待ち
2020年 5月12日 18:25
俺は電車を待っている。
気分は上々だ。
駅の中では、みんなそれぞれもっと愉快な「待ち」をしている。
デートの待ち合わせ。
愛する家族がいる家へ向かうまでの待ち時間。
そう、夕方の駅はいつも希望に満ち溢れている。
駅は時間帯によって、天国になるか地獄になるか変わる場所だと、今思った。
平日の朝は通勤通学地獄。
夕方は家へ帰る天国へのハッピーロード。
休日は娯楽への希望のゲート。
こんなこと考えて、何になるのだろう。
ただ、今が天国への道であるのは痛いほどわかる。
非常に楽しみだ。
⸻
「浮かない顔してるけど、どうしたの。」
突然、50代くらいの女に話しかけられた。
黙れ。俺に関わるな。
無視を決め込む。
「係員さん呼ぼうか?」
女は下がらない。
よく見ると、その女はカメラをぶら下げていた。
ああ、撮り鉄か。
そう想像するのは容易だった。
趣味か。
俺の趣味は、あるバンドの追っかけだった。
なにもかも上手くいかない俺を、唯一救ってくれた。
それがそのバンドだった。
⸻
2020年 5月10日 18:00
Yapoo NEWS にて
インディーズバンド ×××△△△
ボーカル 〇〇〇〇〇氏 突然死。自殺か。
俺は笑ってしまった。
そして、俺のアイドルを心から軽蔑した。
お前はそんなに雑魚だったんだ。
声に出ていた。
最近人気になり始め、ちやほやされ始めた時にそいつは死んだ。
しかも自殺で。
生きるのが馬鹿らしくなった。
こいつでさえ死ぬ権利があるのだから、俺が死んでも文句はない。
そう思った。
どうせなら人に迷惑をかける死に方をしたい。
そう思って、今日は電車を待っている。
自爆テロでも起こせばいいのにと思ったやつ、死ね。
そんなことをやる勇気があるのなら、こんな自分じゃない。
⸻
女はまだ何か言っている。
でも、もう聞こえない。
俺は希望を待っている。
死こそ救いである。
死は裏切らない。
唯一の友達なんだと思う。
⸻
「まもなく電車が到着します。
危ないですから黄色の線より下がってお待ちください。」
気分は最高潮。
ワクワクする。
電車が向かってくる。
もうすぐだ。
⸻
その時、俺を呼ぶ声がした。
懐かしい声。
誰だ。
よく考えても分からない。
しかし涙が溢れた。
なぜだ。
俺はこの瞬間を楽しみにしているはずなのに。
涙を拭いた。
まだ声がする。
……そうだ。
みおの声だ。
⸻
2019年 5月12日 18:20
「残念ですが、ご臨終です。」
悲しみより怒りを覚えた。
医者にではない。みおにだ。
なんで俺を置いて行くんだ。
どこにも行かないって言ったじゃないか。
⸻
2019年 5月15日 10:00
葬式場にて
義母にあたる、みおの母が俺に手紙を渡してきた。
遺書。みおから俺へ。
ありがとう。
ずっと味方でいてくれたこと。
ごめんね。
スペインに行って、カンプ・ノウで試合見るって約束。
そして最後に一つお願い。
生きていて。
辛いことはある。
でも生きてれば希望はある。
私の分まで人生楽しんでください。
大好きだよ。
みおより。
⸻
何回読み返したかわからない。
一言一句覚えている。
そうだ。
みおとの約束、守らなきゃ。
「……ごめん」
ぼそっと呟いた。
俺、生きる。
そう心に決めた、その瞬間。
⸻
ドン!!
強い衝撃とともに、体が線路に叩きつけられる。
そこからは考える暇もなかった。
あたりが白い光に覆われる。
最後の記憶は——
あの女が、こちらにシャッターを切っていたこと。
⸻
2020年 5月15日 18:25
駅の中の人は、人それぞれ何か希望を待っているのではないか。
ふと考える。
今日のモデルを探す。
一人一人、顔を覗く。
みんな希望に満ち溢れている。
だが、本当に私が探しているのは、そういう顔じゃない。
もっといい顔がある。
絶望を知っている顔。
それでも前を向こうとしている顔。
死のうとして、やめた人間の顔。
そして、生きようと決めた人間の顔。
その顔が、一番美しい。
そんな中、妙に顔を赤らめ、
心臓が高鳴っていそうな男を見つける。
ああ、この顔だ。
この顔をする人間は、
必ず少し前まで死のうとしていた人間だ。
そして、
生きようと決めた人間だ。
私は声をかける。
「浮かない顔してどうしたの?」
電車が来るまで、あと三分。
今日も私は、待っている。




