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最後のらくがき

 声が聞こえた。またあの声だ。帰ろう。そう言っている。帰ろう、帰ろう。

眩い光に包まれながら、俺は家のほうへ歩いた。視線が徐々に狭まり、息も苦しい。不安定だ。不安定すぎる。

誰かが俺の手に触れた瞬間、俺は失いかけていた意識を取り戻した。ぎゅっと手を握られている。俺は小さなその手に引っ張られ、光の中を走った。

到着した場所は、俺の家の前だった。そこだけは、光を放っていない。

いったいどうなっているんだ、などと考えているうちに、俺の手を引いた者がこちらを振り返った。

妹だ。

「こんにちは、お兄ちゃん」と妹が口頭で話した。

 俺は状況が掴めずに混乱した。光の中を彷徨っていたら誰かに手を引かれ、家に辿り着いた。そして、その人物は妹だった。しかも、今まで俺の前では声を発しなかった妹が突然喋り出した。

思考を巡らせていると、妹はくっくっくと笑った。そしてポケットからカッターナイフを取り出した。しかも、それをそのまま自分の腕に刺した。ぽたりぽたりと血が地面に落ちる。次の起きた現象を見て、俺は目を見開いた。

 道路に落ちた血が『わたしも、あの二人と一緒だよ』という文字列に変化したのだ。そして、『だからお兄ちゃんの気持ちはいつだって分かってたし、こうやって地面に字を書ける』と続いた。

「実は昨日床に文字を書いた時に気付かれると思ってたんだけどね。お兄ちゃん、なかなか動転してたから見落としてたね。それで、わたしたちのことを教えるね。神様は破壊的な欲求と保守的な欲求、そして中立、その三つの要望を、三人の登場人物としてこの世界に登場させたの。わたしは、中立。でも、わたしはどちらかと言えば保守的な欲求に回った。それに勘付いた破壊的な欲求が、昨日わたしを殺しに来た。三人とも、もとは同じなんだから、三人とも喋ることができなかったの。操っている人形三体の台詞を一人で全部こなすのは無理だったのよ。二人がいなくなって、わたしはやっと喋れるようになったの」

 たいして大きな驚きはなかった。頭は冴えていたし、視界も明快だ。しかし、これ以上何が起きても驚けない、というほど、この数日間はいろいろなことが起きすぎていたのだ。

昨日のあれは、俺が狙いじゃなかったのか。とりあえず俺はそう思った。

 この世界はどうなるんだ。フード男は俺に何かを託したんだが、俺は何をすればいいんだ。俺は神の片割れであるという妹に尋ねてみた。

「あとはお兄ちゃん次第。破壊的な欲求も、保守的な欲求も、この世界から消えてしまった。なら、あとはお兄ちゃんが判断しなきゃ。わたしは、あくまで中立だからね」

 なんで、なんで俺なんだよ!

「だって、お兄ちゃん、お兄ちゃんが、神様だもの」妹はそう言ってにっと笑った。

 これはさすがに驚いた。というより意味が分からなかった。今の今まで神同士の対決を見ていたとばかり思っていたのに、俺自身が神様だったのだ。

「わたしも、お兄ちゃんの友達も、フードの人も、全部、お兄ちゃんが創ったんだよ。お兄ちゃんはこの世界が嫌いになったから、寂しかったからお母さんにわたしを生ませた。友達を創った。でも、それでも足らなかった。友達の子守唄は、届かなかった。彼が頑張っても、お兄ちゃんの寂しさは包み切れなかったの。だから、フードの人が生まれた。この世界がどうにも嫌いになったから、破壊する役割を持った登場人物を創ったの。でもお兄ちゃんはわたしと彼を好いてくれていたから、簡単にこの世界を壊せなかった。壊したいけど、そこに壊されたくないものがある。そんなもどかしさと、お兄ちゃんは、神様は戦ってたの」

 なんだよ、それ。結局、原因は全部俺ということじゃないか。俺は、これからどうすればいいんだよ。

「お兄ちゃんが望んだ世界なんて、生まれないよ。『りそうのせかい』お兄ちゃんは、あんな世界をずっと夢見ていたんだね。あの絵はお兄ちゃんが、というより今はまだ寝ているお兄ちゃんが書いたんだよ。フードの人がスプレーで字を書くように、わたしは血で字を書く。特定の道具でしか書けないの。今まで赤い字をときどき見かけたでしょう? そして、お兄ちゃんが使う道具が、クレヨン。ちなみに、声が聞こえたでしょう? あの声は、夢の主、つまりお兄ちゃん自身の声なんだよ」

 妹は真面目な顔になり、俺の手を強く握った。そして、凛とした声で続けた。

「さあ、決断の時だよ。どうする、お兄ちゃん。このままこの世界が光に呑まれていくのを黙ってみているか、なんとかして安定を取り戻すか。さあ、どっちにする?」

 白い光に包まれ、周りは何も見えなくなった。当然妹の姿もない。俺はこれからのことを考えた。この世界を見捨てるか、救う努力をするか。

ふと手を見ると、赤色の字が書いてあった。さきほど手を繋いだときに着いたのだろう。俺はそれを見て、ふっと口元を緩めた。すうっと肩の力が抜けていく。

『無理しないでね。でさ、もし次に夢を見たら、またわたしを創ってね』

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