表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
佐伯悠馬の結婚事情(仮)  作者: 雪森蓮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/293

その46 「夜のガーデンパーティ(後半)/観察者たち」

悠馬君は鈍いです。見ての通り。

ノアが静かになった。

静かになっただけで、消えたわけではない。


爆弾は爆弾だ。


置いてあるだけで危険。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ルイスは何も知らずにジュースを飲んでいた。


小さなグラスを両手で持って。

背筋を伸ばして。

礼儀正しく。


”伯爵家の一人息子”として。


そして。


”佐伯悠馬に似すぎた顔”で。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


招待客の視線が、自然とそこへ寄っていく。


子供というのは目立つ。

まして、この場で子供は少ない。


まして、この子は――。


『まあ……』


年配の婦人が微笑んだ。


『なんてお行儀の良い坊やでしょう』


ルイスはきちんと頭を下げた。


「こんばんは。はじめまして」


発音が少し硬い。

言葉が少し丁寧すぎる。

育ちが出る。


出すぎている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


婦人の視線が悠馬へ移る。

似ている。

似すぎている。


隠しようがない。


『佐伯様の……?』


 一拍。


『お子様ですか?』


空気が止まる。

しかし。

悠馬はそれを聞いていなかった。


壁際で固まったまま、

ノアを蹴った直後の胃痛に意識の九割を持っていかれている。


(帰りたい)


(帰りたい)


(帰りたい)


思考はそれだけだった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


ルイスは聞き取れていなかった。


”ドイツ語”だった。


分かる単語は一つだけ。


「サエキ」


……佐伯。

悠馬おじさん?


ーーーーーーーーーーーーーー


ルイスはぱっと顔を上げた。

そして、にこりと笑った。


「はい!!」


元気な返事だった。

礼儀正しく、完璧な誤解だった。


ーーーーーーーーーーーーーー


それを聞いたのは招待客たちだけだった。

悠馬の耳には届かない。


届くはずがない。

本人は自分の胃のことで手一杯だ。


ーーーーーーーーーーーーーー


招待客たちはゆっくり頷いた。


「ああ……」


「なるほど」


「そういう……」


全員が納得してしまう顔。

似すぎている。


説明が追いつかない。


ーーーーーーーーーーーーーー


噂はまだ火ではない。

煙でもない。

ただの火花。


「佐伯氏の息子……?」


「でも伯爵閣下が“息子”と呼んでいたような……」


「どういう関係なのかしら」


囁きは上品に広がる。


上品に、残酷に。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


少し離れた場所で。

レオンがそれを見ていた。


表情は穏やか。

だが目は仕事のものだった。


観察。

確認。


昨夜、娘が言っていた。


『ママがウサギに騙されてる』


馬鹿な話だと思った。

しかし。


今夜は少しだけ、笑えない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


レオンの視線は悠馬へ向く。


怯えた目。

逃げ道を探す仕草。


弱そうな男。

害がない顔。


しかし。


だからこそ分からない。

エレノアが何を見ているのか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


レオンは静かに歩き出した。


社交の輪を抜ける。

自然に。

当たり前のように。


距離を詰める。


そしてエレノアの隣に立った。


近い。

近すぎる。


悠馬の心臓が跳ねた。

胃が縮む。

息が浅くなる。


(何でここに……)


(僕は何もしてない)


(してないのに)


(殺されそうなんだけど)


ーーーーーーーーーーーーーーー


レオンが穏やかに言った。


「……エリー」


夜の庭に落ちる音。

初めての呼び方だった。


悠馬の背筋が固まった。


(エリー……?)


(今のは)


(エレノアさんの……?)


知らない距離。

知らない過去。

知らない呼び方。


胃が痛い。


理由が分からない。

分からないのに乱れる。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


エレノアはほんの少しだけ目を細めた。


「レオン」


たしなめる声。

怒っていない。


慣れている。


”それが一番刺さる”。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


レオンは悠馬を一瞥した。


牽制。

確認。


“君は何者だ?”


そう言っている。

だが、問いは口にしない。


エレノア本人には聞かない。


踏み込まない。


それが彼の流儀だった。


エレノアは平然と返す。


「仕事中よ」


「分かってる」


レオンの笑みは変わらない。

分かっている笑みだった。

理解し合っている空気だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


ロッテはその光景を見ていた。


並ぶ両親。

普通に、にこやかに話している。


完璧な絵。

完璧すぎる絵。


(やっぱり)


(ママの隣はパパだ)


それが正しい。

それ以外は許されない。


少なくとも――


『ウサギではない』


ロッテの胸が冷たく決まる。


(処す)


静かな暗殺宣言だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


そして。

それを見ている男がいた。


ノアである。


爆弾男。

にこにこしている。


(・∀・)ニヤニヤ


(兄さん)


(今、揺れた)


確信。


(やっぱり)


(兄さんは)


(エレノア嬢が好きだ)


勝手に確定された。


やめろ。


ルイスはまたジュースを飲んだ。


静かに。

礼儀正しく。


火花の中心で。


ーーーーーーーーーーーーーーー


夜の庭は上品に続く。

悠馬の胃を置き去りにして。

噂はまだ芽で。


爆弾は踊り。

娘は決意した。


ウサギは、処される。





ここまで読んでくださってありがとうございます!


『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。

結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。

相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。


更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので

よかったらまた覗いてください。


感想・フォロー等とても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ