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屋上のらくがき

 始業式は一月八日にあった。彼はいつも通り学校に来ていた。以前と変わらぬ風貌で、のんびり廊下を歩いていた。冬休みは一度も会わなかったので、約二週間ぶりの再会だ。

俺が手を振ると、彼も同じ動作をした。

 俺たちの間に会話はない。理由は分からないが、俺は生まれた頃から声を出すことができなかった。病気なのかどうかは分からない。両親は理由を教えてくれないし、口頭で訊くこともできない。そもそも俺は、どうやら両親に嫌われている。

彼は、少し不思議な人だ。普段ずっと無表情で、笑ったり怒ったりは滅多にしないのだが、ときどき、言葉を発することができない俺の気持ちを受け取ってくれていたりする。そういうとき、俺はたまらなく嬉しい気持ちになるのだ。

黙ったまま、二人で廊下を歩く。

突然胸を刃物で刺されたような感覚に襲われたのは、教室に入った瞬間だった。

鋭く痛々しい何かが脳内に現れた。声だ。かすれた、苦しそうな声が聞こえた。何度も何度も、同じ言葉を繰り返している。俺は耳を澄ませてそれを聞いた。

……れれば。

……いてくれれば。

二人が、いてくれれば。

次の瞬間、俺は激しい頭痛を感じ、倒れまいと急いで席についた。

勢いよく机に突っ伏した時にはもう、それは止んでいた。背中をつたう嫌な汗と、荒々しい呼吸だけが残っている。

不安定、そんな言葉が頭に浮かんだ。年賀状が届いてから、どこか、不安定になっている。


 放課後、屋上に呼び出された。屋上に来い、というようなことが書かれた手紙が机に入っていたのだ。

もしかしたら、俺を嫌う何者かの悪戯かもしれない。喋ることのできないので、なにかと勘違いされることが多く、俺のことを嫌う者は少なくない。

指示通り屋上へ上がって来てみたが、そこには誰の姿もなかった。拍子抜けだ。もしかしたら俺のことを好いている女子でもいるんじゃないか、という淡い期待もあったので、この結末は切なすぎる。

せっかくここまで来たんだし、と景色を見ることにした。

俺を呼び出した誰かは遅れているだけで、これから来るのかもしれない、という思いもあった。

危険な奴が来たらどうしよう、とは考えなかった。なんとなく、彼の仕業のような気がしたからだ。

学校の屋上から眺めた景色は、美しく壮観だった。

威厳を感じさせるたくさんのビルの間を、川が流れるように車が走っている。その光景は、力強い山を思わせた。

ばたばたと音を立てて、ヘリコプターが空を裂くように飛んでいる。あんなにうろうろされては、雲も迷惑しているだろう。とはいえ、雲も雲でのんびりと動いている。

遠くに工場が見えた。絶えることなく煙突が煙を吐き出している。もしかしたらあれも生きていて、ただ呼吸をしているだけなのかもしれない。あれから見たら、俺たちのほうがよっぽどか呼吸をしていないように見えるだろう。

校内から次々に人が出ていく。多いな、人。そう思った瞬間だった。

多いよね、人。

そう聞こえた気がした。ついに誰か来たのかと振り返ったが、やはりそこに人の姿はなかった。ならば、誰の声だったんだ。

もう帰ろう、と歩き出したところで、おかしなことに気が付いた。チョークかクレヨンのようなもので、床に何か書いてある。さっきまでは確実になかったものだ。

少し後ずさりし、その全体図を見た。絵ではなかった。何か、文字が書いてある。

『大嫌いだ。車も、工場も、高層ビルも、学校も、人間も、みんな大嫌いだ。みんな、世界から、無くなれば、静かになるんだ。いっそ、消してやりたい』

 読み終わって、全身が震えていることに気付いた。指の一本いっぽんが、ぴくぴくと小刻みに動いている。足がすくみ上がってすぐに動こうとしなかった。

動け、動け!

今すぐここから逃げなければいけない。そんな使命感のようなものを感じた。

ここは、危険だ。

一歩動けば、あとは勢いに乗るだけだった。俺は全速力で学校から脱出し、家に逃げ帰った。

 ちくしょう、何なんだよ、あれ。

どこか、不安定だ。

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