幕間 「夜/ノラ」
やはり幕間が本編
その夜。
エレノアはホテルのラウンジにいた。
静かな照明。
控えめな音楽。
ドイツの夜は落ち着いている。
昨日の庭が嘘みたいだ。
嘘ではない。
娘が処すと言っていた。
嘘ではない。
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スマホが震える。
表示された名前に、エレノアは少しだけ目を細めた。
旧友。
ドイツにいた頃の友人。
『今夜、少し話せる?』
『ええ』
十分後。
ラウンジの隅。
彼女は現れた。
「ノラ!」
「……その呼び方、まだ使うのね」
「もちろんよ」
友人はにこやかに座った。
「あなたはずっとノラだもの」
エレノアはため息をつく。
懐かしい。
でも、少しだけ面倒だ。
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「で」
一拍。
「あなたの今のボスの話なんだけど」
エレノアは瞬きした。
「……佐伯さん?」
「そう、その佐伯様」
友人の目が光る。
「噂、知ってる?」
エレノアは淡々と答えた。
「知ってるわ」
「即答!?」
「ロンドンで聞いた」
友人は身を乗り出す。
「じゃあ本当なの?」
「噂よ」
「でもね」
友人は声を落とす。
「ドイツでも育ってるのよ」
エレノアは紅茶を置いた。
「……育ってる?」
「完成形になりかけてる」
最悪である。
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友人は指を折る。
「アメリカに関係があった女性がいて」
「はいはい」
「その子供が佐伯様にそっくりで」
「はい」
「伯爵が息子だと紹介していて」
「ええ」
「つまり佐伯様の隠し子で――」
「待って」
エレノアが遮った。
友人が止まる。
「そこは違う」
「どこが」
「佐伯さんは」
一拍。
「そんな器用なことはできない」
友人が吹き出した。
「そこ!?」
「そこよ」
エレノアは淡々と言う。
「隠すならもっと上手く隠す」
「確かに」
「胃が痛そうに隠す人ではない」
「隠してないじゃない」
「そう」
エレノアは頷く。
「だから噂なの」
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友人は笑いながら言う。
「ノラ、あなた優しいわね」
「優しくない」
「だって本人に言ったんでしょう?」
エレノアは一拍置く。
「……言ったわ」
「何て?」
エレノアは静かに微笑んだ。
「身辺整理しなさいねって。」
友人が腹を抱えた。
「最悪!!」
「必要な助言よ」
「助言じゃなくて刺しに行ってる!」
「仕事です」
仕事で刺すな。
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友人は涙を拭きながら言った。
「でもね、ノラ」
一拍。
「レオンも知ってるでしょうね」
エレノアの目が細くなる。
「……当然でしょう」
「元夫だもの」
友人は笑う。
「あなた大変ね」
「何が」
「変な男に囲まれて」
エレノアは静かに息を吐いた。
否定できない。
胃が痛いウサギ。
爆弾伯爵。
噂好き奥様。
元夫。
娘。
世界が早い。
本人だけが遅い。
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エレノアは紅茶を一口飲んだ。
「噂は放っておくわ」
友人が首を傾げる。
「本当に?」
「本当に」
一拍。
「ただ」
エレノアは静かに言った。
「ルイスのことだけは」
友人の目が光る。
「……信じてるの?」
エレノアは表情を変えない。
「信じている、というより」
一拍。
「納得してしまうの」
「最悪ね」
「最悪よ」
エレノアは淡々と続けた。
「似すぎている」
「でも伯爵の息子でしょう?」
「ええ」
紅茶を置く。
「伯爵の息子であることと」
一拍。
「佐伯さんの息子であることは、両立するでしょう」
友人が固まった。
「ノラ」
「なに」
「その理屈、噂の完成形よ」
エレノアは微笑んだ。
「だから身辺整理しなさいねと」
友人が腹を抱えた。
「刺してる!!」
刺している。
だが本人は鈍い。
世界は早い。
悠馬は遅い。
噂だけが騒がしかった。---
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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