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りそうのせかい

 一時間ほど経って、彼がスケッチブックを抱えて、優しい笑顔を浮かべて走り寄って来た。俺の目の前まで来ると、ぱらぱらとそれをめくり、目的のページを見つけると俺に見せた。『大変だった』

俺はそれを見て安心した。同時に少し憎らしくもあった。この感情も自然と彼に伝わってしまうだろうか。それは嫌なことだ。

帰ろう。俺は心の中で呟いた。

帰り道、全く話題が見つからなかった。声を発することができないが、一応彼とは会話はできる。そんな思いも筒抜けだろうから、余計気まずい。

何を話そうかと考える度に、フード男が頭の中にちらついた。俺はフード男の会話を思い返し、フード男の言葉について考えてみた。彼はいつも世界に対して否定的なくせに、さきほどの会話ではなぜか今の現状に満足する様子だった。やはり、彼の寂しさが消え去って世界が安定することを、心のどこかで願っているのだろうか。

そしてフード男との会話の追憶も、おそらく彼には目で見るかのように伝わっているのだろう。

そっと彼の横顔を見た。どんな顔をしているのか気になったのだ。

俺は焦った。彼は、激しく狼狽した表情を見せたのだ。視線はおぼつかないし、しきりに手を頬や髪に当てている。どうしたんだ? と考えてみても、ぎこちない動作で首を振るだけだった。

フード男も安泰を望んでいるのなら、もっと喜べばいい。そう思った。いっそ協力して神様の目が覚めないようにしてあげればいい、とも思う。

 彼と別れ、家に到着した。ドアを開け、中に入ると、両親が仲良さげに笑っている声が聞こえてきた。たまにそこに妹も介入する。俺は入れない。

部屋に入ると、俺はすぐに異変に気付いた。

机に絵が描かれている。

そこには泡のように大量な丸が描かれていた。見たところ気持ちの悪い絵なのに、なぜか輝いているように見えるのは気のせいだろうか。絵の下には、『りそうのせかい』という題名がついていた。どこが理想なんだよ、と首を傾げながら、俺はその絵を凝視した。そして、あることを発見した。丸一つひとつの中に、カモメのようなものが二つと、饅頭のような丸が一つ、みかんの粒のような形のものが一つ描かれていたのだ。それが顔の形になっていることはすぐに分かった。笑顔だ。しかも、全て笑顔だ。

俺は無我夢中になって絵を詳しく見ていった。新しい発見は他にもあった。なんと、犬の顔を見つけたのだ。その次にロバか馬のような顔。しかも、二匹ともやはり笑っている。

俺は、はじめにこの絵が輝いて見えた理由が少し分かった気がした。

こんな世界、たしかに理想だな。強くそう思った。

俺は絵を触ってみた。べとっとした感触が指から伝わってくる。これは、クレヨンだ。

それにしても、こんな、この絵のような世界があるだろうか。俺は疑問に思った。全ての生き物が笑っていて、きらきらとしている世界が。そんなことに頭を働かせているうちに、魚の顔の絵を見つけて、さらには鳥のように口ばしがある顔も見つけた。

きっと、神様は、こんな世界を創りたかったんだな。

そんなことを考えた途端、俺はあることを思い出した。クレヨンで書かれた文字列。屋上で見た、あの文字列だ。

『大嫌いだ。車も、工場も、高層ビルも、学校も、人間も、みんな大嫌いだ。みんな、世界から、無くなれば、静かになるんだ。いっそ、消してやりたい』

 そうか、あれは、神様が書いたんだ。クレヨンを持つ人物は、彼とフード男の想像主であり、この世界の想像主である、神様自身なのだ。

彼やフード男を創った神様は、ついには二人を通り越して俺に自分の願いを伝えてきた。俺は、神様の期待に、どう応えればいいんだ。

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