幕間 「噂は国境を越える」
悠馬君といえば噂、噂といえば悠馬君
噂というものは、国境を知らない。
むしろ、国境を越えるのが得意だ。
誰もパスポートを見せない。
誰も税関で止められない。
止められるのは本人だけだ。
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ロンドン。
昼下がりのサロンで、若い令嬢たちが紅茶を傾けていた。
「ねえ、聞いた?」
最初の声はいつも軽い。
「ハミルトン伯爵がドイツにいるそうよ」
「伯爵が? 仕事?」
「いいえ、違うわ」
令嬢は扇子を揺らす。
「バカンスよ。勝手に現れたの」
「最悪ね」
「最悪よ」
笑いながら、目は光っている。
「しかも子供連れ」
「ルイス様?」
「ええ。息子だと紹介していたそうよ」
「それは普通でしょう?」
「普通なら噂にならないわ」
その通りだった。
噂は必ず余計な飾りを欲しがる。
「佐伯様に似すぎているのですって」
空気が変わった。
紅茶の香りが少しだけ甘くなる。
「……佐伯悠馬様?」
「ええ。あの佐伯様」
「取引先の頂点にいる」
「オックスフォード卒で」
「胃が痛い方」
「胃が痛いは余計よ」
「でも本当でしょう?」
令嬢たちは笑った。
ーーーーーーーーーーーーーー
そこへ若い貴族の青年が通りかかる。
「何の話だい?」
「噂よ」
「噂は嫌いだな」
「嘘じゃないもの」
令嬢がさらりと言う。
「事実から出来ているのが噂よ」
青年は眉を上げた。
「事実?」
「そういえば」
青年が思い出したように言う。
「うちの母がね。ドイツのガーデンパーティに出た時に聞いた話なんだけど」
令嬢たちが一斉に身を乗り出す。
「ハミルトン伯爵が息子を連れていて」
「その子が佐伯様にそっくりだったそうだ」
「まあ」
「伯爵が“息子だ”と紹介したらしい」
「当然でしょう。伯爵の息子なのだから」
「でもね」
青年は声を落とす。
「母が言ってたよ。“似すぎている”って」
沈黙。
令嬢が扇子の奥で囁く。
「……偶然かしら」
「偶然で片付けるには、社交界は暇すぎるわ」
最悪である。
令嬢の一人がさらりと言った。
「佐伯様、一時期すごく嫁探しをしていたでしょう」
青年が黙る。
エドワード卿の“有能嫁計画”は社交界の名物だった。
「夜会に毎晩放り込まれて」
「お見合いをして」
「胃が痛そうだった」
「そこは本当に余計よ」
笑い声。
そして。
「その後、佐伯様はアメリカに一か月行った」
「帰ってきて、嫁探しをぱたりとやめた」
「“普通を体験したい”と仰ったとか」
沈黙。
令嬢が微笑む。
「噂なんてそんなものよ」
「整合性が取れれば勝ち」
最悪に筋が通る。
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こうして。
噂は海を越えた。
真実はどうでもよかった。
事実を並べ替え、
都合よく繋げ、
もっともらしい形に整える。
最後に誰かが微笑んで言う。
「……ああ、そういうことね」
そういうことではない。
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一方その頃。
ドイツのホテル。
佐伯悠馬は壁際で胃を押さえていた。
噂が国境を越えたことなど知らない。
知る必要もない。
胃が痛いのはいつものことだ。
世界だけが勝手に進んでいく。
『爆弾は解除されていなかった』
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
感想・フォロー等とても励みになります!
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