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決断の日

 次の日の彼の行動は奇妙の極みだった。なんと俺と全く同じ行動をとっていたのだ。俺も学校が消えた瞬間に立ち合った、という情報をクラス中に流したのだ。

学校の日程は平常通りあった。授業らしい授業はなかったが、生徒たちはとりあえずグラウンドに集められ、先生の話を聞かされたりしている。

俺が到着すると、大勢の生徒が集まってきた。事情は彼にスケッチブックを通して伝えられた。俺はほんの少しだけ憤りを感じた。彼が情けを感じて俺の周りに人を集めたなら、大きなお世話だ。

俺は仕方なく集まってきた群集の相手をした。いい加減な対応をして済ませようと思っていたが、そういうわけにもいかなかった。俺の周りに集っている人たちの目は、どうにも綺麗な輝きを持っていたからだ。夜にほんのりと光る月のようだった。絶望的な現実を解決するための手がかりを俺たちが持っていると思い込んでいるのだ。実際、持っているかもしれないのが。

始めは面倒くさくて、雑にあの日のことを教えていたが、次第に楽しくなってきた。彼がにこやかにしながらスケッチブックにペンキを塗りつけているのも分かる。

時間の流れがいつもの何十倍も速い錯覚がした。彼といる時間も楽しいが、また別の楽しさを感じることができた。言葉を交せなくても、やはり人と話すことは愉快なことなのだ。

ふと、ある生徒の会話が耳に入ってきた。その話によると、昨日この街にある巨大なビルが一つ消えたらしい。それを聞いて、俺は焦燥を感じた。そういえば、生徒たちと楽しく会話している場合でもない。

彼は、昨日俺が居た場所で、ペンキが入ったバケツを片手に持って佇んでいた。俺が彼を見ると、彼はそっと笑顔になった。作り笑いには見えなかったので、大いに安心させられた。

俺が手を振ると、彼も同じ動作をした。次に彼は校門を指差す。帰ろう、という姿勢だ。

俺は全速力で彼のところへ走った。

まるでタイミングを見計らったかのように、ちらほらと雪が降り始めた。巧い演出だ、と心の中で天空を褒め称えた。


 それにすぐに気付かなかったのは、音という音が鳴らなかったからだろう。異変を感じた理由は、笑顔を見せていた彼が突然いつもの無表情に戻ったからだ。口を開き、ただ一点を、俺のほうを見つめていた。目が潤み、彼は静かに涙を流した。彼の口から不吉な液体を吐き出されたところで、俺はようやく状況を理解した。俺の頬が、彼の吐いた液体で赤く色付けられたのだ。

彼の胸から、飛び出るようにナイフが姿を見せていた。いつも銀色のそれは、己の残虐さを恥じているのか、真紅に染まっている。しかし振り続けている雪が、その羞恥心を取り除くように、赤い液体を洗い流した。やはり、雪は冷たい。

彼の手から、ペンキの入ったバケツが落ちた。青いペンキは瞬く間に周辺に広がった。それはまるで、彼の怨霊が憑いたかのように、生きているかのようにどんどん面積を広げていく。海のようになったそれは、たちまち字へと変化する。

それらを見て、俺は発狂した。馬鹿の一つ思いに、『今までありがとう』だとか、『君は生きて』だとか、俺に向けての言葉ばかりが、校内中に書かれていたのだ。

言葉にならない叫び声が、寂しげに響いた。涙が崩壊したダムのように次から次へと流れ出て抑えられない。

しかし雪がすぐに、それらを覆いかぶさんと言わんばかりに降り積もっていく。それは赤と青と白と、ときどき混ざって紫になった。気分の悪そうな色だ。

俺はそれを見て、どんな気持ちでいたかなんていまいち覚えていない。ただ、ふと正気に戻ったときには、俺はフード男に馬乗りになっていて、さらにはフード男の口元は血で滲んでいた。

 拳に痛みを感じ、自分の行いを把握した。罪悪感は皆無だ。

次の瞬間、彼のフードがはらりと取れた。

覗いた顔は、彼と瓜二つだった。片割れ同士の神々の戦いは、フード男が勝利したのだ。

しかし俺は、その現実が気に食わなかった。ずるいと思った。彼は必死にこの世界の消失を止めようとしていた。フード男も真剣にこの世界を消そうと考えていた。二人とも真面目だったのだ。でも、やはりフード男をずるいと思った。彼はフード男には無干渉だったのに、フード男は彼に手を出したのだ。

フェアじゃない。

本当は分かっていた。フード男の行いをフェアじゃないと考えるのは、自分の暴力を合理化するためだと。そんなことは分かっていた。

フード男はうっすらと目を開いてこちらを見た。不満そうに笑っている。そしてスプレー缶を構え、何かを書こうとした。

俺はフード男を許すことができなかった。落ちていたナイフを拾い上げて、大きく振りかぶった。

そこで再び昨夜聞いた声が聞こえた。さあ決断の時だ、と。

決断、知るかよ、そんなもの。

どうせなら彼と全く同じ殺され方にしようと思ったけれど、フード男が仰向けになっていたのでできなかった。だから彼とは逆で、俺は、胸のほうからナイフを刺した。

彼が死んでしまったのなら、これでこの世界はなくなっても構わないと思った。

俺はフード男を、神を殺したのだ。

 フード男が最後の力を振り絞って吹き出したスプレー。それが文字へと変わる。

『あとは、お前に任せる』

 いったい、俺に何を任せるって言うんだ。

次第に激しい吐き気が襲ってきた。目の前に神の死体が二つあり、一つは俺がやった。

どうしればいいんだ。

もういい。いっそ、なくなってしまえよ、世界。

 そう考えた瞬間だ。この世界にある全てが強い光を放った。

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