↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

静かな幸福について

作者: ごはん
掲載日:2026/10/07

 その日は、特別なことが何もなかった。


 朝、目を覚ます。


 カーテンを開けると、薄い雲の向こうから太陽が出ていた。


 朝ごはんを食べて、仕事へ行く。

 

 仕事では、いくつか小さなミスをした。

 けれど、誰かに怒鳴られることもなかったし、帰る頃にはもう忘れていた。


 家に帰ると、母が夕飯を作っていた。


「おかえり」


「ただいま」


 それだけだった。


 けれど、その「ただいま」を言えることが、最近は少し嬉しかった。


 昔の私は、もっと大きな幸せを探していた。


 好きな人に愛されること。

 人から認められること。

 誰かより優れていること。

 何か大きなことを成し遂げること。


 そういうものを手に入れれば、自分の人生は完成すると思っていた。


 だから、人の人生が気になった。


 結婚した人。

 子どもがいる人。

 仕事で成功した人。

 友達がたくさんいる人。


 誰かが何かを手に入れるたびに、自分には何かが足りない気がした。


 けれど、ある日ふと思った。


 ――私は、いったい誰の人生を生きているのだろう。


 その問いを考えているうちに、昔読んだ哲学の本の一節を思い出した。


 人生は、他人との競争ではない。


 その言葉は、以前の自分には綺麗事に聞こえた。


 けれど今は、少しだけわかる。


 人生というものは、そもそも競争になっていないのだ。


 百メートル走なら、同じスタート地点から走り始めて、同じゴールを目指す。


 でも人生は違う。


 生まれた場所も違う。

 体力も違う。

 好きなものも違う。

 背負っているものも違う。

 そして、目指したい場所さえ違う。


 それなのに、他人の速度を見て、

「私は遅い」

と悩んでいた。


 考えてみれば、おかしな話だった。


 夕飯を食べ終え、自分の部屋に戻る。


 スマートフォンを見ると、友達から連絡が来ていた。


『今度またご飯行こう』


 私は少し笑った。


 昔なら、

「最近あまり誘われないな」

とか、

「私は友達が少ないのかな」

とか、余計なことを考えていたかもしれない。


 でも今は違った。


 一緒にご飯を食べて、くだらない話をする。


 それだけでいい。


 人生には、人生を変えるような人だけが必要なのではない。


 たまに会って、

「最近どう?」

と聞いてくれる人がいる。


 笑いながらご飯を食べられる人がいる。


 それだけでも、十分に人生は温かくなる。


 窓を開ける。


 夜の空気が入ってきた。


 私は空を見上げた。


 星は少なかった。


 昔なら、

「もっと綺麗だったらいいのに」

と思ったかもしれない。


 けれど今日は、その少なさがちょうどよかった。


 人はどうして、

「もっと」

を求めるのだろう。


 もっと美しく。

 もっと賢く。

 もっと愛されて。

 もっとお金を持って。

 もっと充実して。


 もちろん、向上することが悪いわけではない。


 でも、


 「今では足りない」


 という前提で生き続けると、どれだけ手に入れても、永遠に足りない。


 幸福とは、何かを獲得した瞬間に完成するものではなく、


 「これでいい」


 と思える瞬間なのかもしれない。


 私は、今日を振り返った。


 朝、起きた。


 仕事をした。


 家に帰った。


 家族とご飯を食べた。


 友達から連絡が来た。


 夜になった。


 それだけ。


 でも、それだけの一日を、

「何もなかった日」

と呼ぶ必要はないのだと思った。


 むしろ、


 「何も壊れなかった日」


 だった。


 誰かに無理を強いられることもなく、

 自分を嫌いになることもなく、

 明日が怖くなることもなく、

 家に帰れば安心できる。


 それは、とても静かな幸福だった。


 そして私は、ようやく気づいた。


 人生の目的は、

 誰かに「幸せそう」と思ってもらうことではない。


 自分が、自分の人生を生きていると感じられること。


 それだけなのかもしれない。


 私は窓を閉めた。


 明日も、きっと特別なことは起きない。


 でも、それでいい。


 人生は、特別な日の集合ではない。


 何でもない日を、

 「まあ、悪くなかったな」

と思いながら積み重ねていくこと。


 その積み重ねの先に、


 いつか振り返ったとき、


 「ああ、私の人生、結構幸せだったな」


 と思えるのなら。


 それで十分なのだと思う。


 私は明日のために、スマートフォンを置いた。


 そして、静かな部屋で目を閉じた。


 何者かにならなくてもいい。


 誰かに勝たなくてもいい。


 人生は、もう始まっている。


 そして私は今、自分の人生の中にいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。