとすると、この世界には数々の神がいて、その全てが夢見て創られているのがこの世界なのかもしれない。だとしたらさっきのあれは、喧嘩とも言える。

神が、人を殺すか? ふと、そう思った。フード男の標的は、あくまで神である彼のはず。

その瞬間だった。やはりフード男も神様だということが確信になった。片鱗なのか一つの神なのかは分からないけど、神様という存在なのだ。フード男は、道路にこう書いた。『殺さねえよ。変なこと考えてねえで、さっさと降りて来い』

俺の気持ちが、通じたのだ。


 そっと扉を開けると、フード男が舌打ちをした。そして再び地面を指差す。『遅せえ』と書いてあった。『遅』とスプレーで書くのは大変だったろうに。

 フード男は唐突に道路にスプレーを吹きかけた。動かすことなく、一点に集中的にだ。それなのに、なぜかそこには文字が浮かび上がってきた。『大』とある。スプレーは魔法のように言葉を作り出したのだ。フード男はそれをそのまま横へ動かした。次は『変』と出て『じ』『ゃ』『ね』『え』と続いた。どうやら、吹きかけるだけで自分の書きたいことが現れてくれるらしい。

お前、やっぱり俺の気持ちが分かるんだな。俺は頭の中で言った。彼はこくりと頷き、さらにスプレーで『てめえの友達もだろうが』と記した。

訊きたいことがたくさんある。そう思うと、彼は俺の家の壁にスプレーを噴射させた。『いいぜ、答えれるもんは教えてやるよ。

まず、なんで彼を殺そうとした!

フード男は方を揺らしながら近所の家にスプレーを吹く。『決まってんじゃねか。あいつはこの夢を守ろうとしているからだ』フード男は長い文を歩きながら書いていた。曲がり角に差し掛かり、そっと曲がって行ってしまったので、俺は急いで追った。『俺はそんなのありえねえ。全て壊して、この夢を終わらせる』ふざけるな、と俺は叫び出したいくらい強く思った。『ふざけてるのはあいつさ。なんだこの世界。いつの間にこうなった。神の睡眠によってできた世界に住んでるのによ、睡眠を妨げるくらい騒々しいのって、ただの馬鹿の集まりだろ。もう、リセットしちまえばいいんだ』

 なら、なんでスプレーを吹き付けるだけで文字が書けるんだ。それはどうなっている。俺はそう問うた。フード男は『これは俺の気持ちであり、神の気持ちだからだ』と教えてくれた。

そこで、俺の仮説が真実だったのだと悟った。彼は神様で、フード男も神様なのだ。そんなことを考えていると、フード男は、ふんと鼻を鳴らして『それだけだな。じゃあな』と書いてさっさと去ってしまった。

片割れなのか一つの神様なのかは知ることができなかったが、フード男はやはり神様だったということが知れれば上等だ。それはつまり、彼も神様だということなのだ。

俺はいい作戦を考えた。この世界を守る作戦だ。問題があるとすれば、フード男をどうするか、ということ。でも、世界が安定を取り戻せば、フード男だってこの世界が好きになるんじゃないだろうか。そうなれば、きっとこの世界は救われる、かもしれない。

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