幕間 「世界は早い、悠馬は遅い」
もはや幕間が本編
世界は早い。
噂はもっと早い。
本人だけが遅い。
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ロンドン。
昼下がり。
サロンの紅茶は今日も香っていた。
「ねえ、聞いた?」
最初の声はいつも軽い。
「ハミルトン伯爵がドイツで散歩をしていたそうよ」
「散歩?」
「日曜日に、わざわざ」
「まあ」
奥様方は微笑む。
微笑みながら、目が光っている。
「息子さんも一緒だったとか」
「ルイス様ね」
「本当に佐伯様にそっくりだったそうよ」
紅茶が甘くなる。
「伯爵がね、“兄にそっくりでしょう?”って」
「まあ……兄……」
「そういう兄……」
言葉が整っていく。
整合性が取れていく。
最悪に美しい物語が完成していく。
「伯爵夫人はアメリカにおられるのでしょう?」
「距離を置いていらっしゃるのね」
「だから佐伯様の……」
扇子が揺れる。
結論は出ない。
結論だけが増える。
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一方。
アメリカ。
蘭は静かな部屋にいた。
窓の外は青い。
空気は落ち着いている。
スマホが震える。
『ノア:兄さんが元夫とランチ!』
既読。
『ノア:奥様に遭遇!噂が完成しそう!』
既読。
『ノア:兄さんを幸せにする計画が!』
既読。
蘭はため息をついた。
そして短く打つ。
『息だけして』
送信。
それ以上はない。
爆弾は爆弾だ。
息だけが必要だ。
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そして。
ドイツ。
ホテルの一室。
佐伯悠馬はベッドに沈んでいた。
右手に胃薬。
左手に水。
目は虚無。
世界がどれだけ早くても、
噂がどれだけ完成していても、
悠馬は知らない。
知らないまま胃が痛い。
昨日。
元夫に「エリーは」と言われた。
意味が解らない。
刺さった理由も解らない。
胃が痛い。
胃薬を追加する。
胃薬は裏切らない。
世界だけが勝手に進んでいく。
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世界は早い。
噂は光速。
蘭は既読。
悠馬は遅い。
胃痛だけが確かだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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