その45 「娘の尋問」
ロッテちゃんも結構好きです。てかかわいい女の子は大体好きです。
夜の庭は整いすぎていた。
灯りは柔らかく、
グラスの縁は静かに光り、
笑い声は上品に揺れる。
社交とは、そういうものだ。
正しい距離。
正しい微笑み。
正しい会話。
――なのに。
ひとつだけ、正しくないものが混ざっている。
『爆弾』
ノアだった。
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庭の入口がざわついた。
小さな影が走り込む。
「おじさん!!」
ルイスだった。
止める間もなく、彼は一直線に悠馬へ飛びつく。
「……っ、ルイス、走るな……!」
悠馬は反射で受け止めた。
胃がきゅっと縮む。
その後ろから現れたノアは、
迷いなく社交の輪に突っ込んでいった。
「こんばんは!ノア・ハミルトンです!」
ドイツ側の招待客が驚いて笑う。
「これはこれは……伯爵閣下」
ノアは勢いのまま振り返り、
壁際で固まっている男を引っ張り出した。
「こちら、兄の佐伯悠馬です☆」
星をつけるな。
悠馬が小さく息を詰めた。
(誰に紹介してるんだ)
(僕は今どこにいるんだ)
招待客たちはにこやかに頷く。
「なるほど、佐伯氏が」
「噂の……」
噂にするな。
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少し離れた場所で、ロッテはその光景を見ていた。
父の隣に立つ母。
エレノア。
完璧な距離感。
完璧な微笑み。
誰にも踏み込ませない。
それが母だ。
それなのに。
母の視線が、ほんの一瞬だけ揺れた。
悠馬を見る目が。
柔らかくなる。
ほんの一瞬。
ほんの一瞬なのに。
ロッテの喉がきゅっと鳴った。
(……そういうこと)
(ママが選びかけてる)
ロッテは息を止めた。
(今まで誰にも向けなかった目を)
(あの男に向けてる)
それが一番まずい。
男が何かしたわけじゃない。
母のほうが勝手に揺れている。
だから止められない。
だから危険だ。
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ノアはさらに燃料を撒く。
「兄さんって可愛いでしょう?」
やめろ。
誰か止めろ。
悠馬が目を泳がせる。
エレノアが静かに言った。
「ノア様」
柔らかい声。
逆らえない圧。
「お兄様を困らせないで」
庇った。
母が庇った。
ロッテの中で警報が鳴った。
ロッテは歩き出した。
社交の輪を抜ける。
誰も止めない。
止められると思っていない。
母の娘なのだから。
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悠馬の前に立つ。
近くで見ると、ますます頼りない。
ウサギのように怯えた目。
逃げ道を探している。
ロッテは淡々と告げた。
「あなた」
悠馬が跳ねた。
「……は、はい」
声が裏返りそうだ。
ロッテは微笑まない。
「母に、何をしたの?」
悠馬が固まった。
「……え?」
「母は、人を庇いません」
一拍。
「まして男性を」
悠馬の喉が動く。
言葉が出ない。
その沈黙が答えだった。
ロッテは一歩近づく。
「弱みでも握ったの?」
悠馬は反射で首を振る。
「握ってません」
「じゃあ、どうして母があなたを庇うの」
悠馬は黙った。
黙るしかない。
(僕も知りたい)
ロッテは理解した。
(この人は、何もしてない)
(だからこそ厄介だ)
母が勝手に揺れている。
『それが一番危険だ』
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「ロッテ」
背後から母の声。
柔らかいのに鋭い。
「失礼よ」
ロッテは振り返らない。
「事実確認です」
「確認しなくていいこともあるわ」
母が一拍、黙った。
その沈黙が答えだった。
ロッテの胸が冷える。
ロッテは踵を返した。
去り際に小さく呟く。
「……パパに話さなきゃ」
”母が揺れる男”
そんな男は、今までいなかった。
だから危険だ。
ロッテの背中が遠ざかる。
夜の空気が少しだけ冷えた。
悠馬は息を吐こうとして、吐けなかった。
胃が縮んでいる。
エレノアは何も言わない。
ただ静かにグラスを置いた。
その沈黙が怖い。
――その時。
隣から肩に手が置かれた。
ノアだった。
そして、
耳打ちのつもりなのか本人はそういう顔をしているのに。
『声が大きい』
「兄さん、今の見た?」
やめろ。
「ロッテちゃんのあの必死な顔!」
周囲が一瞬、こちらを見る。
やめろ。
「もう兄さんを『お母様を奪い合うライバル』として認めた証拠だよ!」
証拠じゃない。
”死亡宣告”だ。
「おめでとう、兄さん!やったね!☆彡」
悠馬は無言でノアの足を踏んだ。
「痛い!」
「黙れ」
低音だった。
ノアが瞬きをする。
エレノアがゆっくりとノアを見る。
微笑んでいる。
目が笑っていない。
ノアが背筋を伸ばした。
「……すみません」
遅い。
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夜の庭は上品に続く。
悠馬の胃を置き去りにして。
ノアの笑顔を中心にして。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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