その59 「翌朝」
悠馬君鈍いからなぁ。かわいいっちゃかわいいけども
翌朝。
ドイツの空は澄んでいた。
昨日の夜が嘘みたいに静かだ。
爆弾は封印された。
噂は飛んだ。
悠馬は知らない。
悠馬はスーツに袖を通した。
ネクタイを締める。
胃薬を確認する。
装備は整った。
(今日は仕事だ)
(余計なことは考えない)
(所用も噂も爆弾も業務外だ)
業務外が多すぎる。
意味が解らない。
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会議室。
数字。
条件。
言語が揃っている。
ここは理解できる世界だ。
悠馬の表情は平坦だった。
アンドロイドが起動する。
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「佐伯氏」
レオン・フォン・ヴァイスハルトが現れた。
昨日の父親ではない。
今日の取引先だ。
「午前はこれで十分だ」
「承知しました」
淡々。
余計な温度がない。
それが助かる。
一拍。
レオンが言った。
「昼に少し時間をもらえるか」
悠馬の動きが止まる。
「……昼、ですか」
「仕事の話だ」
「仕事なら理解できます」
即答だった。
悠馬は仕事しか理解できない。
昼。
レオンの案内で小さな店に入る。
窓際。
静かだ。
仕事の席だ。
そういうことにする。
「佐伯氏」
レオンがナイフを置いた。
「君はエレノアにとって珍しいタイプだ」
悠馬が固まる。
「……どういう意味ですか」
「肩書きではない」
「肩書き以外で評価される理由が解りません」
悠馬は真顔だった。
真面目に言っている。
レオンは興味深そうに眺めた。
「君は昔、感情がないと言われていたそうだな」
「はい」
「今は?」
悠馬は一拍置いた。
「……わかりません」
わからない。
わからないまま胃が痛い。
その時。
店の入口のベルが鳴った。
嫌な予感しかしない。
悠馬が顔を上げるより先に。
「兄さーん!!」
爆弾だった。
ノアが入ってきた。
帽子。
サングラス。
変装のつもりらしい。
全く隠れていない。
その後ろにルイス。
礼儀正しい。
余計目立つ。
「父上、目立っています」
「目立ってない!」
目立っている。
悠馬が死んだ。
「……ノア」
「兄さん!偶然だね!」
「偶然なわけがないだろ」
「偶然だよ!」
「嘘だ」
ルイスが真顔で言う。
「父上は嘘をついています」
「黙れ!」
ノアはにこにこしながらレオンを見る。
「初めまして!僕、ハミルトン伯爵ノアです!」
レオンが穏やかに頷く。
「存じている」
「ですよね!」
存じているに決まっている。
頂点同士だ。
爆弾だけが場違いだ。
ノアは身を乗り出した。
「兄さん、ランチですか?」
「仕事だ」
「仕事ランチ!」
ノアの目が輝く。
「へえ……!」
余計な音がした。
爆弾が爆発する前の音だ。
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ノアがさらりと言った。
「元ご主人とデートじゃなくてよかったですね!」
悠馬が死んだ(二回目)。
レオンが一拍置いた。
そして。
小さく笑った。
「面白い家族だ」
「家族じゃない」
悠馬が即答した。
「兄さんは家族だよ!」
「黙れ!」
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レオンは静かにナイフを置いた。
視線が悠馬とルイスを一瞬で行き来する。
似ている。
余計なところまで似ている。
噂は噂だ。
しかし。
爆弾は爆弾だ。
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悠馬は胃を押さえた。
世界は早い。
悠馬は遅い。
ノアは息だけしていない。
昼休みが早く終わってほしかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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