トラック運転手転生(仮題)
※タイトルは変更の可能性があります。
※一部、暴力表現や出血表現、痛みの描写があります。
ーーーーーやってしまった。
いや、しかしこんな激しい雨が降ってる夜中に暗い服で出歩いてた"あいつ"だって悪いんだ。信号だって青だったし、それはドライブレコーダーで確認もできるはずだ。なんならこっちは2tトラックで、急ブレーキなんかかけてもたかが知れている。どうしようもなかったんだ。
俺は悪くない、悪くないはずだ、だってしょうがなかったんだから……。
エアバッグに潰されながら、流れていく俺の血と意識。豪雨の中、もはや意味をなさないが震える指で無線を起動する。
あぁ……しょうがなかったんだよ、だってこうするしか……。
赤く光っていた歩行者信号が、青く光り出す。その中心で座り込む若い女が大きな声で叫んでいた。俺は道路沿いの壁に衝突したトラックの中から、無線越しに聞こえる同僚の声に返答をしようとするも、言葉の代わりに出てきたのは血だ。
俺の人生……なんだったんだろうか。結構真面目にやってきたし、滅私奉公とまでは言わないが、会社に尽くしてきたはずだ。
正直、轢いててもおかしくないし、仮に轢いていたとしても減刑くらいはしてもらえるシチュエーションだっただろう。哀れなトラック運転手として世間ではバッシングを受けた後、また違う職に就いてもよかったはずだったのに。
……でも、しょうがないよな、体が動いてしまったんだから。
込み上げる熱いそれを吐き出すと、もう息が吸えなくなってきて、体が冷え始めて、段々と視界すらぼやけていく。最後の景色がエアバッグと一面の壁とは、神様も意地の悪いことだ。
俺はせめて、来世では満足のいく仕事ができるよう祈りながら、瞼を閉じた。
ーーーーーー
「この剣の錆になりたくなければ、退けぇぇぇ!!!」
戦場を単騎で駆ける男。全身に散った赤は、自身の血か返り血か、仲間の血か。既に分からないが、男は単身、騎馬に乗り前に進むしかなかった。
前方には帝国軍が迫っている。男の守る王国、国境上の最後の砦がこのスクメロ砦だ。自軍の損壊率はとうに4割を超えており、本来なら撤退を余儀なくされる場面であるが、それでも男は敵軍を蹴散らしていく。
最初は小競り合い程度だったはずだ。そこから関税をあげたり、輸出を控えたり、徐々に険悪になる隣国との関係に、男は何度も父ーーー国王へ進言した。しかし王国の矜持もあり、ここで帝国の言いなりにはなるまいと対抗した結果がこれだ。
穀物の豊富な我が国が、輸出を控えるとどうなるか。隣国が飢え、無関係な民が腹を空かせて倒れていく。そうなると国民は怒り、その怒りの矛先を帝国が王都へ向けさせた。
今男が切り捨てているのは、少し前まで農夫だったのだろう、防具もろくに装着していない、腰の引けた男だ。退けと言っても退かぬなら切るしかない。この切り捨てた男も、退いたところで食うものもなく、いつかは飢え死ぬしかないのだろう。
そう思うと剣が躊躇ってしまう。迷いが現れる。しかしこの戦いを終わらせるためには、この農夫たち、帝国兵の侵攻を止めるためには、相手の頭を叩くしかないのだ。
男は、幼少から世話をしてきた愛馬を強く蹴り、速度を上げる。そこへ、風を切るような音とほぼ同時に、金属と骨がかち合う音がした。
「ぐぅっ!!」
先程まで攻勢であった男の背に、流れ矢が刺さった。深く刺さったそれは、ともすれば命に関わることもあるだろう。
男を乗せる馬が、大きく嘶き前足を上げた。まるで威嚇行動のようなそれに、即席の帝国軍は怯む。その隙に馬は方向を変えて、戦場から全速力で離れた。
「待て!待てランド!!!止まれ!!!」
男の悲鳴のような指示にも従わず、馬は疾風のごとく駆けていく。
「くそぉ……!くそおおお!!!!!」
後の歴史には、この戦いで王太子は敗北。王国は撤退を余儀なくされ、戦争は激化を辿ることが記されている。
その後、王太子の行方を知るものは、誰もいない。
ーーーーーーー
「ん……」
王太子ーーバナルーーが目覚めたのは、もはや使う者も居ないだろう寂れた山小屋の中だった。壁にもたれるようにして座っている。屋内にまで雑草が生えていた形跡があるが、先程刈られたのだろうか、周囲に木屑と土が飛んでいる。
あの戦いはどうなったのかと、慌てて体を起こすが痛みに顔を引き攣らせた。呻き声が漏れる。
しかしそこで気付く。傷口を守るように、しかしあまり綺麗とは言えない布が巻き付けられている。
「ようやく起きなすったか、ご主人様よぉ」
「!? 貴様、誰だ!!」
「あー……こう見えて俺、ランドだって言ったらどうする?」
バナルは目を瞬いた。目の前に居るのは全裸の男で、どう見ても先程までーーいや、どれほど意識を失っていたかは分からないがーー跨っていた愛馬には思えない。
男は困惑するバナルを当然のように受け入れ、手を伸ばしても届かない程度の距離に座り込む。バナルはあぐらをかいた男の股間が目に入らないよう顔を背けた。
「じゃあ俺とご主人様しか知らない話でもしようか。あれは何歳だったっけか、確か10年くらい前……一人で乗馬ができるようになった頃、野山を駆けてたら迷子になって帰れなくなって、泣き疲れて俺の背中で眠ってたっけな」
「……そんな事、王城勤の者に聞けばすぐ分かるだろう」
「その時あんた、小便するにも降りるのが怖くて、しまいにゃ俺の背中にぶちまけてくれたよな」
「なっ……!?」
そう、確かあの時は情けない話だが、馬上で粗相をしていた。しかし帰った頃には既に乾いていて、それを知る者は愛馬と自分しか居ないはずだ。
その後も男は話を続ける。
「あとあんたは、乗馬の訓練が嫌になった頃、それで俺の部屋……つっても厩舎だが、そこで俺に小石を投げてきたよな。さすがに腹が立って、俺もツバ引っかけてやったけどよ」
あの時も、いきなりランドが唾を吐きかけたと報告したため、小石を投げたことを知るのは当事者のみである。段々と信憑性を増す男の言葉に、バナルは事態を受け入れ出した。
「……何故あの場から逃げ出した。お前のせいで多くの民が死ぬことになるかもしれないだろう!!」
「あー、まあな。それに関しては確かにそうだ。大勢死ぬだろうな」
「では何故退いた!!!」
「じゃあなんだ、あんたはあの場で死んでもよかったってのかよ」
男、ランドが低い声で尋ねる。バナルは思わず口をつぐんだ。
「こっちから言わせてもらうとよ、勝とうが負けようがいいんだ。生きてりゃそれでいい、薄情かもしれないが俺の大事なものだけ守れりゃいいんだ」
「……しかし、俺は王太子としての責務がある!王族として生まれたからには、民を守らねば!」
「じゃああそこで死んで民が守れるっつうのかよ。死んだ後は責任取りませ〜んってか、気楽なもんだなオウジサマってのは」
「違う!!愚弄する気か!!……ぐっ」
「ほら見ろ、大きな声出しゃ傷に障るぜ。元々治療できる環境でもねえんだ、大人しくしてやがれ」
なにも言い返せず、バナルは俯いた。今王族としてできること、責任とはどう取るべきか。とは言っても国王が健在である今、バナルにできる事はない。
きっと国王は今頃、バナルの訃報を聞き和平の準備、もしくは徹底抗戦の支度をしているのだろう。そうして、皆が国王に従うのだ。それが望まぬことであろうと。それは息子である自分も。
「まあ、その。お前もそろそろ、親離れの時期が来たと思えばいいんだ」
「親、離れ?」
「男ってのは、いつか巣立つもんなんだぜ。いつまでもパパと一緒じゃカッコがつかねえだろ」
ニッと笑ってみせるランドは、まるで長い人生を生きたような貫禄を感じさせた。バナルは拳を堅く握り、顔を上げる。
「いい顔になってきたじゃねえか。ま、及第点ってとこだな。とりあえず、傷が治って動けるようになってから、その先のことを考えようぜ」
「そう、だな。ところでその前にひとつ、いいか」
「おう、なんだ」
「ランド、お前……人間だったのか」
「いや、あー……まあそうっちゃそうだな。わかんねえよ」
頭の後ろをぼりぼりと掻く姿が様になっている。馬にしては、人の姿が堂に入っているのだ。しかし今となっては瑣末な問題か。
「ランド。ここまでしてもらって悪いが、お前が全裸の中年だと締まらん。馬に戻れないか?」
「はいはい……ってうっせー!中年じゃねえだろが!お兄さんと言え!!」
こうして二人(一人と一匹)は、戦禍の残る地域をめぐり、人助けの道を生きる事になる。後の歴史に埋もれているが、そこには確かに英雄が居たのだと、民草の間で伝承として語り継がれている。
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タイトルはしばらく考えるつもりですが、案をいただけましたら拝借する可能性があります。ご容赦ください。




