その58 「世界は早い」
ノアよ・・・お前は毎回・・・
爆弾は静かに転がっていた。
ホテルのロビー。
観光客のふり。
伯爵のふり。
何のふりだ。
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「父上」
ルイスが小声で言う。
「目立っています」
「目立ってないよ」
「目立っています」
ノアはサングラスを直した。
余計目立つ。
その時背後から上品な声。
「あら」
ノアが固まった。
振り向く。
昨日の年配のドイツ婦人だった。
噂の発生源。
”最悪”だ。
「昨日の伯爵様ではありませんこと?」
「……はい!」
反射で返事をした。
爆弾である。
婦人はにこやかに続けた。
「とてもかわいらしいご子息ですわね」
「ありがとうございます!」
「とてもお行儀が良くて」
「そうでしょう!」
ノアは誇らしげだ。
父親である。
余計なことを言うな。
凛の声が脳内で響く。
『余計なことを言うな』
婦人が首を傾げる。
「ところで……」
来た。
「佐伯様にそっくりでしたけれど」
来た。
「本当のところは?」
来た。
ノアは一拍置いた。
伯爵の顔になる。
政治家の顔になる。
(ここは黙れ)
(息だけだ)
(息だけ)
完璧だ。
三十七歳伯爵だ。
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でも次の瞬間。
弟の顔になった。
「兄にそっくりなんですよ!」
言った。
爆弾。
「かわいいでしょう?」
言うな。
「兄さん、昔から顔が良くて!」
余計だ。
「(妹の子供だからか)兄さんの血が濃いんです!」
何を言っている。
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婦人の目が輝いた。
噂好きの目だ。
「まあ……!」
「兄さん、(今恋をしてるみたいで、自分の気持ちを)隠すの下手で!」
黙れ。
「本人は(気持ちを)全然気づいてなくて!」
黙れ!
「兄さん、(気が付くのが)遅いんですよ!」
世界は早いんだよ!
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婦人は扇子をぱちりと閉じた。
「そういうこと……」
納得してしまった。
最悪だ。
「まあまあ。英国の方々は大変でしょうね」
「そうなんです!」
そうなんですじゃない。
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婦人は微笑んだ。
「若い方々にお伝えしておきますわ」
「ぜひ!」
やめろ!!
光の速さで広がる。
ドイツからイギリスへ。
噂は完成に向かう。
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「父上」
ルイスが静かに言った。
「終わりました」
「終わってないよ!」
終わった。
人生が終わった。
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その時。
背後の空気が冷えた。
静かな足音。
優しい声。
「ノア」
ノアが凍った。
振り向く。
凛が立っていた。
笑顔だ。
笑顔が一番怖い。
「観光、楽しい?」
「はい!」
「息だけしていなさいと言ったわね?」
「はい!」
「していた?」
「はい!」
「嘘ね」
凛は一歩近づいた。
「追跡開始」
「えっ」
「回収する」
「兄さんのために!」
「兄さんの胃が死ぬわ」
「はい!」
返事をするな。
爆弾は逃げた。
凛は追った。
噂は飛んだ。
世界は早い。
悠馬は遅い。
胃だけが正直だった。
『そして、ドイツは静かだった』
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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