幕間 「凛のアメリカ」
子だくさん凛の家庭だけで話書きたいw
凛はアメリカにいた。
それはもう「出張」ではなく、「生活」だった。
彼女は日本で暮らしたことがほとんどない。
幼い頃、悠馬と一緒にイギリスへ飛んだ。
観光で日本を見たことはある。
けれど「帰る場所」としての日本は、最初から存在しなかった。
凛にとっての家は、ハミルトン邸だった。
ハミルトン夫妻――エドワードおじさんとジェシカおばさん。
住んでいた家の持ち主であり、保護者であり、そしてジェシカは凛の上司でもあった。
実の両親は佐伯夫妻だ。
だが彼らは、遠い。
近いのに遠い。
凛の人生は最初から少し複雑だった。
そんな凛が今いるのは、アメリカ。
かつてジェシカの直属の部下だった男と結婚し、二人で会社を回している。
夫は穏やかで、合理的で――たまに驚くほど馬鹿だ。
子供も多い。
朝は戦場。
「ママ! 靴どこ!」
「知らない! 自分で探せ!」
「パパが冷蔵庫のプリン食べた!」
「食べてない!」
「食べたでしょ!」
「食べたかもしれない!」
凛は額を押さえた。
イギリスにいた頃の彼女は、冷静で鋭く、隙のない女だった。
今も鋭い。
だが隙は増えた。
それは弱さではなく、生活の匂いだった。
画面越しに僕が見ていると、凛はふっと笑った。
「……何その顔」
「いや」
僕は言葉を選んだ。
「元気そうだな」
「元気じゃなきゃ四人育てられないわよ」
凛の夫が横から顔を出した。
「悠馬くん、久しぶり!」
この男が凛の夫だ。
昔はジェシカおばさんの部下で、凛の同僚で、今は共同経営者で共同生活者だ。
「凛は怖いけど最高だよ!」
「黙れ」
凛が即座に肘を入れた。
夫は笑っている。
笑っている場合ではない。
そして僕は思う。
この夫婦は、うまくやっている。
騒がしくて、忙しくて、でも確かに家庭だった。
その凛に、ノアがとんでもない提案をしたのだ。
『養子をください』
凛の返答は即答だった。
『殺す』
当然だ。
凛は僕を見た。
「悠馬、あんたも止めなさいよ」
「僕は止めてる」
「弱い!」
「胃が痛い!」
凛は深くため息をついた。
「……あの二人、何考えてるのよ」
「契約だから、らしい」
「契約は分かる。でも養子は分からない」
子供が叫ぶ。
「ママ! 弟が僕のゲーム消した!」
「知らない! 自分で殴り合え!」
「殴り合うな!」
夫が慌てて止める。
凛はその騒ぎを片手で制圧しながら、低い声で言った。
「ノアはね」
一拍。
「兄さんが好きすぎるのよ」
僕は黙った。
凛は続ける。
「蘭は蘭で、踏み込まれたくない」
「……」
「結果がこれよ」
家庭はある。
子供もいる。
でも、あの二人にはそれがない。
凛は少しだけ目を細めた。
「悠馬」
「何だ」
「逃げるなよ」
「……何の話だ」
「全部よ」
その時、別の回線が入った。
『凛、相変わらず賑やかね』
ジェシカ叔母様だった。
上司であり、保護者であり、今は隠居した大人だ。
『四人もいると大変でしょう』
「ジェシカさん、そっちはどう?」
凛が呼ぶと、ジェシカは微笑んだ。
『あなたたちに任せて、ようやく静かになったわ』
背後でエドワードおじさんの声がした。
『静かだ。実に静かだ』
胡散臭い。
絶対に何か企んでいる。
さらに別の声。
『凛!元気かー?』
拓海父さんだった。
ロンドンで隠居しているはずの男が、なぜか元気だ。
『養子案、面白いな!』
「殺す!」
凛の殺意が世界共通語になった。
僕は胃薬を飲んだ。
数年経っても、この家は平常運転だ。
凛の生活は騒がしい。
大人たちは隠居しても健在だ。
そして僕だけが、相変わらず胃が痛い。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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