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犯人

 次の日、俺の覚悟は固まっていた。

彼を、止める。

彼がこの一連の建物の消失の犯人だということは、俺の中で確定していた。

このままでは、彼が全てを消し去ってしまう。そんな気がしてならなかった。

今日は学校が消えるということは、彼に見せられた『明日の絵』から分かっている。そうなれば、彼は今日、学校で何かをする。俺は、それを止めるんだ。

肌に刺すような寒さに耐えながら、学校への道のりを走る。今日は土曜日なので、学校には誰もいないはずだ。いるとしたら、彼。

学校まであと半分くらい、というところで、不意にかなり強い力で肩を叩かれた。殴られたのかもしれない。焦って振り返ると、そこには誰の姿もなかった。気のせいか、とも思ったが、肩にまだ痛みが残っている。

道路。また、声が聞こえた。道路、と言った。

俺は軽い頭痛を感じながら、言われた通り道路を見る。また、字だ。スプレーで道路に字が書いてあったのだ。『行くのか? 止めるのかよ。お前、この世界、好きか?』

なんだってんだよ、もう。彼は、止められることを嫌がっているのか。

俺はその文字列に唾を吐いて、急いでその場から走り去った。

一つだけ、今日の文字列について気になることがあった。口調、喋っているわけではないのでその言葉を使うのは少しおかしいけど、今までのものと、少しだけ口調が違う気がする。そこで、今までの文字を思い出せるかぎり思い出すことにした。

 まず一つ目。『大嫌いだ。車も、工場も、高層ビルも、学校も、人間も、みんな大嫌いだ。みんな、世界から、無くなれば、静かになるんだ。いっそ、消してやりたい』なぜだか、一字一句抜けることなく思い出すことができて気味が悪かっただ。

二つ目は、今日のものと同じで、道路に書かれていた。はっきりとは思い出せないが、疲れたなら目を覚ましたらどうだ、というようなことを、質問形式で書かれていた覚えがある。そこで、一句だけ思い出した。『目ぇ覚ませよ、いい加減』

 三つ目が、おそらく林の中の小屋だ。彼が書いたもの。子守唄は届かないのか、というようなことが書いてあった。

 そして、さきほどのあれだ。

『行くのか? 止めるのかよ。お前、この世界、好きか?』

 口調は、どことなく二つ目のものと似ているが、彼が林で書いた短い文章とは似つかないように思えた。それに、普段筆談などで彼が使う文は、やはりもっと穏やかな口調で書かれている。

もしかしたら、文字列を書いているのは、彼だけではないのかもしれない。

考えているうちに、俺は学校に到着した。学校はまだあったが、彼の姿は見当たらなかった。既に彼は校内にいると考え、ひとまず校門を通過した。

その瞬間だった。

学校が、激しい光を放った。

俺は息を荒げて、ただただその光景を見るしかなかった。

迂闊だったのだ。

あろうことか、俺は彼の絵の詳しい内容を忘れていたのだ。

校門に立つ俺、そして、姿を消した学校。

まさに、今のこの状況。

この絵を書いたなら、と彼の居場所はすぐに分かった。恐る恐る裏を向くと、やはりペンキを持った彼が、悲しそうな顔をして立っていた。

俺はあらかじめ持ってきていた紙にペンを走らせ、それを彼に見せた。『君がやったのか?』

彼は、悲しそうな表情のまま、首を横へ振った。

『じゃあ、誰の仕業だよ』俺はそう書いて彼に見せた。

 彼はペンキをその場に置き、のっそりとこちらに近付いてきた。俺の目の前に来ると、紙を奪って、そこに『神様』と書いた。以前もそんなことを書かれたな、とふと思い出す。

俺は神様とやらが、何のために学校を消したのかを訊こうと、彼に紙を要求した。しかし彼は首を横に振り、さらに何かを書き足した。『君は何も書かなくていい。君の気持ちは勝手に伝わってくる』

なんで、どういうことだ?

彼は再び紙にペンで文字を書き始めた。『なんだ、どういうことだ、って思ったろ?』

どうして伝わる? 俺は試しに、そう彼に向けて思った。だが、彼は首を左右に振るだけだった。彼の誤魔化し方が巧かったわけはなく、ただ強引に流された。

次に俺は彼にこう伝えた。君はこうやって何かが消えていくことをどう思っているんだ、と。彼は珍しくにっこりと笑顔を作り、紙にこう書いた。『僕は、反対なんだ』

犯人は、彼では、ないのか。分からない。でも、目の前にいる、貴重な笑顔を見せてくれている彼を見ると、どうしても犯人になんて思えない。

俺は帰路につきながら、言葉の無い会話をした。

神様はどうしてこんなことをするんだ、と俺が考える。『神様はこの世界が嫌いになった。うるさいだけで、寂しいから』と彼は紙に書く。そんなかんじの会話だ。

だから、世界を消そうとしているのか。『そう。この世界は神様の見ている夢だ。神様が目を覚ましたら、この世界は消える』俺はこの世界が無くなるなんて嫌だ。神様を、止めよう。『協力してくれるの?』君は、ずっと止めようとしてきたのか?『うん、ずっと』それなら、俺も協力する。一緒に神様を寝かせ続けよう。

彼と分かれたあとの帰り道、俺は『神様』について考えた。煙突に続き体育館、ついには学校が消えた。彼の仕業と思っていたが、冷静になれば、それはありえないことだとすぐ分かった。人間にそんなものを消せる力はない。神様という有耶無耶な存在の仕業だと聞いて、俺はすごく納得した。

それにしても、彼はどうして神様の仕業だと知っていたのだろう。その答えはすぐに出せた。これはあくまで俺の推測だが、おそらく、彼なのだ。彼が、神様なのだ。俺の夢に俺自身が登場するように、神様の夢にも神様自身が登場しているのだ。それが、彼。俺が今まで見てきた世界とは次元の違う話だが、その推測なら矛盾が無いように思える。神様なら、俺の気持ちくらい簡単に伝わってしまうだろうし。

彼は俺に伝えたいのかもしれない。この世界を夢に見ることが疲れたのだ、と。俺も他人のことを言えないが、彼には友達がいない。彼は寂しい思いをたしかにしているのだ。しかし、この世界を簡単に消すわけにもいかないし、消したくないのだ。ならばどうして消したくないのか。それを思考したところで、教室で聞こえた声を思い出した。

君だけで、いい。

これは自負でも自尊でもないが、彼の唯一親しい人間、それはたぶん、俺だ。あの言葉が神様、つまり彼のものだとしたら、俺の存在がこの世界の消失の歯止めになっているのかもしれない。

俺がやるしかない。彼を助ける。そして世界を、守ってやる。

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